第2話 妹のパパ活を止めなくては

時は少しだけ遡る。


 十畳のこの狭い部屋で、僕はつい見てしまった。

放置された妹のスマホ画面に来たメッセージを。


「この前言ってたパパ活の件だけど、本当にいいの? あんたまだ処…」


 そのメッセージを見た僕は、そんな馬鹿なと鼓動が早くなる。

しかしそれ以上はパスワードを開かなくては、読めなかった。

なぜ? 彼氏だってできたこともない妹が、パパ活の話を?

美人だが、まだ髪も染めたことない妹が、なぜそんな話を?


 剣也は夜、いけないとはわかっていても寝ている妹の指をスマホに押し当てる。

心臓の鼓動が聞こえてないかと、何とか心を落ち着きながら妹の横に座る。

寝息を立てて、眠っている妹の目は泣きはらしたのか、赤みを帯びていて、いまだ涙が溜まっていた。


 そして僕は、その本文を見た。


「やっぱり…」


 疑問は確信に変わる、うすうす気づいてはいた。

高校生になった妹がお金を必要としている理由を。



一年前。


「奈々! 母さんが倒れた!」


 息も絶え絶えに僕は妹にその報告をして一緒に病院へ駆け出した。


 父を早くに事故で無くした母は、女手一つで僕と妹を育てた。

疲労などつゆほどもみせずに、元気な笑顔でバイトを掛け持ちしていた母が倒れた。


 母は、ガンだった。

母の治療費と入院費のために僕達は家を売り、家具を売り、父の貯金を切り崩した。

投薬治療も続けているが、毎日お金が湯水のごとく減っていく。


 頼れる親戚もいない僕達は、あれよあれよと住んでいた家から、この十畳一部屋で家賃四万円のボロアパートに二人で住むことになった。

プライベートもなにもない、たった一つの部屋に兄妹で二人。

だからこそ助け合い支え合う、たった二人の兄妹だから。



そして今。


 そんな生活もいつの間にか一年が経ち、妹が高校に進学することになった。

僕は、勉強もおろそかに、朝から晩までバイトした。

なぜならもう僕は高校をやめて仕事に就こうと考えていたからだ。


 成績はよかったのだが、今では最下位。

進学校だけあって、授業だけではついていけないレベルだった。

その授業すらも、眠くて寝てしまうことも多いのだが…。


 だから僕は勉強を捨てた。

バイトしてバイトして、家計を支え、なんとか貯金をする。

妹だけでも大学に行かせてやりたくて…。

我慢する人生を歩ませたくなくて。


 その話をしたのが昨日のこと。

僕は高校を中退すると告げる。

しかし妹が猛反発し、話は一旦保留になった。


「私もお金なんとかするから! お兄ちゃんが私のために、人生犠牲にする必要ない! 二人とも大学いけるぐらいまで私だってなんとかするから!」


 その結果がこれだ。

中学では何度も告白されるぐらい妹は美人だ。

僕と同じ血が流れているのかと思うぐらい妹は美人だ。


 黒く長い髪と、白い肌に大きな瞳。

身長は160ぐらい。

胸も最近出てきた奈々は、どこに行っても美人と呼ばれる妹だった。


「ごめんな、ごめんな…」


 この狭い部屋で、僕は隣に眠る妹を見た。

そのスマホの画面と、妹の涙でぬれた寝顔を見た。

申し訳ないと涙を流す、情けがないと涙を流す。

妹が体を張ってまでお金を稼ごうとしている事実に涙を流す。


 そして僕は涙を拭いて、決意した。

高校を辞めない、母の治療もやめない、妹も援交なんてさせない。


 その傲慢で、欲張りで、そして普通の幸せのはずの夢を叶えることができる唯一の道を。

たった一つだけ残されている道を決意した。


「一度は諦めた道だけど、もう一度兄ちゃん頑張るから…。体張って頑張るから」


 僕は妹の髪を優しくなでて、声に出して決意する。

一度は才能がないと諦めた夢を。

今最も稼げる可能性のある高校生でも可能な職業の夢を。


 ダンジョン探索者という夢を。



『スキルレベルアップ♪ Lv10になりました。錬金可能ランクがDランクに上昇します』


 そして覚醒した錬金術師。

一攫千金とはまだいかないが、一攫十金ぐらいは、目の前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る