第49話 血染めのクリスマス

まえがき

この話は辛いです。

ここまで読んでくださった方なら大丈夫と信じていますが、覚悟してお読みください。きっと救いはあるはずです。






◇レイナの過去


「メリークリスマス! レイナ!」


「わぁ! パパありがとう!」


 眼鏡をかけた緑のセーターを着た優しそうな男が、綺麗に梱包されたプレゼントを少女に渡した。

蒼い瞳の男と、蒼い瞳の少女が満面の笑みで抱き締めあう。


 温かい暖炉と、温かい部屋。

もみの木に綺麗な装飾が施され、こんがりと焼かれたチキンがテーブルの上に置かれている。

今日は聖なる夜、クリスマス。


 誰かの誕生日でもあるのだが、そんなことより愛する者達と過ごすことができる特別な日。

そんなどこにでもいる普通の幸せな家族が、はしゃぎながら楽しく過ごす。

外には雪が降っている。


「ねぇ! 開けていい? 開けていい?」


「ご飯食べてからよ、レイちゃん」


「えー!!」


 黒く長い髪の綺麗な女性が、少女にまだ駄目と今にも袋をビリビリに破こうとしている少女を止める。

大和なでしこという言葉が似合いそうなこの女性は、日本から海を渡りこの男と結ばれた。

そして生まれたのが、父譲りの青い目とブロンドの髪の少女レイナ。


 父は日本語を話すことができ、母は日本人。

ならば家の中では自然と会話は日本語になる。


「まぁいいじゃないか、ママ」


「そうだ! そうだ! ママ!」


「あら? 二人してママの敵なの? ママ悲しい…」


 うえーんと、泣いた真似をする母。

すると少女が、トボトボと母の隣に歩いてきて裾を掴む。


「レイナは、ママの味方だよ!」


「おいおい! パパはレイナの味方したのに、裏切るのか?」


「うーん、ちょっとだけママの方が勝ち!」


「えー!」


「ふふ、ママを守ってくれるのよね。ありがとレイちゃん」


「うん!」


 幸せそうな家族。

今日は、娘の5歳のクリスマス。


 ダンジョンが現れて10年近く。

装備品は世界に広がり、普通に市場で買えるまでに普及した。


 その結果親たちは、早い段階で子供に装備品を渡し職業を知ることが普通になった。

装備品は、危険もあるためある程度物心がついて、ある程度自我も出てきた5歳のクリスマスにプレゼントするのが習わしとなりつつあった。


「ふぅーお腹いっぱい!」


「よし! レイナ! プレゼント開けてみるか!」


 このイベントは、子供も楽しみだが自分の子供にどんな職業があるのか親も楽しみの行事となった。

レイナの父も例に漏れず娘が特別な力を持っているんじゃないかと親バカを発動して信じて疑わなかった。


「開ける! ママいい?」


「ええ、いいわよ」


「やったー」


 全力で飛び跳ねてプレゼントを抱きかかえるレイナ。

その満面の笑顔を見た両親も幸せな気持ちになる。

そして…。


ビリビリビリ


「あぁ、レイちゃん。せっかく綺麗に梱包したのに…」


 もう待ちきれないとビリビリに袋を破いて中の物を取り出す。


「わぁ! 熊さんと…?…これなぁーに?」


 レイナがその小手を手に取った。

中に入っていたのはテディベアと、その熊の手についた兵士の小手。

最弱の装備だが、ステータス、そして職業を得るためには問題ない。


「それはね、手につけるだよ、こうやってね」


 父が使い方を教えようと兵士の小手を装備する。


「かっこいい!!」


 レイナが、貸して貸してと飛び跳ねる。

しかし父は、指を前にしてレイナの口をふさぐ。


「これはレイナにあげるけど、条件があります!」


「えー!!」


 ほっぺを膨らませ怒るレイナと、にこにこする母。

そして約束だと父は語りだす。


「まずこれを付けるとレイナは強くなります」


「つよく?」


「そう! でもだからってこの力をむやみに奮ってはいけません」


「うん。よくわかんないけど…」


「でも一つだけ、自分、もしくは大切な人を守るための場合に限り使用を許可します」


「許可ー?」


 つい難しい言葉を使ってしまった父親の言葉を反復する。


「えーっとね、レイナとママとパパを守るためなら何をやってもいいよってこと」


「なにをやってもってパパ…」


 説明を諦めて投げやりな説明をする父。

呆れる母と理解した娘。


「はーい! 約束する!」


 そしてレイナに小手が渡る。

その時だった。


ガシャーン


 その時扉が割られる音がした。


「な、なんだ?」

「パパ…」


 母は、レイナを抱き寄せる。

父は、何が起きたとドアの様子を見に行った。


「な、何だお前!」


 そして様子を見に行った父は理解した。

ガラスを割り、手を入れて鍵を開けた男を見て。

黒いマスクと、黒い手袋、服も全身が黒色。

そしてその手に持っているのは、鋼の剣。


 状況を理解した父は叫んだ。


「ママ! レイナを連れて逃げろ!!」


 そして…。


「グッ…」


 父の腹を剣が貫き、倒れる。


「に、げ…ろ。ママ、レイナ」


 その男は、一歩一歩とレイナ達のいる部屋に入る。


「パ、パパ!! い、いや! あなたはだれなの!?」


 男はぶつぶつとつぶやく。

会社が悪い、社会が悪い、幸せな家族が憎いと。

この世の全てを憎む怨嗟の声を上げながら娘を抱く母に近づく。


「殺さなきゃ、殺さなきゃ」


 その表情はまるで悪魔にでも取り憑かれたよう。

すでに正常な判断はできそうにない。

目は虚で操られている人形のようだった。


 娘を抱いた母は必死に逃げようとするが、うまく動けない。

刃物を突き付けられて命を握られている状況にうまく足が動かない。


 そして…。


「あ˝ぁ˝!」


 母も貫かれる。

抱きかかえていた娘を思わず放り出す。

レイナは何が起きているか理解できない、しかし唯一わかるのは母と父がこいつに襲われているということ。


「逃げて、レイちゃん…」


 倒れながら母はレイナへと声を絞る。

腹を貫かれていても母は震える声でレイナを逃がそうとする。


 そしてその男は、ゆっくりと倒れた母に歩いていく。

トドメを刺そうと。


「や、やだ! ママ!」


「これを付けるとレイナは強くなります」

「レイナとママとパパを守るためなら何をやってもいいよってこと」


 思い出したかのように、手に持った小手をレイナは装備した。

自分の意思で、家族を守るために。


「お願い、助けて!」


 この小手を付ければ何かが少女を守ってくれるような気がして。


 直後レイナが光り輝く。

少女の周りに光が舞う、神々しさすら感じさせるその光。


 まだ幼いその少女が、家族を守るために勇気を出した行動を祝福するかのように。

そしてアナウンスがレイナに告げた。


『職業 勇者を発現しました。勇なる者の効果により全ステータス+1000されます』


 覚醒した勇者レイナ。

その力は、5歳の少女が持つにはあまりにも強力だった。

装備なしで、一級探索者にすら到達しうる勇者という世界で一人だけの力。


「うわぁぁぁあ!!!」


 そして少女は、訳も分からずに駆け出した。

混乱する頭を、まだ自我が出始めたばかりの頭を必死に動かしてその男から父を、母を守るために。


 あいつから守らないと。あいつを倒さないと。

あいつを……。


 殺さないと。



 少女の前には血だらけで倒れる男だったもの。

既に絶命している、原型をとどめてはいない。

力の限り殴り続けた少女の拳によって命が潰えた。


 夢中で殴り続ける少女は止まらない。

心を喪失してしまったかのように、無心でひたすらと。


 少女は恐怖に支配された。

無我夢中で殴り続ける、倒さなきゃ倒さなきゃ。


 しかし、その力はレイナ自身も傷つけた、拳からは血が噴き出し骨が見えだす。

まだ幼い少女には、その力をコントロールする心も身体もなかった、

レイナ自身の力で自らを傷つけてしまう。


 でも少女は止まらなかった。

暴走状態、自分でも何をしているか理解出来ない。

自分でも止められない、止める方法がわからない。


 しかしそんな深い暗闇を彷徨よっている少女に光が差した。


 誰かに抱きしめられた気がする。

いつも優しく私を抱いてくれたあの優しい手で、優しく抱きしめられた気がする。


 温かい…。安心するこの気持ちはきっと…。


「パパ? ママ?」


 そして少女は意識を取り戻す。

両親に抱きしめられた少女は意識を取り戻した。

いつものぬくもりを感じた少女は、自分が何をしていたかを思い出す。


 しかし直後見た光景で、その手に感じる感触で、頭が真っ白になった。


 なぜなら自分の手が母の身体を貫通していたから…。


「いや…いやぁぁ!!」


 暴走する我が子を止めようとした二人をレイナは無意識に攻撃してしまっていた。

父も傍で倒れていることからきっと攻撃してしまったのだろう。


 少女は父と母のもとに駆け寄った。

二人は血を流しながらもまだ絶命していなかった。

意識を失っているが、まだ絶命していなかった。


 なぜならまだ二人は温かかったから。


 そして少女は、血を止めようと母に触れた。

まだコントロールすることもできないその圧倒的な力で。

まだ5歳の少女が、操作もできない化物じみた力で触れてしまった。


「いや、どうして! いやだ!! ママ!」


 止めようとした傷はさらに大きく広がる。

抑えようとしたはずが、さらに傷を広げ血が止まらない。


 少女は混乱し、父へと助けを求めるが父も意識を失っている。

大人ならば冷静に救急車を呼ぶこともできただろう。

しかし5歳の少女に、両親が死にかけているときその判断をしろというのは余りにも酷すぎる。


 少女は、何度も何度も傷口をふさごうと手で押さえる。

その結果が悪化につながっていることもその時は理解できずに。


「いやいやいやぁぁ!! パパ! ママ! 起きてよ!」


 何度もその結果を否定しようと声上げる。

しかし少女に許された力は制御不能の破壊の力、幼い彼女ではコントロールできなかった。


 抑えようとするレイナとは裏腹に血は止まらない。


 いくら叫ぼうと、いくら願おうとレイナの言葉は通じない。


「あ…あ…あぁぁぁ!!」


 どんどん冷たくなっていく両親をその手で感じながら。

そして両親の血にまみれた少女は、自我を壊し、心を壊し、意識を失った。



 聖なる夜にサイレンの音だけだ、白銀の世界に鳴り響く。

血染めのクリスマスに一人の少女だけが暗闇の中救いを待つ。


 いつまでも…。



「私は、私は…救いたかっただけだったんです!」


 剣也の胸で泣きながら少女は、嗚咽を漏らしながら叫び続ける。


「ママもパパも…私をきっと恨んでいる。私が! 私が奪った! 私がパパもママも殺した!!」


 剣也は、抱きしめる。

月並みの言葉しか出てこない少年ができることは受け止めてあげることだけ。


 親を失った少女に言葉だけで勇気づけてあげることなど剣也にはできない。

原因ではないはずだが、自分の力で両親の命を最後に奪ってしまった少女がどれだけ傷ついてしまったか想像すらできない。

だからせめて一人じゃないと抱きしめる。


 少女は泣いた。

ひとしきり、少年の胸で。


 少年は否定する。

きっと両親は恨んでいないと。

しかしそれはただそう思い込みたい二人の願い。


 誰にも死人の声を聞くことなどできないのだから。

誰も両親はレイナを恨んでいないと証明することはできないのだから。


 レイナの両親を除いては…。



田中「未来への手紙だよ。彼女が再度過去に向き合ったときに…できれば一緒に聞いてあげてほしい」

* 

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