第101話 オタクに優しいギャル

 その背中は大きく見えた。

まるであの人の背中みたいに。

追いかけたくて、それでも余りの速さに見失ってしまったあの背中。

少しだけ似ているようだった。


 じゃあ私も立たないと。

並び立ちたいと願ったのだから。

あの日私も変わったのだから。


「剣也先輩ほどじゃないけど、先輩も結構かっこいいですね」


 美鈴が折れた足を引きずってステータスの力でなんとか大和田の隣に立つ。

背中を合わせて大和田を支える、そして折れた足を支えてもらう。


「美鈴様……」


「ごめんね、私は逃げない。任されちゃったから。だからせめてここの人みんなが逃げるまでは時間を稼ぐ」


 美鈴の選択は逃げないこと。

だから一緒に闘うことにした。


「そんな……」


「だからさ、オタク先輩」


 美鈴が体重を大和田に体重を預ける。

剣を抜いてゴブリンキングへと言い放つ。


「一緒に死んであげる!」


 ばっちりメイクに、満面の笑み。

眩しいまでの笑顔に相変わらずのヤンデレメイク。


「ふっ……さすがは御剣氏のギルドメンバーですな、ただし」


(喜べ、全国の同士諸君。オタクに優しいギャルは存在したぞ、ただしギャルというには)


「ちとヤンデレが過ぎますが!」


 二人は戦った、しかし身体はぼろぼろ。


「がんばれ…」


 それを避難した避難者たちが遠目から見て声が漏れる。

既に校舎の中へとは避難は完了した。


「がんばれ!!」


 次々と二人を応援する声が増幅する。

少年と少女の頑張る姿を応援せずにはいられない。

彼らの希望は今二人だけなのだから。


「はは、オーディエンスの応援は効きますな。本当は逃げてほしいのですがこの状況では…」


 すでに学校の周りは囲まれていた。

多くの魔物達が地上を闊歩する。

逃げ場などなかった、校舎へと避難するしか。


 応援の力を借りて二人は戦った。

しかし勝てない。

気持ちで戦力差は覆られない。

それほど二人との間に戦力差があった。


「美鈴様、大丈夫ですか?」


「大丈夫」


 しかし美鈴の目は死んでいなかった。

もう足も上がらない、大和田は地面に突っ伏している。


「好きです。美鈴様。死ぬ前に伝えておきたい」


「ふふ、知ってる。でもごめんなさい。先輩結構かっこいいけど私他に好きな人がいるんだ」


「知っております」


「ふふ」「はは」


 満身創痍なのに笑いが出てしまう。

その様子を見るゴブリンキング。


 すでに決着はついたのだが、それでも笑っている人間を不快に感じる。

とどめを刺そうと巨大な斧を引きずって、こちらへ歩いてくる。


「大丈夫だよ、オタク先輩」


「なにがですか?」


 ぼろぼろの大和田が訪ねる。


「大丈夫だよ、私知ってるんだ」


「この状況の打破の方法ですか?」


「そ!」


「それはぜひご教授願いたいものですな……」


 ゴブリンキングがゆっくりと歩いてくる


 もう一歩も動けない大和田はここが最後かと諦めている。

美鈴には秘策があるようだが、この状況を打破できる方法など思い浮かばない。


「助けが欲しいときは、大きな声で呼ぶんだ」


「ヒーローでもきてくれると?」


「そ! だって私約束したんだもん」


「困ったら今日見たいに大きな声で呼んでくれ、いつでも助けるから」


「ほう、もしかして彼とですか?」


「そう!」


 美鈴は大きく息を吸い込んだ。


 きっとあの人は来てくれるから。


 ピンチの時はいつだって、ヒーローのように飛んできてくれる。


 約束は絶対に守ってくれる私のかっこいいヒーローが。


 だからきっと。


 ゴブリンキングが斧を掲げる。


 来てくれる。


「助けて!!! 剣也先輩!!!!」


 ゴブリンキングの斧が振り下ろされる。


ピカッ!


 空気が爆ぜて、雷鳴が轟く。


 暗雲を照らす閃光が校舎を照らし、二人を照らす。


 飛び散るのは腕。


 ゴブリンキングの巨大な腕が空を舞う。

まるで焼き切られたように燃え上がって。


 雷?


 違う、雷ならこんな現象が起きない。


 じゃあ、なんなのか。


 美鈴にはわかっていた。


「ほら、いったでしょ。私が困ってるときは絶対に来て助けてくれるだ」


 その背中は何度も見てきたあの背中。


「やっぱりかっこいいな、先輩は…」


 雷を纏った剣を持ち、雷鳴と共に現れた。


「さすがは、主人公。モブとは違いますな…」


 黒い服に身を包み、光る剣を携えて。

雷と共に現れた少年の名前は。


「ごめん、待たせた」


 少年の名前は、御剣剣也。


 この物語の主人公。


 優しくてお人よし、困っている人を見捨てられない。

自分の正義を貫くことの難しさを知ってそれでも貫こうとする強欲な少年。


 錬金術師 御剣剣也。

世界初のダンジョン踏破者。


 その少年は剣を王へ向けて、言い放つ。


「あとは僕に任せろ」


 雷鳴と共にゴブリンキングの首が落ちる。


「うわぉぉぉぉ!!」


 その一閃を遠目で見ていた避難民たちが大声を上げる。


「美鈴、これを」


「先輩に嵌めてほしいな、できれば左手の薬指に。あうっ! 痛い。満身創痍なのに」


 剣也が完治の指輪を美鈴にはめる。

この状況で軽口を叩けるだけの元気はあるようなのでデコピン程度で済ませておいた。


「大和田もありがとう。ナイスファイト!」


「はは、友として当然のことをしたまでですぞ」


 剣也と大和田が拳を合わせる。


「じゃあ美鈴、その指輪でけが人を治してまわってくれ」


「先輩は?」


 そして剣也は剣を構える。


「全部の魔物を叩き切る!」


ピカッ!


 雷鳴が鳴る。

直後剣也は消えるがあたりから雷鳴が轟いている。

まるで雷のごとき速度で次ぐ次と魔物を討伐していった。


 それを見た大和田がつぶやいた。


「まるで雷神ですな」


 そして剣也の手によって希望が丘高校をはじめとする周辺の魔物は一層された。


◇対策本部


「一体どうすれば……」


 田中をはじめとする職員たちが大画面の前で思案する。


 この状況を打破する方法はないかと全力で思考を巡らせる。


 しかし思いつかない。


 あの巨大な蛇を止める方法が一切、それに避難場所を確保する方法も。


 その時だった。

モニターの大画面が眩しく光る。

一瞬目をそらした田中が見たもの。


 空からゆっくりとヨルムンガンドの正面に現れた黄金の騎士。


「黄金の騎士……? なんだあれは」


 その騎士が兜を取った。


 中から現れたのは、長く美しいブロンドの髪。

蒼い瞳を輝かせる、美しい少女。


「まさか……レイナ君なのか」



「これがヨルムンガンドですか、本当に大きいですね」


 レイナが剣を抜いた。


 その輝きを見てヨルムンガンドは吠えた。


 まるでかつての怒りを思い出したかのように。


 暴れるだけで地形が変わりそうなほどの巨体。

しかし少女は臆さない。


「この先には私の大好きな人達がいます。だから」


 眩いばかりの閃光が鎧から放たれて、レイナが頭だけを非具現化にする。

ここを通さないと睨みつけて言い放つ。

だって彼女は。


「絶対に通しません」


 勇者なのだから。


 ここに神話の戦いが再現される。

ヨルムンガンドと勇者レイナの戦いが始まった。

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