第100話 モブにだって守りたい

◇対策本部 最後の地震発生直後


「なんだって!?」


 巨大な揺れの後体勢を立て直した田中達に舞い込んでくる報告。


 それは世界中で魔物が一斉に現れたということ。

今までの魔物の強さをはるかに凌駕するものすら。

フェンリルやヨルムンガンドほどではないにしても十分脅威となる存在達。


 王種、皇種と呼ばれる上位の魔物達だった。


「至急避難指示を!」


「ひ、避難ってどこに……」


 この国にもはや安全なところなどなかった。


「くっ……どうすれば…」


 避難するにしても安全なところなどない。


「田中さん……もう一つ報告が」


 青ざめた表情で職員が大画面に映し出されていたヨルムンガンドを見る。

その言葉を聞いた職員たちが次々と映像を見る。


「まさか、向かっているのか……塔に、ここを通過するつもりか…」


 ヨルムンガンドが向かう先は巨大な塔。

つまり埼玉から首都東京をはさんで真っすぐダンジョンの塔へと向かっていた。

世界を飲み込む巨大な蛇が、通った場所すべてをすりつぶすその巨体で。



◇希望が丘高校 最後の地震発生直後


「で、でかいぞ!!」

「きゃぁあぁ!!」

「もう嫌ぁぁ!!」


 次々と悲鳴が上がる。

世界が揺れた大地震。

最後の封印が解かれた世界は激しく揺れた。


 ならばそのあと現れるのはもちろん。

災厄の魔物達。


 空を見上げると天気は悪く、暗雲が立ち込める。

暗いとまでは言わないが、薄暗く雨もぽつりぽつりと振っていた。


「嘘……」


 避難所に突如現れた王種。

かつて剣也とレイナを苦しめた忌まわしき相手。


 ゴブリンキングが避難所である学校の真ん中に現れた。


 ここはグラウンド。


 多くのテントが建てられている。


 そこに突如現れた破壊の権現。


 砂煙を舞い上げて、その存在は突如現れた。

成人男性の2倍はあろう巨大な体躯に、緑の肌。

その皮膚は、剣なんか通るはずはないと思えるほどに硬たそうで、歴戦の猛者を思わせる。


 そして特徴的な長い耳に、長い鼻、そして身の丈ほどの巨大な斧を肩に担ぐ。

まるで王が纏う豪華な赤いマントを纏いながら確実な死の気配を放っていた。

 

「ギャアァァァァァ!!!」


 その叫び声を聞いた避難民たちは生を諦めた。


 足が動かない。


 確実な死の気配に逃げ纏っていた一般人たちは立ち止まって茫然と見る。


 彼らが思うのは一つだけ。

今日死ぬんだ、ここで。

それが全員が共通の認識だった。


 斧を振り上げるゴブリンキング。

逃げ遅れた一人の学生へと振り下ろす。


 ただじたばたと、恐怖で失禁し涙を流す。

それでも声も出せずに震えることしかできなかった。


 誰がこんな化物に立ち向かえるのだろう。

武器も持たない一般人が勝てる存在ではなかった。

 

 金級探索者でも勝てないかもしれない。


 だから避難民たちは生を諦めた。


 ただ一人の少女を除いて。


キーン!!


 なるのは金属音。

守ったのは一本の刀。

そして立つのは一人の少女。


 好きな人に任された。

この避難所を、彼の大切な人が多くいるこの学校を託された。

だから。


「逃げて!」


 鈴木美鈴は、剣を構えてみんなを守る。


 その小さな体に大きな思いを乗せて。

自分の3倍以上はあろうかという破壊の化身に立ち向かう。


 善戦していた。

剣也から与えてもらった装備で善戦していた。

しかし戦闘経験のなさ、そして王種という一級探索者ですら苦戦する相手に少女が叶う通りなどなかった。


「っつ!!!」


 斧によって足を殴られた美鈴。

幸い切られたわけではないが、骨ぐらいは折れている。

そのまま尻餅をついた美鈴。

そんな隙を逃さないキング。

この構図はまるでエクストラボスと対峙した時の剣也。


 しかし一つ違うことがある。


 少女には守ってくれる人が二人いた。


 一人はあの塔で戦っている、美鈴が叶わぬ恋をしている相手。


 そしてもう一人は、美鈴に叶わぬ恋をしている相手。


 それでもかまわないと姫を守ろうとする騎士がいる。


 しかしその騎士は、騎士というにはあまりにも。


キーン!


「うぉぉぉ!! つぶれる!!! だ、大丈夫ですか! 美鈴様!」


 冴えない見た目のオタク騎士だった。


「オタク先輩!」


 今にもつぶれそうな先輩。

ゴブリンキングの手を抜いた振り下ろしすら受け止めきれずにつぶれかける。

それでも何とかずらしながら剣を構えた。


「到着遅れたこと申し訳ありません。美鈴様、逃げてください!」


「先輩はどうするんですか!? 先輩じゃ勝てないですよ!」


「せめてみんなが逃げる時間ぐらい稼いで見せますとも!! うわぉぉぉぉ!!」


 そうやってオタク先輩がゴブリンキングへと突撃していく。

彼は銀級、とてもかなう相手ではない。

彼の装備はこの状況下なので剣也から借りている。

それでも帝装備、ゴブリンキングには届かない。


 それを見たゴブリンキングが首をかしげる。


 なんだこれは?


 自分の身体へと剣を刺そうと必死で振る小さきものを見つめる。


 しかし剣は通らない。

 

 理解できなかった。


 今まで自分に向かってきた相手は全員自分と戦えるほどの強者だった。


 それ以外の敵は自分を見て震えるものだけ。

ならばこれはなんだ? なぜ自分よりも弱いものが、自分よりも強い相手に闘いを挑んでいる?

理解できない。


 試しに少し小突いてみる。


「ぐわぁぁ!!!」


 盛大に吹き飛んだ。

やはり自分の見た通りこの生き物は弱い。

なのに。


「おおおぉぉぉぉぉ!!!」


 突っ込んでくる。

理解できない。


「オタク先輩逃げて!」

 

「ぐわぁぁ!!」


 何度も飛ばされる大和田。

その額には血が流れていた。

もしかしたら骨も折れているかもしれない。

それでも彼は立ち上がる。


「美鈴様! 逃げてください! みんなぁぁあ!! 逃げろ!! 早く!!」


 大和田の叫び声で我に返る避難者たち。

ゆっくりと後ずさりながら逃亡を図る。

それを見たゴブリンキングが逃がさないと歩を進めようとしたときだった。


ガシッ!


「逃がさんぞ」


 大和田がその足につかみかかる。

まるで虫けらを払うかのように大和田が飛ばされる。


 それでも大和田がまた立ち上がった。


「先輩…もうやめて! 先輩死んじゃう! 先輩じゃ勝てないよ!!」


 そしてまた大和田はゴブリンキングへと掴みかかる。

そして大きな声で叫びをあげた。


「わかっている!!」


「え?」


「わかっているんです! 私が弱いことも! 私ではこの化物に勝てないことも! 私がこの世界のモブであることも!! 全部一番私がわかっています!! ぐわぁぁ!!」


 なんだこれは、何だこの生き物は。

敵ですらないのに立ち向かってくる。

訳が分からない。

もういい、理解はできないが殺すことはできるだろう。


 それでも大和田は立ち上がる。


「それでも! それでもここで逃げるわけにはいかないんだ! でなれけばもう私は自分を許せない!

もう自分の正義を為さずに見て見ぬふりはしないと誓ったのに! あの日我が親友に誓ったのに!」


 大和田が思い出すのは、あの日剣也に謝った自分。

巨大な悪の前に正義を為せなかった自分はあの日捨てた。

怖くても、辛くても、それでも立ち向かう。

なぜならそれがあの日の誓い。


「勝てるから戦うではないんです。美鈴様。勝てるから戦うのを勇気とは呼ばないんです」


 ぼろぼろの身体でそれでも立つ。


「勝てなくても、負けると分かっていても。それでも! 自分の思いを貫き通す! それこそが」


 眼鏡の騎士が剣を構えて前を向く、まっすぐと。

その燃えるような瞳には微塵の恐れも映さない。


「勇気なのだから」

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