社会について④

まだまだ、問題は発生します。


せっかく決めたルールを、守らない者が現れました。


1日の仕事量、家の建築ルール、交替のタイミング、休日のローテーション……。A村には既にいくつものルールがありました。


何の為のルールか。勿論『生きるため』。しかし、『情報収集=肉』といったように、『ダイレクトではなくなった』ことで、『生きるためのルール』だということが分からなくなる村人も居たのです。

『リーダーが偉そうにしたいだけのルール』『リーダーは狩猟をせず働いていないのに偉そうに指示をしているだけで良い肉を食べている』。こんなことを言う者も現れ始めました。


『生きるため』『村のため』のルールを守らない者が居ると、当然ながら最終的に死にます。村は滅びます。また逆戻りですね。


働かない者、他の村人の士気を下げる者が居ることは、プラスにならないどころかマイナスです。悪影響を及ぼす者。『生きるため』の目的に反しています。そんな者は極論、必要ありません。

Aは説得を続けますが、どこまで言っても改心しない者が居ることを知ります。そして、その問題の解決策として、こうなってしまいます。

『ルールを破った者は村から追放する』と。

村のために仕事をしない者を食べさせる余裕はありませんからね。そんな肉があれば将来有望な子供達に食べさせて成長させた方が有益です。

ルールには、『罰』もセットで考えなければならないのです。皆が皆、全員『村のために』と考えている訳では無い。仕事はするが、スキを見て『自分だけ楽をしたい』と考える者も少なからず居るということです。


ここで原点に立ち返ります。Aひとりの時。『死にたくない』から『狩猟』をしていました。

逆に言うと、『死なない』のであれば狩猟は『しない』のです。

人は、『必要が無ければ働きたくない』のが原則。私はそう考えています。勿論、働くことが大好きな人も居るでしょう。しかしそれは、『職業・業務内容自体が好き』なんじゃないかと思います。狩猟が好きなら死ななくてもするでしょうが、別のことをしなければ死ぬのであれば、それをしなくてはなりません。『必要がなければできるだけしたくないけどしないと死んでしまうこと』。これが仕事の実体だと捉えています。

サボる者やルール違反をする者が後を立たないのはこの原則が働いていると思っています。


そして。Aの定めたルールは特別難しいことでも辛いことでもありません。当たり前のことで、皆やっていることで、理に適ったものです。それを破って追放となったからといって、『酷い』ということにはなりません。だって『Aひとりの時には生きるために既にやっていた最低限のこと』なのですから。


さらに、四六時中Aひとりで皆がルール通りにやっているかを確認する訳にもいきません。Aに代わって確認する確認役という仕事を作りました。

彼らは村や狩猟場の各地を回り、村人達の仕事振りなどを確認します。さらに、村人がルール違反者を見付ければ確認役に報告するようなことも始めました。

違反者が入れば、注意をしたり。最悪の場合Aに確認して追放という判断を下したり。


法律ルール』とセットで必要な、ルールを機能させるための『警察』が誕生したのです。

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