第41話 本命は?

 知らない天井だ


 僕はたぶん病室であろう場所で目を覚ます。

腕には点滴、体には包帯が巻かれている。


 つい、いつものように体を起こそうとする。

しかし…。


「痛ってぇぇ!!」


 僕の腹筋は、ゴブリンキングに浅くはあるが、切断されていた。

腹筋に力を入れて起こそうとすると血が滲みそうになる。


 そしてその声で、彼女たちが目を覚ます。


「お兄ちゃん!」

「先輩!」

「剣也君」


 妹と、美鈴と、レイナが僕の傍で眠っていた。

丸一日横にいてくれたようだった。

丸一日かどうかわからないが。


「おはよう、お兄ちゃん! 心配したんだからね!」


「あぁ、ごめん」


「ほら、先輩立たせてあげます! あ、変な意味じゃないですよ? 上半身です。下半身じゃないですよ」


(こいつ実は中身おっさんなんじゃないか?)


 相変わらず軽口で下ネタを言ってくる美鈴に支えてもらい僕は上半身を立たせてもらった。


「よかった、剣也君」


 ここは、個室のようだ。

どうやら重症なのは僕だけでレイナは無事だった。よかった。


 僕の周りには、三人の女の子達が三者三様のリアクションを取る。


「ごめん、心配かけた」


「ううん、元気そうでよかった。でもしばらく安静だからね! お兄ちゃんのお腹結構縫ったらしいよ?」


「剣也君、その間は私がお世話します」


 レイナがグイっと僕に体を近づける。


(あれ? なんか表情がいつもより明るい気がする)


「え? ず、ずるい! 私がする! せ~んぱい、私のほうがいいですよね?」


 美鈴もグイっと僕に体を近づける、というよりくっつく。

そして僕にだけ聞こえるような声で美鈴は、耳元でささやくように言う。


「私なら下のお世話だってできますよ? もちろんエッチなほう…」


(ま、まじですか!? エッチなほうですか!?)


「み、美鈴! ふざけ…痛てて! 大きな声をださせるな…」


「ふふ! 冗談です。まぁ実際は看護師さんがしてくれるし、私達は邪魔なだけなので退散しますね」


 僕が起きてとりあえず安心した三人は一旦家に戻るらしい。

ご飯も食べてないし、うたた寝してしまったとはいえ満足には寝ていないから。

 

「じゃあお兄ちゃん、何かあったら連絡してね?」


「剣也君、お大事に。また明日来ます」


「先輩、じゃあね!」


 そして奈々達が、外に出ていくとなにやら誰かに挨拶をしている。

それは聞きなれた声だった。

そして廊下から現れたのは…。


「田中さん! っと天道さん!?」


「やぁ、元気そうでよかったよ、剣也君。それにしてもモテモテだね」


「冗談言わないでください、それと天道さん。あの時は本当に助かりました。ありがとうございます」


「あぁ、気にするな」


 そして二人は僕の横に座って話し出す。


「剣也君、状況を教えてくれるかね? 多分一番今回のことを知っているのは君のはずだ」


「はい、すべて話します」


 そして僕は二人に9階層を100回クリアしたらこの現象が起きたと伝えた。

あのアナウンスはどうやらダンジョン全体、つまりは第一階層にも聞こえていたらしい。


「なるほどね、確かに階層ボスを100回攻略したものなどいなかっただろう」


 通常は階層ボスを倒せば次の階層を探索する。

なので数回程度の人はいるだろうが、100回も倒したのは僕だけだろう。


「んで、あの王種どもが現れたわけか、あれは45階層の中ボスだぞ、よく倒せたな」


 ゴブリンキングはじめ、王種と呼ばれるその種族達の王達は45階層の中ボスとして出現するらしい。

天道さん達は余裕のように見えたが、何度も倒した経験からだろう。


「はい、レイナと協力してなんとか、それと新しい力も」


 剣也はステータス錬金のことを伝える、一応Aランクも錬金できEランクに至っては回数制限がなくなったことも。

新たに手に入れた剣也だけのチート級の力を、信じている田中さんには伝えた。


「ふむ、スキルレベルの上昇に伴い新しい力を手に入れるのは不思議じゃない、龍之介の覇邪一閃も100Lvで獲得したしね。それにしてもその能力は…すごいね」


「はい、とはいえレイナがいなければ危なかった相手です。僕はまだまだ弱い…そ、そうだ! けが人は! まさか死人はでてませんか?」


「大丈夫、軽傷者は多いが命に別状のある者はいない、君が懸命に守ったおかげだよ」


「いえ…原因は僕ですので…」


「お前はわるくねぇよ」


 気落ちしている僕を励ますように天道さんが否定してくれる。

大きな声ではないが確かな意思を乗せて僕は悪くないと言ってくれた。


「ふふ、龍之介がね、珍しく怒ってたんだよ。実はね…」


 そして田中さんは、話し始める。


◇剣也が気絶して運ばれてすぐ。


「おい! この責任はだれがとるんだよ! もちろんあのガキだろうな!」


 片腕から血を流す軽傷の男が叫びだした。

この事態を招いた奴が責任を取れと騒ぎだす。


「お、おい。あんたあの子は悪くないだろ…」


「はぁ!! お前らもあのアナウンス聞いてただろ! あいつがボスを100回倒したからこの事態が起きたんだろうが!」


 彼の言い分も間違いではない。

確かに剣也が100回9階層のボスを倒したことでエクストラボスの発生条件を満たしてしまった。


「俺はそのガキが地面に額こすりつけて謝るまで許さねぇぞ! あと賠償金だ! 1000万はいるなぁ!」


 まるで勲章のように傷を高らかに掲げて賠償責任を問おうとするその男。

どこにでもいるあわよくばお金が手に入らないかと騒ぎ立てる存在、ごねるだけなら無料だから。


「そうだろ、みんな! しかも高そうな装備を得やがったんだぞ? 俺たちに泣いてどうかもらってくださいっていうのが筋だろうよ!」


 あわよくばあの虹色の宝箱の装備すら手に入れようとする。

自分は被害者だと高らかに叫び、周りを巻き込もうとする。

しかしその声に反応する者は一人だけ。


「おい、坊主のどこに責任があるってんだ?」


「て、天道さん! でもあんたがこなきゃ俺たち全滅だったぜ? あのガキのせいでよ! 誰が悪いかなんて明白だろう? あのガキには賠償する責任があるぜ?」


 天道龍之介がその男の前に立つ。


「坊主に責任はねぇ」


「おいおい、あんたも耄碌してんのか?」


「ねぇよ、坊主には」


「でも原因はあのガキだろう?」


「あ˝ぁ˝?」


「ひぃ!」


「まぁまて龍之介、殺気で人が死によるわ」


 すると傍にいたおじいさんが剣を構えようとした天道を諫める。

空気すら震える殺意を飛ばされた男は怯んで縮こまり、しりもちをつきそうになる。


「お前さんの主張は、あの子が悪いと言っておるのかの?」


「そ、そうだ!」


「そりゃちと可哀そうじゃろう。20年、お前さんのケツの青い頃から儂はこのダンジョンで生きてきたがこんな事象は初めてじゃ。誰が予想できたというんじゃ」


「そ、そりゃそうだが、でも原因は…」


「確かに、この事象のきっかけはあの子が大ボスを倒したことじゃ、それは否定せんよ? しかしそれであの子が悪いとはならんじゃろう、世界で誰も知らないことに運悪く出くわした。あの子も被害者なんじゃから」


「そ、そりゃ運が悪かったのは否定しねぇよ? だからって自分のやったことに責任は持たなきゃ…」


「ならお前さんも責任を持つべきだわな。自分で何が起きるかわからん探索者という道を選んだんじゃ、まさか命の危険がないと思っておるのか? この職業に!」


 探索者を選んだのは自分。

今回の事象は、全員が被害者、強いて言うならダンジョンが悪い。

ならば運が悪かったと思って自分で責任を取れと告げる、その目は齢60を超えてなお鋭く威圧し、もの申す事叶わない。


「い、いや…」


「それに、あの子を悪いと思ってるのはお前さんだけみたいじゃよ?」


 あたりを見渡すとすべての探索者達が、男を睨んでいる。

どうやらこの主張に賛成してくれるような探索者は他にいなかったようだ。


 そして一人が一歩を踏み出し、直訴する。


「お前恥ずかしくないのか? あの子の、あの戦いを見て! 命を懸けて俺たちを守ろうとしてくれた一回りも俺たちより小さいあの子の大怪我を見てよく言えたな」


 彼はゴブリンキングから剣也に命を救ってもらった男だ。

いまだ足は震えているが、それでもあの少年に感謝したい。

誰もが見捨てようとしたあの時に、命を懸けて自分を救ってくれたあの少年に。


「うっ…」


「あの子は悪くねぇよ、俺たちはそう思ってる。それでもあの子は責任を感じて、精一杯自分のせいだと俺たちを守ろうとしてくれてたじゃねか…あんなに血みどろになって…」


「……わかったよ」


 そしてその軽傷の男はゲートへと消えていく。



「そうですか…天道さんありがとうございます」


「いや、まじでお前はなんも悪くねぇから気にすんな」


(とはいえ、きっかけを作った身としては何とも言えない気持ちではあるんだよな…)


「まぁ、その話は置いといてだね。レイナ君と共闘したんだって? 早速仲良くなってくれてうれしいよ。君に任せたのは正解だったね、先ほどレイナ君を見たが表情が明るくなったように見えた」


「それなんですが、レイナが倒れて血を出す僕を見て何か様子がおかしくなったんですが、彼女の過去になにがあったんですか?」


 ゴブリンキングの斧が僕の胸を浅くえぐり僕は血を出した。

傷こそそこまで深くはなかったがその血をだして倒れる僕をみて普段の冷静なレイナからはあり得ないほどの悲鳴を聞いた。

そして過呼吸になり、まるであの症状は…。


「フラッシュバックしたか……詳細は彼女に直接聞いたほうがいい、私が言うことではない。しかし公開されている情報だけでいうなら…」


 田中さんは言いづらそうに、間をおいて答えた。


「彼女の両親の死は事故ではない」


「な!? 事故ではない? ってことはもしかして殺人ですか?」


「あぁ…だか詳細はもっと悲惨だよ、もし君が真相を知ってもどうか彼女を嫌わないでやってくれ」


「そんな…僕が彼女を嫌うわけないじゃないですか!」


「あぁ、その君の真っすぐなその熱こそ、彼女には必要だろう、だから君に任せた」


 そういって田中さんと天道さんは席を立つ。


「坊主。傷が治ったら打ち上げにいくぞ。うちは仕事終わりは絶対に飲みに行くんだ」


 天道さんは、また僕の頭をくしゃくしゃした。

相変わらず大きな手だ、それに宵の明星のメンバー全員に感謝を伝えないと。


「はい、早く傷を治してやりましょう!」


「おう」


 そして田中さんと天道さんは、病室を出た。

変わるようにお医者さんが入ってきた。

多分お医者さんだ、白衣を着ているし。


「やぁ、起きたかね。御剣君」


 白衣を着て、眼鏡をかけた30代ぐらいのイケメンのお医者さんだった。

イケメンで医者って無敵じゃないか。


「先生、この度はお世話になりました」


「なーに仕事だ、私は伊集院。主に探索者を担当することが多い。よろしくね。まぁあまりよろしくされると困るがね」


 笑顔で握手を求められたため僕も答える。

歯が白い。笑顔で見えたその真っ白な歯が光って見える。ホワイトニングかな。


「はは…。気を付けます。それで伊集院先生、僕はどれぐらいで退院できますか?」


「それがだね…一つ質問なんだが。今まで3人の女の子がここにいただろう?」


(ん? 美鈴、奈々、レイナのことか?)


「はい、いましたが?」


 それを聞いた伊集院先生が、小声で僕だけに聞こえるようにこう言った。 


「誰が君の本命なんだ?」

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