マイマイ奇譚

もちころ

アルバイト

あれは、私が18歳の頃の話でした。

希望していた大学に無事合格し、春に東京へ引っ越してきました。


ただ、東京の大学に行くにあたって親から出された条件は「自分で生活費を稼ぐこと」。

学費は親の貯金と奨学金でなんとか賄えましたが、生活費だけは支払えないと言われたのです。


当時の私は、東京の大学に通えるくらいなら生活費くらい稼げると親に啖呵を切り、何とか進学を許してもらえました。


しかし、困ったことに高校3年間を勉学に費やしてきた私は、アルバイト経験が一切なかったのです。


分からないなりに何件か応募してみましたが、全部不採用。

大学生でも応募できそうな仕事でも落とされ、意気消沈し、駅からの帰り…家までの近道の裏通りを通っている時に男性に声をかけられたのです。


その男性は、60代くらいで白髪が生え、温和そうな顔をしていました。

「君、今仕事を探しているのかね?」


男性は、私にそう声をかけてきました。

何でそんなことが分かったのだろうと不思議でしたが、とりあえず「はい」とだけ答えておきました。


「仕事を探しているのなら、私の店で働いてくれないかい?ちょうど人手不足で困っていたんだよ。時給は高くするし、良かったら検討してくれないかな。」


私は、一瞬だけ戸惑いました。

いきなり知らない男性から自分の店で働いてほしいと言われても、本当に安心して働けるのかという疑念にとらわれていたからです。


しかし、当時の私は今すぐにでもお金が欲しいからと、OKしてしまったのです。

男性からは、「では明日の18時に、改めて私の店で条件を確認し、同意したらさっそく仕事をしてもらおう」と言われ、店の居場所が書かれたメモを渡されて別れました。


それから翌日、大学の帰りに男性が経営している店へと行きました。

その店は、人通りの少ない、大学から徒歩10分程度の裏路地にポツンと立っており、茶色と白の看板と観葉植物が置かれたシンプルな外観でした。


店内は、シンプルな外見とは打って変わって、豪奢なシャンデリアやアンティーク風のテーブルと机が置かれている…なんというか外と中のギャップが激しいお店でした。


人はおらず、店内には私と男性だけ。

改めて条件を確認した私はOKを出し、そこで仕事をすることになったのです。


とはいっても、仕事内容はただ店にいるだけ。

接客や調理といった基本的なことは行わず、ただ店にいるだけでいいと男性から言われたのです。


最初に仕事内容を聞いたときは、驚いて何度も男性に確認しました。


本当に店にいるだけで、時給が発生するのか。

何か裏があるのではないかという思いから問い詰めましたが、男性曰く「特に何もないよ。ただ私は店を空けることが多くてね。店番として店内にいてくれればいい」とのことでした。


そして、その後に「あとは仕事中は絶対に外出しないように。」と。


ちなみに、そのお店には全くお客さんは来ず、本当にただ店番をするだけだったのです。

給料は翌月にきちんと口座に振り込まれており、私はなんだか不思議に思いながらもアルバイトを続けました。


アルバイトを始めてから3か月後。

私は大学が終わってからの空いた時間や休日も定期的にバイトを行い、何とか生活費を稼げるようになりました。


店番の時は本当に暇なので、大学で出された課題やレポートを書いたり、スマホをいじって時間を潰していました。


最初の頃は、それだけでお金がもらえるなんてラッキーと思っていましたが、だんだんと飽きてしまったのです。


そんな時、ふと大学の友人から「今夜遊びに行かないか」と連絡があり、愚かな私は

その誘いに乗って店を出てしまいました。


店を出て数時間、私たちはカラオケやボーリング、ショッピングなどを思いっきり楽しんだのです。


ふと、アルバイトの話になり、「実は私○○って店で働いているんだよね」という話になりました。


店にいるだけで時給が発生して、接客も調理もしなくていい…そんな自慢を友人にしたところ、「いいなー」「私もそういう楽な仕事でお金稼ぎたい」と羨ましがられました。


けれど、友人の1人が「ねえ、そのお店ってもしかしてここ?」と怪訝そうな顔をして聞いてきたのです。


その通りだと答えると、友人はスマホの画面に映し出されたニュース記事を見せてきたのです。


そこに映っていたのは、数年前に私のアルバイト先で強盗殺人事件が起きたこと。

そして…、被害者は私を雇った男性。

友人曰く、私が働いているお店はすでに潰れており、今ではすっかりもぬけの殻だと。


私はその話を聞いて、友人たちと別れ、店の方に繋がる電車に乗りました。

電車を降り、いつものようにアルバイト先に繋がる道を走っていったのです。


アルバイト先には到着しました。

しかし、そこにあったのは「売物件」と書かれた看板と、まっさらな土地。

私が3ヵ月働いていた店は、なかったのです。


呆然としながら帰宅をし、その後は…ほとんど覚えていません。

その事件の後は、普通に別のアルバイトを見つけて大学を卒業し、今は経理事務として働いています。


でも、今でも不思議に思うんです。


私のあの3ヵ月のアルバイト期間は、夢だったのか現実だったのか。

幽霊が、銀行振込をして給料を渡せるのか。

そのお金は、どこから来ていたのだろうかって。



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