生者のニオイ

私には、人が死ぬ時の予兆がニオイで分かるんです。


…今、少し笑いました?

でも本当なんです。

本当に、人が死ぬ時ってニオイがするんですよ。


それも、人の死に方によって2パターン。

1つは、焼け焦げるニオイ。

イメージで言うと、そうですね…、魚とか肉が強火で焼かれて炭みたいなニオイを出している感じです。


この焼け焦げるニオイが出るときって、だいたいその人が火葬されるって意味なんです。

火葬大国の日本なら、だいたいの人が火葬されるからそんなの当たり前だろって思うでしょう。


でも、違うんですよ。

その人が死ぬ間近の時、体から焼け焦げたニオイがものすごく出てくるんです。


そうですね…、例で挙げると、この病院に通い始めた時に出会ったおばあさん。

待合室でいつも気さくに話しかけてくれた、いい人でした。

ある日、いつものようにおばあさんと話していたら、彼女から焼けたようなニオイが漂ってきたんです。


最初はかなり驚きました。

もしかして、服の中で体が火で燃えているんじゃないかというくらいの焦げ臭さでしたし。

でも、おばあさんはいつも通り話しかけて、看護師に呼ばれて診察室に入り、診察が終わったらいつものように私にお礼をして帰っていきました。


それから1ヵ月経って、彼女が亡くなったことを知ったんです。

看護師たちがおばあさんについて話しているのを聞いて、きちんと火葬されたのだと。


そして、電車に乗って病院に来る時も何人かの乗客におばあさんと同じニオイが漂っていることに気づき、ようやく自覚しました。


これは、人が火葬で死ぬ時のニオイなんだと。

あ、でもこのニオイ人によって変わるんですよ。

例えば死期が近い人は焦げ臭さが強いけど、死期が遠い人やまだもう少し猶予がある人は無臭か煙のようにブスブスとしたニオイがあるって最近気づいたんです。


でも、この病院に来るのは年寄りの人ばっかりで、焦げ臭さくてくるのもしんどいんですけどね。


…話が脱線してしまいましたね。

それで、もう1つは腐るニオイです。

こっちも、焼け焦げるニオイと同じで、人が死ぬときの予兆です。


焼けるニオイと違うのは、こっちは自殺や他殺など様々な事柄から死ぬのを予兆するという点です。


腐るニオイもさっきのニオイと同じで、死期が近くなればその分腐臭も強くなります。


このニオイを知ったのは、同じ職場で働いている同僚が自殺した時、親戚のおじさんの自殺現場に遭遇した時です。

…後者に関しては、本当に不思議でしたね。


おじさんは自殺して数時間しか経っていなかったので、どこも腐ってはいませんでした。

でも、部屋もおじさんの体も腐敗臭が強くて、その場で思わず吐いてしまいました。


あとは、そうですね。

一瞬だけすれ違った女の人からも、腐るニオイが出てきました。

しかも、かなり強烈な腐敗臭でした。

私は急いで走り、路地裏で思い切り吐きました。


モデルのように綺麗な人だったんで印象に残っているだけで、知人ではないですよ。


それで3日後くらいにネットニュースを見たら、あの監禁殺人事件の被害者で女の人の写真が載せられていました。


そこで私は気づいたのです。

腐るニオイも、焼け焦げるニオイと一緒で人を選ばず、死期が近いものほどニオイは濃くなる。


病院に来る1ヵ月の間に、2つのニオイで人の死の予兆ができてしまうことに驚きを感じています。


そして本題なんですが先生、私本当にこのニオイに困っているんです。

最初は好奇心でなんとか耐えましたが、1ヵ月ともなると正直厳しいです。


病院やショッピングモール、駅前など人が多いところだと焼け焦げるニオイや腐るニオイが多すぎて嘔吐するかもしれない恐怖でいっぱいなんです。


今日だって、病院に入るのにどれだけ時間がかかったか…。

ねえ先生、本当にどうしたらいいんですか?

私、ニオイのせいでまともに生活できなくて、人と会うのも正直怖いんです。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

僕は、患者の話を一通りパソコンのカルテに入力した。

彼女は、3ヵ月前に精神疾患の治療のために僕の勤務する病院に来院してきた。


前の病院での治療のおかげか、ある程度は症状が治まっており、僕とも世間話をするくらいには元気になっている。


そんな矢先に、彼女はこう言ったのだ。

「人が焼け焦げるニオイと、腐るニオイがする。それらは全て死の予兆だ」と。


これは、におわないはずのものがにおうと感じる幻嗅と呼ばれる症状だ。

症状がある程度治まった時に、同僚やおじの死が立て続けに起こり、ショックからこのような症状が起きたのだと推測している。


僕は彼女の目を向き合い、今後の治療方針について話し合った。

すると、彼女は「あっ」と声を上げる。


「どうしましたか?」

すると、彼女は急に顔を歪ませ、口元を手で覆う。

僕は急いで看護師を呼び、嘔吐用のグッズを持ってこさせる。


彼女はひとしきり吐いた後に、こうつぶやいた。


「せんせ…どうして…。今まではほとんどニオイがしなかったのに…。

焼け焦げて炭みたいで、一緒に腐ったニオイもするよ…。

どうして…?今まで2つのニオイが混ざった人と会ったことなんてないのに…。」

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