究極の節約術

「私ね、夢のマイホームのため今日から節約するの!」

私はきらきらと瞳を輝かせながら話す友人・茉莉子の話を、半ばあきれ顔で聞いていた。


茉莉子が節約などできるはずがない。

大学の寮生時代からの付き合いだが、彼女の金遣いの荒さを私は知っている。

バイト代が入れば、その日のうちに使い切ってしまう、そんな女だ。


結婚しても浪費癖は治らず、旦那から愚痴ばかり言われているとこの前話していたばかりなのに。

いったいどういう風の吹き回しなのだろうか。


言いたいことは山ほどあるがここで言っても仕方がない。

ぐっとこらえ、私は茉莉子の話に相槌を打った。


「うん、まあ色々大変かもだけど頑張ってね。」

「ありがとう!よーし、色々なものを削って頑張って節約するぞー!」


子どものように無邪気な声を出し、茉莉子は堂々と節約宣言を始めた。

その様子を見て「いつまで続くか見ものだな」と思い、私はコーヒーを飲みほした。



――――1か月後

あれから茉莉子は節約を続けているみたいだ。

SNSで近況を確認したところ、子どもたちが赤ちゃんの頃に使用していた服やおもちゃ、茉莉子の服やバッグなどをフリマアプリで売っているらしい。

茉莉子自身も最近は服や雑貨品などは、安く手に入るフリマアプリを活用して手に入れているみたいだ。

おかげで今月はなんとかなったとのこと。



―――――3か月後

しばらく音沙汰がなかった茉莉子が、SNSに通帳の一部分と家計簿の写真をアップした。

どうやらさまざまな節約術を経て、貯金も徐々に増えているらしい。

その様子を見て、「茉莉子もある程度できる主婦になったんだな」と思い、私はSNSアプリを閉じた。


その日茉莉子の長女が行方不明になったとニュースになった。


――――――5か月後

繁忙期を過ぎ、久しぶりに茉莉子に会える時間を取れた。

娘が2か月行方不明になったのにも関わらず、マイペースに振る舞っている。


「ねえ、娘ちゃんのこと少しは心配しないの?」

「え?うーん、そりゃ心配だけどさ…節約したいし。」

「はあ?あんた何言ってんの?娘が行方不明になってるっていうのに。それが母親の取る態度?」


茉莉子は何も言い返さず、微笑みを浮かべながらスマホを眺めていた。

いらだちをどうにか抑えながら茉莉子のスマホを覗く。

どうやら家計簿アプリで収支管理を行っていたみたいだ。

私は腹立たしさを押さえられず、自分の会計分だけ残してその場から立ち去った。


―――――――8か月後

茉莉子の長男と夫が行方不明になったと、風の噂で聞いた。

長女もいまだに見つかっていない。

茉莉子はそんな状況にもかかわらず、SNSに節約のことを書きこんでいた。


『もうすぐマイホーム資金が貯まる!すごく楽しみ!』


その文面と共に、8桁の貯金額を写した通帳と死人のようにがりがりな茉莉子と思わしき細い指が映り込んだ写真がアップされていた。


――――――10か月後

茉莉子が逮捕されたというニュース記事を見たときは驚いた。

彼女は夫と子供たちを餓死させ、保険金を受け取っていたという。

驚いたのはそれだけではない。

写真に写る茉莉子の姿だ。


無邪気でかわいらしく、平均的な体型をしていた彼女が、写真の中ではミイラのようにやせ細っていたのだ。


おそらく食費を限界まで削っていたのだろう。

記事内の近隣住民や家族からのインタビューでは「行方不明になった長女や長男が異常なまでに痩せていた」「前はかなり家が散らかっていたのに、つい最近訪れたらきれいさっぱり物がなくなっていた」と記載されていた。


警察の取り調べに対し、茉莉子は「もっと節約しなくちゃいけないんです。もっと物を減らさなきゃ。早く家に戻してください。通帳を見せてください。」と支離滅裂な発言をしているらしい。


―――――――1年後

茉莉子が獄中死したとニュースで報道された。

自分の家族を身勝手な理由で殺した女が死んだ、そのことで一時期SNSが大いに盛り上がった。


茉莉子は獄中生活で必要な日用品も買わず、ただひたすら貯金に回していたらしい。

食事もまともに取らず、ただ「マイホームが欲しい」とうわごとを呟きながら。

そうして死んだと報道された。


…私は部屋の中でニュース番組を見て震えていた。

たった今、私が銀行口座を確認したところ見覚えのない大金が振り込まれていた。

宛名は「×× マリコ」、振り込まれた日は今日。

なぜ?いったいどうして私に?


茉莉子が死んだと報道されたのは今日。

ならなぜ、いま私の銀行口座に今日の日付で茉莉子から入金がされていたのか。

死人から大金が振り込まれる、こんなことはあるのか?


思考が停止する。

ふと私は1年前に茉莉子がいったことを思い出した。


「私ね、夢のマイホームのため今日から節約するの!」


あの時は疑問に思わなかったが、なぜ主語に夫と子どもたちが入っていなかったのだろうか。

その意味に気づいた瞬間に鳥肌が止まらなかった。


でもなぜ私?

なぜマイホームと私に?

考えても答えは出ない。

ふとニュース番組に映し出された、逮捕直後の茉莉子の写真と目が合う。


ミイラのように不気味な容貌となっていた茉莉子の写真が、醜く歪んで笑っているように見えた。


…余談だが、茉莉子が運営していたアカウント名は「Mari@究極の節約術」という名前だった。

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