同情と情報


 彼は何故か私が座っているベンチに腰を掛けてきました。先程の様子からして他に用があったのでしょうけれど大丈夫なのでしようか?


「ハレスレイさんはここにいていいのですか? 先ほどの様子からしてどこかへ行く途中だったのでしょう?」

「ん……ああ、まあ別に急いでいたわけでもないし。それに昔の知り合いが何か思い詰めたような表情をしていたら心配するものだろう?」

「……知り合い?」


 2、3言葉を交わし程度で知り合いはないでしょう。顔見知りならわかりますが。しかし、この人にとっては一言でも話したら知り合い名のでしょう。ですが、私は違うので肯定はしません。


「そこが引っ掛かるのか」


 少しだけ残念そうな表情をしたハレスレイさんは小さくため息をつきました。


「同時期に同じ学院を卒業しているんだから知り合いと言ってもおかしくないだろ?」

「いえ」

「じゃあ、俺とクレドの認識の違いと受け取ってくれ」

「それならまあ。ああ、ですが私はもうクレドという家名を持っていませんのて、そこは違いますかね?」

「は?」


 実家からは追放されてしまっているのでクレドの名は名乗れません、ですから今の私はただのネイです、貴族ですらないただのネイなんですよ。


 悲しい。自分から思っておいてなんですが結構傷付きますね。昔の友人たちとの繋がりもどうなのでしょうね? 彼女たちは貴族でなくなった私を知人としても認識しない気もしますね。

 一応、今のこの国の王は実力主義者です。ですが、いくら実力主義といっても実力を発揮できるような環境にいなければそれも難しいのです。特に貴族であるのとないのとでは大違いでしょう。


「えっと、それはどういう意味……だ?」

「ん? ……私が実家から放逐されたという意味ですが?」

「あ、ああ、そういうことか! それはよかっ、いや、よくはないな!?」


 そのまま、よかったと言われたらぶん殴るところでしたが否定して頂いてよかったです。ですけれとこの人、なんと言いますか忙しない人ですね? 先ほどから表情がころころ替わっています。


 どうやら私がここにいた理由や放逐された原因を知りたいようでしたので、言える範囲ではありますがざっくりとした内容を伝えてみました。


「ああ、君もあの人たちの被害者なのか。うちの騎士団にも同じような理由で人が流れてきて、部所の変動が多くなっているんだよなぁ」

「どうやら私のような状況の方は結構いらっしゃるのですね。何となくその人たちと仲間意識が芽生えたような気がしました」

「いや、あれにほとんど加担していないのに君ほど状況が悪い人なんてそうそういないと思うよ?」


 ……まあ、そうでしょうね。結局のところ私は運が悪いということなのでしょう。

 はぁ。

 

 あの事件からの流れをざっくり説明し終えたところでハレスレイさんは呆気にとられたような表情をしていました。そして、君よりも状況が悪いのは居ない、と言った際の表情は真剣なものでした。最後の私の言葉を聞いて失笑くらいはされると思っていたので少しだけ意外でしたね。


 何か誰かに話をしたからなのか少しだけ気持ちが軽くなりました。知り合い未満の方なのに意外と役に立ちましたね。


「そうだ。ネイは固定の仕事を探していると言っていたよね?」

「そうですが」


 クレドではないと言った後で、じゃあこれからはネイって呼ぶな、という少し馴れ馴れしい態度に苛立ちましたが、それ意外ならどう呼べと? と問われて言い返せなかったのでこの呼び方になっています。普通に君、でよかったですがすぐに出てこなかったから仕方がないのです。


「何でそんな嫌そうな顔をするかな」

「気のせいですよ」

「そうかなぁ、……まあ、いいか。とりあえず仕事についてだけど」


 どうしてこの場で仕事の紹介をしてくれるのかはわかりませんが、聞くだけは聞きましょう。もしかしたら良い仕事先かもしれません。


「ええ」

「仕事の話を出しただけでいきなり真面目な表情になるなんて、本当に切羽詰まっていたんだな」

「その辺りはどうでも良いので早く話してください」

「せっかちだなぁ。そんなだから前に失敗したんじゃないか?」

「うぐっ」


 図星のことを言われ言葉に詰まります。公爵家のメイド募集についても誰に付くメイドなのかを先に調べていればもう少し慎重にことを進めたでしょうし、給金の金額を聞いてすぐに乗ったのも悪手そのものです。

 今まで探していた仕事に関してもそんな感じがしますね。自分には出来ないからとやったことのない職業や給金の低いものは即座に排除していたのも、今思えば選り好みと言いますか、浅慮だった気もします。


「まあ、そのおかげで俺にとっては良い結果になりそうだから良いんだけどな」

「はい?」

「いや、気にしないで良いよ」


 色々と今までのことを振り返っていたところでハレスレイさんが何かボソッと行ったような気がしました。彼の反応からして何かを言ったことは確かなのでしょうが私には関係ないことだったようです。


「それで仕事の話しはなんですか?」

「ああ、そうそう。少し前にレイア様がこっちの国に戻ってきたって話は聞いているかい?」

「いえ……?」


 レイア様といえば私が仕えていた公爵家に養子として籍を置いていた方の名前です。元の身分は平民だというのに保有魔力の量がどの貴族よりも多いと話題に上がっていました。残念ながら私はいくらかみたことはあれど、直接関わったことはありません。


「あお……それは本当のことですか?」

「え、うん。本当のことだけど?」

「そうですか」


 ここでハレスレイさんがレイア様の話を出してくるということは、彼の話に出てくる仕事に彼女が直接ないし間接的に関わっているということでしょう。

 これは少しだけこれから話してもらえる仕事の内容に安心が持てます。レイア様は敵対さえしなければ誰に対しても平等に扱うような方でしたからね。


 ん?


 

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