第40話 夜に浮かぶ明るい金星

『エクストラボス 【オークキング】、【コボルトキング】、【オーガキング】の三体を召喚します』


 そして空から降ってきた3体の王。

そのすべてが先ほどのゴブリンキングに勝るとも劣らない覇気を纏ってこちらを見る。


 すべての探索者は膝をつく。

もう無理だと諦めた。

先ほどのゴブリンキングですら満身創痍で何とか倒したのに…。


 剣也を抱きしめていたレイナですら、死を受け入れるしかなかった。

あれほど苦戦した存在が3体同時。

誰もが勝利を諦めた、命を諦めた。

ただ一人を除いて。


 剣也は立ち上がった。

ボロボロの身体に鞭打って。


 その少年だけは諦めない。

その少年だけは刃を構えて前を向く。

その燃えるような瞳には、微塵の恐れも映さない。


「レイナ、まだ戦えるか」


「ま、まだ諦めてないのですか…」


「僕は約束したから…」


 そう、少年は少女と約束した。


「君に死なないと約束した、だから最後の最後まで僕はあがくよ」


 剣也は笑顔でレイナに応える。

それを見てレイナの表情が初めて崩れた。


「ふふっ。すごいですね。剣也君は」


 少女は、感情が動き、表情も動く。

死の間際、トラウマのフラッシュバック、そこから剣也と共に立ち直った。

感情を殺していた少女に感情が戻りつつある。

少年のひたむきさが、少女の心を動かした。


「わかりました、マスター。最後までお供します」


 レイナも合わせて立ち上がる、倒れそうになる剣也を支えながら。

死の覚悟はできている、もう体もゴブリンキングとの戦闘のダメージで思うようには動かない。

それでもここが最後だとしても、最後まであきらめるつもりはない。


 そして王達の咆哮が階層に響く。

戦いが始まろうとしていた、剣也とレイナは剣を握る。

その背中は支え合い、真っ直ぐ王達を見据えていた。


「いくぞ」「はい!」


 そして二人は王種達と切り結ぶ。

剣也は、錬金術師として新たに得た力を最大限に。

レイナは、勇者として勇敢に。


 一つのミスが致命傷。

しかし一部の隙も油断もない。

なぜなら彼らの肩にはここにいるすべての命が乗っているのだから。


 獣の咆哮と剣戟の音がダンジョンに響く。


 二人は善戦した。

この絶望的戦力差にしては善戦したといっていいだろう。

しかし気持ちでどうにかなるレベルを超えていたのも事実。


 それでも限界まで戦う、そして時間を稼ぐ、一縷の望みを懸けて。

見据えるのは9階層からの唯一残されたゲート。


 しかし剣也が突如膝をつく。


(!? 動け! 何をしてるんだ!)


 必死で立ち上がろうとする。

しかし心とは裏腹に体が限界を迎えた。

気持ちではもうどうしようもないほどに全身が悲鳴を上げていた。


 大量の血を失った剣也の足が限界を迎える。


 そして振りかぶられる大剣。

もはやこれまでか、全員がそう思って目を伏せる。

剣也だけは、最後までその剣を見据えながら、最後まで懸命に生きようと。


(くっそ…が)


 そして剣は振り下ろされた。



キーン


 しかしなるのは金属音。

剣也? レイナ? いいや、違う。


 目にも止まらぬ速さでゲートから男が剣也の前に駆け出した。


 その背中はヒーローというには、あまりに粗暴で身の丈ほどの大剣を構える。

無精ひげを生やしたまるで傭兵のようなその男。


 その男が振り下ろされた、王種達の武器をはじき剣也を救う。

そして男は、振り向いた。


「待たせたな、よく耐えた」


 世界最強の探索者【天道龍之介】その人だった。


「おうおう、ほんとにいたよ。王種達」

「ゴブリンキングをよく倒しましたね、あれは結構強いんですが」

「はは! 新人君たちもすごいねぇ!」

「ひっさしぶりに来たわい、10階層」


 唯一残された9階層からのゲートから次々と現れた、残り4人の探索者。

その装備には、ギルドの文様。

夜に浮かぶ明るい金星、絶望の中に輝く希望を込めたその文様が表すものは、一つだけ。


 世界トップの最強ギルド 【宵の明星】 そのギルドメンバーだった。


「た、助けが来たぁぁ!!」

「宵の明星だぁぁ!!」

「天道さんだぁぁ!!」


 それを見た剣也も、思わず力が抜けそうになる。


(え、援軍! しかも天道さんと宵の明星!?)


 死を覚悟した探索者と剣也とレイナは援軍の到着に、歓喜した。

世界最強の援軍に。

これほど心強いメンバーもいないだろう。

そして駆け出す宵の明星と王種達。


 戦いは一方的だった。

なぜなら一体ずつあの技が葬っている。

天道龍之介の代名詞とも呼ぶべきあの剣の極致に達した技が。


「団長!」

「あぁ」


 天道龍之介が剣を担ぐ。

彼の職業は、剣士。ただしレベルは100を超える。

そして手に入れたスキルが彼を最強たらしめる。


 メンバーに動きを抑え込まれた王種達、そして天道がスキルを発動する。

その剣士スキルの最高峰の技、その名は…。


「覇邪一閃!」


 王種達の首が飛ぶ。

彼らのもつ武器ごとまるでバターのように両断される。

その一閃は、軌道上に何人たりとも存在を許さない。

剣士のスキルの最終到達点ともいえるそのスキルを発現させたものは世界でも片手で数える程度だろう。


「すごい…」

 

 意識を失いそうになりながら剣也は、彼らの戦いを見ていた。

これがトップ、これが最高峰。


 いつか彼らに並び立つことができるんだろうか。


 そして、すべての王種は討伐された。


『10階層のエクストラボスがすべて討伐されました。ゲートを解放します』


 そのダンジョンに響くアナウンスが、この現象の終わりを告げた。

探索者達は歓喜した、今度こそ終わったのだと。


「やったー!!」

「ゲートが使える! 今度こそ終わったんだ!」

「ありがとう! ありがとう!」


 探索者達は、感謝を述べる。

重傷者は、すぐにゲートを通って運び出される。

一階層では、多くの関係者が今か今かと報告を待っているようだ。


ザザザッブツン


 再度マイクが入ったような音が鳴り響く。

全員が警戒したが、アナウンスが告げた言葉に警戒を解いた。


『エクストラボス討伐報酬を与えます。 ステータスの乖離と貢献度から報酬者を選定しています……』


(報酬? ボス討伐の報酬がもらえるのか…)


『御剣剣也、蒼井レイナの2名に報酬が授けられます』


 そして二人の前に宝箱が現れる。

その色は、銅でもなく、銀でもなく、そして金でもなかった。


 目を背けたくなるほどに虹色に輝くその宝箱。


 どうやらステータスの乖離という言葉から能力値が影響していそうだ、

宵の明星は強すぎるため報酬はない。

ここまできてくれたのに、申し訳ない…。


 すると天道さんがこっちに歩いてくる。


「よぉ、一世さんが気に入ってるガキか。良く耐えた、おかげで間に合った」


 彼らはアナウンスが流れてから全力でここへ向かったらしい。

アナウンスは全ての塔に流れたので第一階層にももちろん流れている。

しかしどれだけ急いでも30分はかかるので、到着が遅れたそうだ。


「は、初めまして! ガハッ! 御剣剣也といいます!」


 血を吐血させながら僕は膝をついて挨拶をした。

そして宝箱と僕の胸の傷を天道さんが見る。


「無理すんな。それとその宝箱は、お前らのもんだ。頑張ったんだろ、気にすんな」


 そういって天道さんは、そのおっきな手で僕の頭をわしゃわしゃとなでる。

わしづかみされるほどのそのおっきくて分厚い手で。

すごく安心する、ぶっきらぼうだけどすごく優しい人なんじゃないかな。


「団長が、いうならしかたねーな」

「ねぇねぇ! 何が入ってんの!?」

「興味あります」

「わしも気になるの」


 そして見守られながら、僕はその宝箱を開く。

正直すぐ休んだ方がいいのだが、気になって休めない。

レイナもその宝箱を開いた。


「これは…服?」


 僕の方には、真っ黒で、薄いのに、破れそうにない何かの衣のようなその服。

そしてレイナの方には、古びた剣だった。


 僕は目を凝らし能力を確認する。

誰のものでもない装備なら装備せずとも確認できる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

装備説明 

・黒龍の羽衣Lv1(Lvによる上昇+100)

 Bランク レア度★★★★

能力

・防御力+1000

・龍種の攻撃を10パーセントカット

・龍種以外の攻撃を20パーセントカット

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「ほう…、黒龍とな。龍の羽衣は見たことがあるが、それは初めてじゃな」


 団員の一人のおじいさんが興味深そうに僕の装備を見る。

見た目60ぐらいだけど、第一線で活躍しているすごいおじいさん。

その和服の装備品なのか、私服かはわからない服装が達人の雰囲気を醸し出す。


(レア度★4!? どこまで進化できるんだ、この服…。それに防御力+1000か)


 僕はその破格の性能の装備を付けようと、立ち上がろうとする。

黒い羽衣が中2いや、高2心をくすぐるその服を。

  

 しかし僕は忘れていた。

血を流しすぎてすでに満身創痍だったことを。

アドレナリンで何とか今まで動けていたことを。


 そして僕は立ち眩みして意識を失った。

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