第2話 妹

「お金さえあればいいのよ、いつでもやり直せる。」

 電話の向こうで母が言う。

「だから今の状態になったんじゃないの?」

 最近は母の言葉を覆すことが多くなった。

 それまでの私は母の言葉に反論することはなかった。

 いつも聞きながら心の中でモヤモヤとしたモノを抱え、それでもそれも真実なんだろうと言い聞かせ、自分を落ち着かせてきた。

 0か100かしかない母は失敗は許さない。

 妹は母によく似ている。女性にもてた祖父の容貌を受け継いだ母はいくつになっても綺麗だと言われる。

 スマホの音が水音をひろう。好きなコーヒーを入れているのだろう。

 癌治療をして髪が抜けた母に、美容師をしている叔母が金髪に近いウイッグをプレゼントしていた。日焼け止めを欠かすことがなかったシミ一つ無い顔によく似合っていた。

 心の中が顔に表れるなんてよく言われるが、それは嘘だといつも思う。

 綺麗な顔で毒を吐く。だから私は綺麗な見た目のモノが苦手だ。

「それでワクチンは打ってるの?」

「何度言わせるの?打ってないって。パトロンがワクチンは毒だから打たないって言うのに従って打ってないらしいよ。」

「それでどうするんだろう?」

「困ったことになってるって何度も言ったよね。」

「馬鹿な子よね。」

 妹が濃厚接触者になったと連絡が入り、それを母に伝えた。

 伝えたところでどうもできないのだが、どちらかが歩み寄ることがなければ母が亡くなる前に会うことはない。

 それもそれでよいのかもしれない。

 ただ自分につながる人間が不幸な死に方になるのはこれ以上避けたい。

「お金さえあれば良いのよ。」

 同じ言葉が繰り返される。

「そればかり言うからこんなことになってるのよ。」

「なにが?」

「お金のことばかりしか言わないから、あの子はあんなことをしている。」

「仕方ないじゃない。」

 子どもが自分を売る商売を選ぶことにこんなにドライな人がいるんだろうかと思う。

 いつも思う。

 この人がもし止めてたらこんなことにはなっていないんじゃないかと。

 とても疲れて電話を切った。



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