第31話 ビジネスの話をしよう

時は田中が佐藤代表に勝負を仕掛けた日に戻る。


「ビジネスの話を、ね」


 勝者となった田中は、佐藤代表に商談の話を持ち掛ける。


「なにが欲しい? 金か? 販売ルートか?」


 天高く聳える摩天楼の頂上階で、行われる装備品の卸売業界1位と2位のトップの対談。

佐藤代表は、既に勝負を諦めている、到底無茶な願いでも来ない限りは認めるしかないと。


「そうですね、二つほどいただきたいものがあります、まず一つは王シリーズの独占販売」


「それは…」


 王シリーズは世界中で人気があり、供給が間に合わない状態だ。

佐藤代表の会社ですら月に10~20しか仕入れられない。


「しかしこれは、温情ですよ。私は安定して月50以上確保できるルートを得た。そして今の仕入れ数と合わせて月100は捌けるでしょう」


 人気があるが、佐藤の会社では仕入れ数が少ないため売り上げにはそこまで貢献できていない。

ならば他にも主力製品は多くあるためそこまで痛手ではないのだが、独占されると企業としてのブランド力が落ちる。

しかし…。


「わかった…今後王シリーズの仕入れはしない」


「話が早くて助かります」


 販売量が10倍なのならいつかどうせシェアを奪われるだろう。

どこからそんなルートを見つけてきたかはしらないが。

所詮月一億ほどの売り上げだ、惜しくはない。


「そしてもう一つ、これが本命なんですが」


 田中は足を組むのをやめて、前のめりになる。

絶対に譲らないという意思を込めて。


「勇者を頂きたい」


「なぁ!? 勇者だと!?」


 勇者またの名を、蒼井レイナ。

日本、いや世界を代表する超人気モデル。


 この少女と契約をしているのが、佐藤の会社。

今は、自分の息子のギルドに在籍させており冒険者活動はほとんどさせていない。


 彼女は金のなる木だ。

誰が好き好んで、危険なダンジョンを探索させるものか。

本人の意思とは裏腹に佐藤代表は勇者を探索者として縛り、モデル活動に従事させていた。


「か、彼女はわが社を代表するモデルだ! それをおいそれと渡せるものか!」


「いいや、渡してもらいます。彼女をこれ以上身勝手な大人の欲で縛るわけにはいかない」


 その田中の目は、まっすぐと絶対に譲らないと告げていた。


「でなければ、私は何も知らなかった少女を騙したともいえる契約をあなたがしたことをリークします」


 そして提示されたレイナとの契約内容。


「どこで、これを…いや、本人からか」


 そこには、まだ彼女が幼いころ「Sugar」と蒼井レイナが今の彼女の活躍からはあり得ないほどの低価格で契約した内容が記載されている。

彼女に装備品を買わせるお金を渡さないために、彼女に探索者として成り上がらせないために。

そのために息子のギルドで低階層でくすぶらせて飼い殺していたというのに。


 本人はああいう性格なので、まったく気づいてはいないし、気にしていないだろうが…。


 思案の末、佐藤代表は首を縦に振ることになる。

契約自体は違法ではない、なのでこれ単体なら言い逃れもできただろう。


 しかしこれを息子の不祥事も共にリークされれば、修復できない痛手になる。

そうすればどうせ彼女は向こうの手に落ちるだろう。

ならば傷は浅い方がいい、だから決断する。


「わかった…彼女との契約は破棄しよう」


「さすがは、佐藤代表。懸命なご判断です。それとこれはただのご提案ですが弱点は早めに切り捨てたほうがいいかと思いますよ」


「あぁ、ご忠告痛み入るよ」


 手を額に当てて、佐藤代表はため息を漏らす。

今後息子が会社の弱点になり続ける可能性を考える、もう彼の中でも息子の処遇は決まっていた。


 そして田中は、これ以上話すことはないとタブレットをしまいその場を離れ帰る準備をする。

佐藤としおという弱点は早めに切ったほうがいいと助言して。


 その帰り際、佐藤代表が口を開く。

完全に今日は敗者だが、それでも一つ知りたいことがある。


「勇者を使って何をするつもりだ?」


 『彼女をこれ以上身勝手な大人の欲で縛るわけにはいかない』つまり、モデルとして活動させるつもりはないような口ぶりだった。

だから問う。

彼女を奪って何をするつもりだと。


「もちろん、わが社の売り上げに貢献してもらいますよ? モデルの仕事も本人がしたいなら続けてもらって構わない。しかし勇者の仕事は昔から決まっている」


 振り向き際に田中は答えた。

彼女は、勇者。

誰もが知っているその職業、ならば彼女の仕事は一つだけ。


「世界を平和に導くこととね」


 そしてそのまま部屋をでる。

佐藤代表は唖然とした顔でその背中を見つめることしかできなかった。


(魔王からな…まぁいればだが)


 田中の発言は、ただの推測。

しかしあの塔では、ありえないことが起きるのも事実。

勇者がいるのなら、魔王だって…。


 それが人類に生まれる職業なのかはわからないが。

それでも…。


(いつか彼女の力が必要になるときが来るはずだ)


 勇者という職業を持った彼女が何をなすのかは今はわからない。

だかきっと彼女が田中の目的の力になってくれるはずだ。

だから彼女を手に入れた、そして…。


(私は知りたい…)


 そして摩天楼の最上階でエレベータに乗る、その窓から遠くに見える塔と幻想の星を見る。


(私から、最愛の家族を、最愛の人を奪ったあの塔がなんなのか私は知りたい)


 だから、田中は塔を目指す。

あの人達の死に何か理由をつけてあげたくて。

無意味な死ではないと、証明してあげたくて。

そして今なお眠る最愛の人を救う方法を探して。


 そして、その想いを田中と共有するのは一人だけ。


「なぁ、龍之介…」

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