第32話 蒼い瞳の同居人

「おかえりなさい、剣也君」


「へぇ?」


 その青い瞳の少女と僕は目が合った。

何度も憧れた、憧憬を抱いた、彼女。


 自分とは住む世界が違っていて、まるで別世界の住人のような。

そんな美しく、強く、気高い少女が僕の手の届く場所にいた。


 この薄汚く狭く暗い部屋に、彼女の存在はどこまでも違和感を感じさせる。

奈々と同じ制服を纏って、僕の帰りを待っていたかのようにそこに立っていた。


「ど、どうして君がここに? え? 本物?」


「お久しぶりですね」


 わぁ、うれしい僕のことを覚えてくれていたー。

確かに彼女とは、数回程度だがダンジョンに潜ったことがある。

そのとき挨拶ぐらいは交わしていた、感激だ…。


「お、お久しぶりです! って違う! なんで? なんで蒼井さんが僕の家に?」


 すると後ろから扉が開く音がする。

いつも通り元気で、エッチな女の子が僕の背中に飛び乗った。

飲み物を持っているので、多分すぐそこの自販機にでも買いに行ってたんだろう。


「おかえり! せんぱーい! 先輩にお客さんだよ? こんな有名人となんで知り合いなの?」


「み、美鈴! お前か!」


 その小さく軽い少女が、靴を脱ごうとしゃがんでいた僕の上に飛び乗る。

やわらかい感触が僕の背中を襲う。

もう慣れたもんだ、僕はこれぐらいじゃドキドキしない。

だからいくら乗ってても構わないぞ。


「先輩に用があるみたいだから、待っててもらったの」


 ここは、俺の家だぞ、勝手に私物化しよって。

美鈴には、もう家の鍵を渡している。

今更出ていけとも思わないし、剣也も奈々も美鈴が好きなので別にいいのだが。


「しかし全然状況がわからない…。蒼井さん説明できますか?」


「私は次はここにお世話になるとだけ言われました」


 全然要領を得ないな。

昔からだ、この人は日本語が下手というか、まぁ海外で長く暮らしていたそうなので仕方ないのだが。

それを考えると、日本語がうまいともいえる。


ピロリロリン♪ ピロリロリン♪


 すると、剣也のスマホが鳴る。

着信は…。田中さん?

 

 いまだ背中に乗る美鈴を、降ろして剣也は電話にでた。

残念で仕方ない。


「もしもし? 田中さんですか?」


「やぁ剣也君、いきなりすまないねぇ。今2,3分ほどいいかな?」


 いいかと言われればいいのだが、正直今忙しい。


「ちょっとばたばたしてますが、まぁ…はい大丈夫です」


「ははは! というと、もう彼女はついたということかな?」


 その発言で剣也は気づく。

これは、あの黒光り眼鏡社長の仕業だと。


「もしかして、田中さんの仕業ですか?」


「おいおい、仕業なんて人聞きが悪いな。僕からのサプライズだよ。うれしいだろ?」


「うれしいって、びっくりという感情しかないですよ。説明をお願いしてもいいですか?」


「あぁいいとも、そのために連絡したんだから」


 そして田中は説明を始める。


 佐藤のギルドがなくなって彼女は行くところがなくなったらしい。

彼女は、海外で両親を亡くし、祖母を頼って日本に来たのだがその祖母も病気で亡くなっていた。


 そんな身寄りのない彼女だが、その職業は『勇者』だと判明する。


 瞬く間にその噂は広がり、金にものを言わせて引き取ったのが、佐藤の会社。

勇者という職業が金になると睨んだ佐藤代表の先見の明が功を制した。


 まだ幼かった少女は、美しく成長し、今やトップモデルとなる。

しかし大人の欲に巻き込まれ続けた彼女が正しく成長できたかは定かではない。


 それが経緯。


 そしてそのギルドが解散となり、「Sugar」との契約も切れたらしい。

そこの経緯は聞いてないが、田中さんが商談が成功したとだけ教えてくれた。


 「Sugar」の契約しているマンションに住んでいた彼女は、行く当てがないので田中が引き取ることになったのだが。


「それで君の新しくできるギルドに入れてあげてほしいと思ってね、ほら年も近いし!」


「そ、それは願ってもないことですけど…本人の意思が…」


 電話越しに、彼女を見る。

首をかしげてその発言を聞いていた彼女は。


「私は問題ありません」


 僕はスマホに手を当てて、声を遮り蒼井さんに話しかける。


「いいんですか? まだ何の実績もないギルドですが、そもそもできてませんし」


「はい。何か問題が?」


 そうだったこの人こういう性格だった。

一般常識に疎く、感情が薄い、特に自分の感情を出さないこの少女。


「いや、来てくれるというなら大歓迎です!」


 そして電話に戻る。


「本人もいいみたいです…」


「事前に僕が説明しているからね。それでだが彼女のことを任せていいかい?」


「え? そりゃギルドに入ってもらうんですから責任もって預かりますが」


「言質はとったよ、剣也君。高校は君と同じとこにした。僕がするのはここまでだ」


(こんな時期に転校生とはと思ったけど、田中さんの仕業だったのか…)


「じゃああとは任せた! あ、そうそうその子住む場所もないから、責任をもって…ね? じゃ!」


「え? ちょっと田中さん? 田中さん?」


(言質は取ったってそういうことか…)


ツーツーツー


 無機質な機械音だけが、僕の手からは鳴っていた。

最後の田中さんの言葉の意味を理解して、まさかという表情で僕は彼女を見る。


 そして同じぐらい無機質で、それでいて宝石のような、青く輝くその瞳は相変わらず僕をまっすぐと見据えていた。



(頼んだよ、剣也君)


 勇者を育てるため、そして剣也を守るため。

勇者を剣也のギルドに送った田中。

まだできたばかりの剣也のギルドなら段階を追って成長できると考えたのも一つの要因だ。


 しかし目的は別にある。

それは剣也ならできると信じたから。


「若い者は若い者同士が一番だからね、だから…」


(彼女の凍った心を溶かしてほしい、過去に囚われたままのお姫様の心を。君のその溢れんばかりの温かい熱で)

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