ダンジョン×ラブコメ編

第51話 これが素なんですか? 

「おはよう、レイナ」

「おはよう、剣也君」


 レイナは、僕の手を強く握る。

心なしか、甘えているような気がする。

僕がレイナを見ていると、レイナが上目遣いでこちらを見る。

吸い込まれそうなその蒼い瞳で僕をまっすぐと見つめる。


「ぎゅ~」


 両手をこちらに出してハグを求める。

確実に甘えてきた、なにこれ可愛い。


「レ、レイナ!?」


「!?…失礼しました。忘れてください」


 雰囲気にのまれていたようで、僕の声で自分が何を言ったかを理解する。

その場ですぐに立ち上がり、顔を洗ってきます! と倉庫から走って出て行ってしまった。


 一晩中抱きしめていた反動か、一瞬だけ5歳まで退化してしまったようだ。

動き出した彼女の時間は、当時の面影を残している。


「び、びっくりした…」


 昨日あんなことがあったんだ。

まぁちょっとぐらい愛情を欲しても仕方ないよね。

今まで一切もらえなかったんだし。


 剣也はとりあえず今起きたことを忘れる。

それにしても可愛かった…。


 ブンブンブンと頭を振って特殊な状況だっただけだと頭の片隅に記憶を押しやる。

そして倉庫を見渡し段ボールを見て、思い出す。


「またあの無限錬金編がはじまるのか…」


 ため息と同時に、剣也も顔を洗いにトイレへと向かった。



「剣也君、今日からは王シリーズの量産ですか?」


 何事もなかったかのようにレイナがすました顔で聞いてくる。

ぎゅーって言ったくせに。


 でもどうやらもう吹っ切れたようだ。

済ました顔をしながらも目には感情が見え隠れする。


「うん、大体一日に今のステータスなら80個ぐらいできるから後9日で作れるだけ作ろうと思って、まぁその前に帝の兜を作るけど」


 剣也のステータスなら720回錬金できる。


 兵士から騎士へは錬金回数が減らないので、騎士から王へと錬金するとき9回の錬金を消費する。

720/9=80個ぐらいを日に生産できることになる。


 まぁ結局は、またいつものデスマーチを行うことになる。


 剣也は作った、ひたすらと。

そして9日がたった。



「これはまたずいぶんと作ったね…剣也君……少し瘦せたかい?」


 王シリーズを山のように作り終えた剣也は燃え尽きていた。

目は虚ろで「錬金錬金」とぶつぶつ、つぶやき空を見上げる。

ここは倉庫なので、暗い天井しか見えないが。


「剣也君! しっかりしてください!」


 レイナが僕にほっぺをぺちぺちと叩いて呼び戻す。


「は! ここは、どこ? 私はだれ?」


 レイナの声で現世へと舞い戻った剣也は意識を取り戻す。


「ここは倉庫であなたは御剣剣也です」


「ははは、お疲れ様、剣也君。ちなみにこれで何個あるのかな?」


「あ、ブラック田中さん。お疲れ様です、えーっと一日80個作ったので80*9で720個ですね」


 720個の王シリーズ。

一つ150万で買い取ってくれる約束をしているので計算すると。


「ブラック? ま、まぁいいか。となると…約11億か…」


「ほ、ほんとにそんな値段で買い取って大丈夫なんですか…」


「ははは! 全然問題ない。なんせまだまだ王シリーズは足りていないからね。もっと欲しいぐらいだよ、十分わが社の利益になるから気にしないでいい。それに…」


(成功したようだね、剣也君)


 剣也に寄り添い、明らかに表情が明るい。

ふとした瞬間に表情が崩れるレイナを見て田中は確信した。

この奇妙な共同生活できっと彼女は過去を打ち明けると、そして剣也君がすべて受け止めるはずだと。


 老婆心ではあるのだが、未来ある若者におせっかいを焼くのはおじさんの務めだ。


「どちらも手に入れたか…さすがは強欲」


「どちらも?」


「いや、こっちの話だ。とりあえず今日は帰るといい、明日には口座に振り込んでおこう。不動産会社にも連絡しておくよ。あ! そうだ!」


 田中が手をポンと鳴らして何かを思い出す仕草をする。


「ギルド名は考えたかい? 振り込むにしても宛名がないと」


 そうだった、忘れてた。

剣也は考える、ギルド名を。

宵の明星みたいに、かっこいい名前がいいけど特に思いつかない。

もうギルド名 【御剣家】とかじゃダメかな、駄目か。


「まぁ、今日一日しっかり考えるんだね、明日には連絡ほしいが」


 そういって田中さんは、僕達を車で家まで送ってくれた。

王シリーズは、田中さんの会社の人が回収していったので問題ない。



「おにいちゃーん!」

「剣也せんぱーい!」


「「おかえり!」」


「ただいま」


 家では二人の少女が出迎えてくれた。


「もう傷は治った?」


「もうばっちりだ、痕は残っちゃったけどね…」


 そして剣也は服をめくる。


「Oh~シックスパック…」


 美鈴が艶めかしい声で、割れた腹筋の一筋の傷をなでる。


「むしろかっこいいですよ、この傷! 戦士の傷って感じです! 背中じゃないので恥じゃないですし!」


 どこの剣豪だよ、と思いながら剣也は服をおろす。


「私もかっこいいと思います、すごく…」


 レイナも便乗して傷をほめてくれる。

恥ずかしそうにもじもじと。キャラ変わった?


 とはいえ油断がまねいた傷なので、誇れるものでもないのだが…。

確かに漫画の主人公とかは大きな傷あるよね、海賊王めざす方も胸におっきな傷作ってたし。


 そのレイナの様子を見た美鈴が察する。


「き、緊急作戦会議!!」


「え? ちょ、美鈴?」


 美鈴は、奈々を連れて外にでる。

その様子を剣也は首をかしげながら眺めていた。



「ちょ、ちょっと! どういうことよ! あれ!」


「あれって?」


 息を荒くして奈々に何があったと美鈴が詰め寄る。


「奈々分かんないの? まるで過去のトラウマを一緒に乗り越えて、心が通じ合ったみたいな顔してんじゃない!」


「どんな顔よ、それ」


「あーないわー抜け駆けされたー。レイナさんそんなの興味ないとか言ってたのに。ないわー」


 美鈴は、両手を顔に当てて天を仰ぐ。


「え、レイナさんがお兄ちゃんとくっついたってこと!?」


 恋愛に鈍い奈々もさすがに美鈴が言いたいことに気づいた。


「完全に恋する乙女の顔じゃん。あんな顔面偏差値ぶっ壊れているのが相手とかないわー」


「み、美鈴だって十分可愛いと思うよ?」


「そりゃ、私は可愛いよ。顔面偏差値東大並よ?」


(自分で言いきっちゃったよ…、否定しづらいのが憎い)


「でも相手はあれじゃん、無理じゃん。偏差値NASAじゃん」


(NASAは大学じゃないんだけど…)


 とはいえ言いたいことはわかる。

レイナさんは、反則級に綺麗だ。

というかハーフなのに、日本人っぽい顔と綺麗な蒼い瞳。

そしてモデル体型に、勇者って…。


「うーん、勝負ありかな…」


「奈々ぁぁ~」


 女の奈々から見ても非の打ちどころがない。

美鈴は可愛いけど、まぁ非の打ちどころしかない。

わがままだし、ずぼらだし、変態だし、メンヘラっぽいし。


 これは正直勝負あったか? お兄ちゃんの性癖が美鈴にぶっ刺さることを祈るしかないな。


「もうこうなったら、愛人枠を狙うしか…」


「ぶれないわね、ほんと」


 奈々は呆れながらもその目に炎を宿すただでは転ばない友人の肩を抱きながら部屋へ戻る。



「何してたの?」


「別に」


(え? なんか冷たい…)


「と、とりあえず大事な話があります!」


 妹と美鈴の態度が心なしか冷たかったが、気を取り直して二人を正面に座らせる。

 

「ま、まさか二人の結婚の報告…」


「いや、違うから! 今日は、名前を決めたいと思います!」


「まさか二人の子供の…」


「違う違う! 何を言ってるんださっきから。ギルドの! 僕らのギルドの名前を決めたいと思います!」

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