トイレの個室
あれは、俺が大学生2年の時だったかな。
ちょうど20歳になったばかりで、友達と羽目外して酒飲みまくってたんですよ。
あの時は若かったな。
俺、ジョッキ3杯くらい飲みまくったせいで、トイレで地獄を見たんですよ。
…肉体的にも、精神的にもね。
居酒屋から出た瞬間に一気に気持ち悪くなって、ちょうど近くの公園にトイレがあったから、そこでリバースしてたんです。
ある程度胃の中が空っぽになった頃に、「それ」は起きたんです。
ドンっ!
急に、俺が入っている個室のドアが叩かれたんです。
最初はびっくりしましたよ。
だって、いきなりドア叩かれたら、誰だって驚くでしょ。
もしかしたら、ここの個室を使いたいのかなって一瞬考えました。
だから、酔いのせいでグワングワンする中、「すみません、今使用中なんです」って言ったんです。
声は聞こえませんでした。
足音も聞こえなかったですが、その時の俺は本当に頭が回らなくて、「ああ、たぶん他の場所に行ったんだろうなぁ。」って思ってました。
だけど、それは大きな勘違いだったんです。
また吐き気がして、トイレに数十分ほど籠ってたら、ドンっとドアを蹴る音が聞こえました。
さっきの人が戻ってきたのかと思い、「すみません、ちょっと今気持ち悪くて…」って言ったんです。
そしたら、ドンっドンっドンってドアをめちゃくちゃ叩いたんですよ、そいつ。
いい加減俺もカチンときて、「おい!気持ち悪いから動けねぇって言ってんだろ!いい加減にしろよ、この野郎」ってドアを思い切り開けたんです。
ドアの前には、誰もいませんでした。
はっ?って思いましたよね。
さっきまでドンドンってドアをたたいて奴が、急にいなくなるから。
人が急に消えるなんてことは、できない。
もしかしたら、近くで待っている友人がいたずらをしているのかも。
そう思ったんです。
気持ち悪さでしんどい体を無理に起こして、トイレの周辺を確認しても誰もいません。
「何だったんだ、今の。」
開けっ放しにしたトイレのドアに触れようとした、その瞬間です。
ドンっ!
ドアが、また蹴られました。
正確には、外側からではなく、内側からです。
蹴られたドアは、半開きの状態できぃきぃと音を立てていました。
俺は一瞬、自分の目を疑ったんです。
しかし、再びドアが蹴られる音がした時に確信しました。
だって、ドアの動きは内側から蹴られた時の動きをしていたから。
じゃあ、今までドンドンとトイレのドアを蹴っていたのは誰なのか。
居酒屋からこの公園に来て、数十分。
俺は、個室内の中にいる「誰か」に威嚇されていたのではないか。
恐ろしい妄想が、俺の頭をよぎりました。
次の瞬間、その個室にいるのはまずいと本能的に感じて、だるさの残る体に鞭打ってトイレから出ました。
そこから先は、あまり覚えていません。
酒で酔っていたせいもあって、記憶が朧気なんです。
気が付いたら、自宅アパートで寝ていました。
あの後、大学に行って友人たちから、あの日の夜のことを聞きました。
もしかしたら、友人たちがいたずらをしたか、酒のせいで幻聴が聞こえたのではないかと思ったので。
けれど、友人たちは「そんなことしていない」と口をそろえて言うのです。
小学時代から連れ添ってきた友人なので、嘘をついていないことは確かでした。
じゃあ、あの夜、俺が入っていたトイレのドアを内側から蹴っていたのは何者なのか。
今となっては、知りようもありません。
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