第50話 未来への手紙

「レイナ…」


 剣也はレイナを抱きしめることしかできなかった。

ゴブリンキング戦で見せたあのフラッシュバックは、血を流す僕と両親を重ねたからだと理解した。

何度も救おうと手を出したり引いたりとしていた理由にも合点がいった。

また自分の力で傷つけてしまうのではないかと恐れていたんだ。


 その力で両親を傷つけてしまったレイナは、過去に囚われた。

両親の死に触れた勇者という呪縛で。

それでも剣也は思う。


「レイナの両親は絶対レイナを恨んでいない」


 ただの思い込みだ。

でもきっとその両親は、レイナを恨んでいないはずだ。

願望でしかないし、きっとそうだと思い込むしか今となってはできないが。

それでもそう思うしか彼女が救われることはない。


「そんなの! そんなの…」


 そう、わからない。

だから思い込むしかないのかもしれない。

でもきっと両親は怒っていないと思うから。

最後まで娘を助けようとした両親は、きっと怒っていないと思うから。


 その時剣也は思い出す。


「剣也君、もしレイナ君が過去を君に話すことができたらこれを。未来への手紙だよ」


(まさか、手紙ってそういうことか!?)


 剣也は田中の言葉を思い出し、預けられた古いスマホを取り出す。


「レイナ、今からこの音声を流す」


「それは…?」


「わからない。でもレイナが過去と向き合う準備ができたら一緒に聞いてほしいと田中さんに渡されたものだ」


「わかりました……覚悟はできています」


 もし剣也の勘が正しければ、きっとこの中には。


 そして静かな倉庫で、二人を寄せ合いその音声を再生した。


ザーザーザーブツン


「レイナ、パパだよ、レイちゃん、ママだよ」


 その音声は、レイナの両親の声だった。


◇レイナが気絶した後のクリスマスの夜。


「ママ…」


「パ…パ」


 レイナが気絶してから二人は声を振り絞る。

血を流しながら既に意識は朦朧としあとは死を待つだけの二人。

父は、何とか這いずりながら妻と眠る娘の横まで来た。


 生きているだけで奇跡。

命を繋ぎ止めるのは、家族への愛。

せめて娘だけでも助けたいと思う人間の底力。

しかしもう数分と持たないだろう。


「レイちゃんは、無事よ…」


「よかった…」


 二人は特別な力をレイナが発動したのを見ていた。

そのあと自分達を助けようとしたことも。

暴走してしまったことも…。


 父はポケットのスマホで救急車を呼んだ。

住所だけ告げて完結に、これで助けはくるだろう。

しかしもう遅い、この出血量ではもはや自分達は助からないだろう。

レイナのせいではない、二人は最初からすでに助からない傷だった。


 だから。


「ママ、最後にこの子に…言葉を残そう」


「ええ…」


 そして父は手に持つスマホの録音を起動した。

目の前で横たわる自分達の愛する娘へ向けたメッセージを。


 残された一分ほどを未来へと紡ぐ。



「レイナ、パパだよ、レイちゃん、ママよ」


「ママ、パパ!」


 レイナはその声を聞いてすぐに理解する。

これは両親からのメッセージなんだと。

両手で目頭を押さえて信じられないという顔で、その声を聞く。


 その声は、まぎれもなく記憶の片隅にある両親の声。

その声は、かすれて今にも消えそうだ。


「いつかレイナが今日のことを思い出して、向き合えたときのためにこのメッセージを残します」


「このメッセージを聞いたとき、あなたはいくつになってるのかな…すぐ? それとももっと先?」


「わ、私もう16歳だよ…ママ」


「レイナ、多分パパとママはもう死んでしまっていると思う。でもレイナが気にすることはないんだよ」


「レイちゃんは、何も悪くないのよ。本当に何も悪くない、最初から助からない傷だったの…」

 

 レイナは首を振るが、黙って録音を聞く。


「必死で助けようとしてくれてありがとう、パパもママもわかってるからね、レイちゃんの優しさはちゃんとわかっているからね」


「レイナ…ごめん、でもレイナは生きるんだよ。パパとママがいなくなっても精一杯生きてほしい、親として勝手だけど生きてほしい」


「ごめんね、レイちゃん。ごめんね」


「そばにいてあげられなくてごめん、レイナ」


「一人にしてごめんね、レイちゃん」


「レイナの成長をもっと見たかった。どんどん大きくなっていくレイナを見るのがパパの一番の幸せだった」


「あなたの成長を一緒に見たかった、そばでずっと…今朝やっと縄跳びができたばっかりなのに…」


「きっとママに似てすごい美人になるんだろうな」


「パパに似てスポーツ万能になってるのかな」


「いつか誰かと結婚するんだろうか、一度は追い返してやるつもりだった…のに、残念だな」


「きっと素敵な人よね。レイちゃんが選んだ人なんだもの」


「きっと笑顔に…ゴホッ…してくれる人を探すんだよ」


「優しくて正義感があって、パパみたいな…ゴホッ…人を探すんだよ。もし泣かすような奴ならパパが化けて出てや…るから」


「もし、もしも一緒に聞いているならわかったな! 本当は直接見定めてやりたかったが、絶対にレイナを幸せにし…ろ」


「レイナ、幸せ…に…」


「パパ?………レイちゃん。生きてね、たくさん笑ってね、幸せになってね、きっと、きっとよ」


「あぁ、ごめんね、も…うお別れみた…い。もっと…伝えたいのに、もっと…話したかった…のに、ごめん…ね。ごめん…」


「パパもママも…誰よりもあな…たを……愛して…」


「…」


 しばらくの沈黙、それ以上二人の声が聞こえることはなかった。

未来へのレイナへ向けた両親のメッセージが終了した。


 レイナは何も言わずに、まっすぐとスマホを見つめる。

一言も聞き逃さないように、愛していた両親の最後の言葉を一つ残らず受け止めるように。

何を言われても受け止める覚悟はできていた。


 たとえ怨嗟の言葉を並べられたとしても…。


 しかし二人から聞こえたのは、正反対の言葉。

残された最後の時間を自分のために使ってくれた愛の言葉。


 レイナはうつむく。


 剣也は抱きしめる。


 自分にできることは、せめて彼女の涙を拭いてあげることぐらいしかできないから。


 夜はふける。

何も話さないまま時間だけが過ぎていく。



「私愛されてた…」


「うん」


「恨まれてなかった…」


「うん」


「私幸せになっていいのかな…」


 落ち着いたレイナはゆっくりと口を開く。

その声は震えているが、無機質な声などでなくしっかりと彼女の魂がこもっている。

今までのどこか壁のあったしゃべり方ではなくなっていた。


「私、本当は死にたかったの」


「…」


 剣也は声が出なかった。

憧れの少女の発言に。


「両親を殺した私は死なないといけないと思ってた。でも自分で終わらせる勇気もなくて…だからダンジョンに潜った」


 彼女がダンジョンに潜っていた理由。

あのギリギリで交わし続ける戦いは、死を恐れないのではなく、死を受け入れたかった少女の動き。


 あの時理由を聞いて、黙秘されたがまさか死にたがっているとは思わなかった剣也は声が出ない。


「それでも中途半端に怖がって、結局はずっと生きてきた…いわれるがままに生きてきた。人形のように」


 モデル活動も、すべては佐藤の親からの指示通りにしていただけ。

無表情で、クールビューティーなトップモデルの素顔は、感情を殺さなければ自我が保てない少女の姿。


「幸せになっちゃだめな人間なんていない、それにご両親は幸せになってほしいといっていたよ」


「うん…幸せになってって…。ずっと夢を見ていたの、毎日同じ夢を」


 レイナが見ていた夢。

寝言のように繰り返していた「ごめんなさい」は、両親へ向けた言葉。

恨まれていると思っている両親への謝罪の言葉だった。

いつも夢で、二人が自分を責める。

レイナの幻想が…。自責の念が生んだ幻が。


「でも恨んでなかった。幸せに…な˝って˝って˝」


「うん…」


「も˝っと˝…も˝っと˝話した˝か˝った˝、私もも˝っと˝一緒にい˝た˝か˝った˝!」


「うん…」


「うわぁぁぁ! パパ! ママ!」


 レイナは大声を上げて泣いた。

今までせき止めていたものを吐き出すように。

凍った心が溶け出して流れ出したように。


 ひとしきり泣いて、10年分泣いて。

泣いて泣いて、涙は止まる。


 涙が降ると、次は晴れる。


「ありがとう、剣也君。一緒に聞いてくれて」


 どれだけ泣いていたかはわからないが、レイナは落ち着きを取り戻した。


「うん」


「あのとき、絶対死なないといってくれたあなたの言葉すごく安心した」


 その一言が欲しくて、何度も叫んで、それでも言ってもらえなかった言葉。

死んでほしくなかった両親から言ってほしかった言葉を重ねていた剣也に言ってもらえた。


「何度でも言うよ、僕は死なない」


 だから向き合えた、もう一度。


「うん、ありがとう」


 そして二人は肩を寄せ合い何時間も話した。

同じようなことをずっと、確かめ合うように。


 夜が更けて、日が昇る。

次第に二人を睡魔が襲い、いつの間にか二人は眠った。



(んーいつの間にか寝てしまったか…)


 朝日が昇り、空は晴天。


 その光で剣也が目を覚ます。

横ではレイナが寝ている。

手を繋ぎながら寝ていたようで、僕の手を強く握って離さない。


 そして…。


「私も愛してる…」


 レイナの目は赤くはれているが、涙を流してはいなかった。

そしてごめんなさいと謝っていた少女はもういない、寝言で謝り続けていた少女はもういなくなった。

僕がその顔にかかった髪を優しく後ろへ流す。


 するとそれに気づいたようで、レイナも目を覚ます。


「おはよう。レイナ」


 過去に囚われた少女に朝が来た。

凍った心が溶けだして、無機質だった声に感情が乗る。


 剣也は確信した。

もうレイナは大丈夫だと。

想像もできない辛い過去を乗り越えることができたんだと。


 だって少女はあの日から初めて今日。


「おはよう、剣也君」


 笑顔で朝を迎えられたのだから。
















あとがき


レイナぁぁぁーーー!!!


 すみません、自分で書いたのにあまりに感情移入しすぎて叫びました。

レイナちゃんは過去を乗り越えました。辛すぎる……。

重い過去でしたが、やっと普通の幸せを求めるために歩きはじめます。


 私の作品ですが、キャラクター達がどう動くのか正直わかりません。

大筋を変える予定はありませんが、彼らならきっとこうするという思いで筆を走らせようと思います。

剣也幸せにしないと化けて出るからな。


 ということで、これにて第2章勇者編完結です。


 明日から第3章 ダンジョン×ラブコメ編はじまります。

今まで辛い思いをしたみんなに精一杯幸せになってもらう章です。

色々イベントは考えているのですが、きっとみんな幸せになるでしょう。

青春イベントはたくさんありますから。


 ってかそろそろダンジョン潜れ? ごもっともです。

ちゃんとレイナちゃんと美鈴ちゃんと攻略していきますので…。

あと第4章(最終章?)への布石もたくさん散りばめる予定です。

ダンジョンとはなんなのか。あの塔の頂上にはなんなのかと。


 では章の終わりなので、レイナちゃんの幸せを祈願して★をください(笑)

あと文字付レビューは大歓迎です。面白いの一言でも作者は狂喜乱舞します。

既に★を付けていただいた方もいつでも文字付待ってます。

(あまりしつこいと運営に怒られる…おっと誰か来たようだ)


 では、また第3章の終わり、もしくはコメント欄でお会いしましょう!


 これからもよろしくお願いします!


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