飾らない食卓

白い壁と、必要最低限の家具だけ揃った我が家。

私たちは、夫婦になってからずっとこの家で過ごしてきた。

辛い時も、嬉しい時も、ずっとずっとこの家で。


大好きな夫のために、ご飯を作るのが私の楽しみ。

だから今日もあの人にご飯を作ろうと思うの。


夫が「君によく似合っている」と言った水色のエプロンを着て、キッチンに立つ。


冷蔵庫から卵を2個取り出し、少しの醤油と大さじ2杯の砂糖を茶碗の中に入れて、よくかき混ぜる。

だまにならないように、菜箸でしっかりと調味料と卵をかき混ぜるのがポイント。


フライパンに油を通して、熱が通ったら茶碗の中に入った卵を3回ほど垂らして巻いていく。

少し形は不格好だけど、味は保証できる。

フライ返しで卵焼きをさっと取り出し、あらかじめ敷いておいたラップに包んで冷蔵庫に入れる。


こうすれば、卵焼きっぽい形にできるの。


卵焼きを作り終えたら、次はグリルともう片方のガスコンロに火をつける。

グリルには網を敷いて、あの人が好きな鮭の切り身に塩コショウを付けて、7分加熱。


その間にガスコンロの上に水を入れた鍋を置いて、沸騰したらわかめと豆腐・味噌を溶かして味噌汁を作る。

これで味噌汁は完成。


魚が焼けるまでは、もう少し我慢。


…あの人が貴女と一緒にホテルに入ったって聞いたときは、とてもびっくりしたわ。

そのことを聞いたとき、1週間くらいご飯が作れないくらい、私泣いて過ごしてた。


ううん。勘違いしないでね。

貴女のことを恨んでいるわけじゃないの。

こうやって、夫と貴女と私で、仲良く食卓を囲んでいる。

そして私は、料理を振る舞っている。


夫も貴女も、正直に話してくれたわ。

浮気されたことはショックだったけど、もうそれは過去の話。


美味しいご飯でも食べて、すっきりしましょう。


あら、そうこうしているうちに魚が焼けたみたい。

冷やしておいた卵焼きを切って、鮭の切り身のお皿に盛りつけたら、はいおかずの完成。


白米も味噌汁もお茶碗に入れておいたから、好きに食べてね。


ふふっ。こうやって誰かと食卓を囲むのって、本当に久しぶり。

1人で食べるよりも、大好きな人と食べるのが一番ね。

貴女もそう思うでしょ?


さ、食べましょう。


――――――食卓には、様々な料理が並べられていた。

カレーライス、ミネストローネ、ミートドリア、ポテトサラダ、麻婆豆腐、唐揚げ、魚の煮付け、根菜の煮物…。


そのどれもが変色をし、鼻が腐るほどの強烈な異臭を放つ。

唯一食欲をそそる匂いをしているのは、女が先ほど作った鮭と卵焼き・そして白米と味噌汁のみ。


女は、水色のエプロンを着ながら、無邪気な少女のように微笑む。


女の目の前に座るのは、彼女の夫。

正確には、夫だったもの。

彼はしゃべらないし、彼女の手料理を食べることは二度とできない。


その体は、腐臭を放ち、肉はなくなり、蛆がたかっている。


そして、彼女と夫だったものが座るのを見つめるのは、1人の女。

異臭と色とりどりの料理が並ぶ食卓で、女はがたがたと震えながらただただそこに佇んでいた。


正確には、椅子に縛られ、全く身動きが取れない状態で。


水色のエプロンを着た女は、ただただ無邪気に微笑みながら手料理を食卓に振る舞う。


飾らない食卓は、あと1夜で終わりにつくだろう。

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