第99話 最後のご褒美

「そんな……彼が魔王?」


 3人はゆっくりと眠る少年の元へと。

黒い髪のその少年は、まるでどこにでもいる普通の少年。

それこそ剣也と同じような。


「触ってみてください」


 ユミルがそういうので、剣也が膝をついてゆっくりと触ろうとする。

しかし。


「触れない!?」


「はい、封印が完全に解けるまで触れることはできないでしょう。しかし見ることはできます」


 そういうユミルの目は優しくて。

まるで母が眠る我が子に向けるようなそんな微笑みを見せる。


「ではいきましょうか、時間もありません」


 そしてユミルは足を返して元の部屋へと向かう。


「?……なにを?」


「あなた方をここに読んだ理由です」


 そして先ほどの部屋へ戻る三人。

巨大な砂時計は今にもすべての砂が落ち切ってしまいそうだ。


「話してくれるの? 僕達をここに呼んだ理由を」


「はい、私があなた方をこの最下層へと呼んだ理由は二つ。一つは先ほど達成しました。

魔王の復活、そして過去の出来事をこの時代の戦士に伝えること。そしてもう一つ」


 そして空に手をかざすユミル。


「なにを…」


「剣也さん。あなたがこの時代に生まれてくれてよかった。出なければ勝利はなかったかもしれません」


 輝くユミルの手、光の粒子が集まり徐々に形になっていく。

幻想的にも思える光、そして現れる無数の。


「これは…宝箱!?」


 金色の宝箱、銀色の宝箱、そして虹色の宝箱。


「剣也さん。いえ、錬金術師よ」


 半神と呼ぶにふさわしい神々しい光を纏ってユミルは伝える。

その迫力に思わず固唾をのむ剣也。


「この塔にあるすべての装備をあなたに託します」


「それって…」


「はい」


 にっこり笑うユミル。

どこかで見た顔だ、あれはどこだったか……。

あ、そうだ。


「全力で錬金してくださいね! 」


 ブラック田中さんだ。



「うぉぉぉ!! 錬金! 錬金! 錬金!」


 唸る剣也は必死に錬金する。

レイナと自分の装備をひたすらと錬金する剣也。

錬金回数については知力の増大に伴い十分の回数が行える。


「頑張ってください! 私の力ももう少ない。時間はありませんよ!」


 すでに時間はない。

現状を田中さんに伝えに行く時間すらも。

携帯の電池はもちろん切れているし、今は一分一秒も無駄にできない。

それほどギリギリの時間との闘いだった。


 そんな剣也を横目にレイナとユミルが剣也に聞こえない声で会話する。


「レイナさん。あなたにはスキルの説明をしておかなければなりません」


「…スキル?」


「はい、あなたのステータスウィンドウに表示されているはずの勇者の唯一のスキル。そして最強のスキルについてです」


「それって、この生命回帰(未開放)について?」


「はい、そのスキルについてです。これは剣也さんには話さないほうがいいと思います。あなたは、あなたなら使ってしまいそうだから…私には使えませんでしたが」


「わかりました。その前にユミルさんはもう外には出られないんですか?」


「……はい、私の力が最後の塔の封印を意地する力。だから封印が解ける時私も消えます」


「彼に言葉を残したいとは…」


「そうですね。でも叶いません。残念ですが私と彼が出会うことはもうないでしょう」


 そういうユミルの目は悲しそう。

死という絶対が二人を分ける。

二度と会うことはできないと。


「そうですか……」


(あとで剣也君に相談してみよう)


「ありがとう、レイナさん。その言葉だけで救われます」


 ユミルはにっこりと笑う。

色んな感情が入り混じりながらそれでも笑いかける強い少女。


「ではスキルの説明についてですが」



◇世界を封印した楔の外 剣也が錬金に勤しむ同時刻。


「今日で五日か、剣也君。レイナ君。状況はどうなっているんだろうか」


 対策本部で日々汗を流す田中達。

状況は好転はしないが、フェンリルを討伐したことでフロアは活気出す。

大型画面にはヨルムンガンドの映像が映し出される。


 航空戦力で時間を稼ぐ。

そして空撮によって状況を常に放送している。

この放送は各テレビ局により放送もされており国民は固唾をのんで状況を見る。


「あと二日か……残念だが主要都市以外の放棄計画を進めなくてはならないな」


 八雲防衛大臣をはじめとする役員たちがざわめきだす。

その決断をしたくはない、彼らにだって故郷がある。

それに多くの避難民を受け入れる体制も整っていない。


 しかし今にも各拠点の防衛は突破されかねない。


 日に日に強くなっていく魔物達に人類は生存圏を縮小していくしかなかった。


 希望は二人。


 錬金術師と勇者だけ。



 そして二日が立った。


「そうか……」


 机の上で目の下にクマを浮かべる田中をはじめとする対策本部のメンバー。


「田中君。残念だが…」


 うつむく田中。

しかし時間は待ってはくれない。

ならば決断をするしかない、約束の日が来てしまった。


「では、始めましょう。東京、大阪をはじめとする主要都市以外すべての放棄を。この国における人類の生存権の縮小を」


「あぁ。言葉にできないが仕方がない。いつか取り返そう」


「はい」


 すると八雲大臣が電話をかける。

その相手はこの国の最高意思決定者。


「はい、総理。ついにその日が来ました。ご決断を…。はい、誠に遺憾ですが………はい、いつか必ず」


 そして計画が実行される。

その時だった。


ゴゴゴゴゴッ!


「地震か!? こ、これはでかいぞ!!」


 大地震が世界を襲う。


 全ての砂が滑り落ちるた。


 世界を止めた楔が抜けて、封印された魔物がすべて解き放たれる。


 残すはたった一人の少年だけ。


◇塔の最下層


「来ましたか…」


 塔にいる三人も地震の発生を感じ取る。

時刻は夕方、天気は悪い。


「剣也さん! レイナさん!」


「錬金! よし、最後の錬金が終わった! いつでもいけるよ!」


「準備完了ですね。剣也君」


 二人が錬金された装備を付ける。


「間に合ってよかったです。彼が解けるのはもう少し先でしょう。しかしすべての魔物は解放されました。急いで大切な人達を安全なところへ」


 最も強く封印されたユグドだけはまだ少し先。

しかしすべての魔物が解き放たれた、それが意味することは危険が迫っているということ。

だからすぐに向かう必要がある。


「ユミルさんは?」


「そうですね、最後は彼の傍にいたいと思います。言葉は交わすことはできませんが」


「……わかった。君の言葉は必ず伝える!」


「無理はしないでくださいね。きっと彼はまだ正気を取り戻せていません。倒すことを最優先にしてください」


 するとレイナがユミルへと歩く。

ゆっくりと抱き締めて最後の言葉を交わす。


「必ず伝えます。きっと」


「そんなことは…」


「必ずです、必ず…」


 レイナは強くユミルを抱きしめる。

ユミルはレイナの気持ちを理解する。


 これが私と最後に交わす言葉だから。

これが私が最後に交わす会話だから。

少しでも安心させてくれようとしているレイナの気持ちを感じ取る。

だから素直に信じることにした。


「……はい。じゃあお願いします。彼を解放してあげてください」


 剣也も近寄って歩く。

優しく覆いかぶさるように二人を抱きしめる。


「任せてくれ、あとは」


「ふふ、じゃあ私も託していいですか? 世界を救うなんてとても…とても重い責任を」


「あぁ、こんなに可愛い子のお願いぐらい聞いて見せるさ」


「ふふ、やっぱり少しユグドに似てますね。目元とか特に……でも一番は優しいところかな」


 ユミルは二人から離れて手をかざす。

一階層へのゲートが生み出された。


「それでは、剣也さん。レイナさん。あとは頼みます」


「あぁ! 任せろ!」

「はい! 任せてください!」


 二人が拳を前に突き出す。

その仕草を知らないユミルは少し驚いた。

でも多分こうするんだろうと、理解する。


 突き出された拳の自分の両の手の拳を合わせる。

きっとこれが思いを託すということなんだろうと。

だから最後は笑って託そう、この二人ならきっと。


「では、ご武運を!」


 そして二人がゲートへと消えた。


 光となって消える二人を見つめる。


 ユミルは一人、ユグドのもとへ。


 揺れるダンジョン、封印の力は弱まり徐々に機能を失っていく。


 眠る愛する人の横に座る少女。

まるで眠っているだけのような思い人。

その髪に隠れた顔に、触れられない肌に触れようとする


「え!?」


 封印が弱まりつつあるからなのか、ユグドは実体を持ちつつあった。

目は覚まさないが、触れることができるようだった。


「そうですか、これが最後のご褒美ですか…」


 ユミルは顔を少し赤らめる。

生前はまだ愛し合っていただけ、キスもしたことがない二人。

ついぞ叶うことのなかった夢。


 これは、悠久の時を一人この塔で過ごした自分への最後のご褒美なのかもしれない。


 だから。


「ユグド……これぐらいは許してくれるよね?」

 

 赤い顔で彼の顔へと近づく。

それよりも真っ赤な赤と赤い瞳が熱を持つ。


 ユミルは最後に彼と口づけをかわした。


「大好きだよ、ユグド……次は、次があるならきっと幸せになろうね」


 そして少女は彼の隣で横になる。


 ゆっくりと瞼を閉じた。


 今なお鮮明に思い出せる彼との楽しかった思い出を抱きしめて。

隣にいる彼のぬくもりを感じながら、最後の時を隣で過ごす。


「おやすみ」

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