第7話 「感動しました!」そういうことしか言えない人には、本当の感動は、わからない。本当の感動、発見であり、驚き、喜びって?

 「君が、校庭を眺めていたのは、良く、知っている」

 「…」

 「さあ。このボールを、蹴ってみなさい」

 満足に、できるるわけがなかった。

 中学生のころなら、それも、できただろうけれど。

 当時は、車イスの生活ではなかった。杖歩行くらいの日々で、症状は、軽かったのだし…。

 今は、特別支援学校に移ってからの生活。麻痺の残る身体の調子を考えれば、ボールを蹴る動作なんて、とれる?

 「先生?」

 「何だ?」

 「先生は、いじわるです」

 「何?」

 「ボールを蹴る動作がとれないのを、知っていたでしょうに!」

 「何?」

 「ボールを蹴るなんて、できません」

 「いや、できる」

 「え、どういうことですか?」

 「できる」

 「先生?足が、上手く、動かせないんですよ?」

 「そんなことは、わかっている」

 「先生、わかっているのなら、無理にこんなことをさせなくたって、良いじゃないですか?」

 「蹴るのは、君の足で、じゃない」

 「え?」

 「違うもので、蹴るんだ」

 「違うもの?」

 「車イスだ」

 「車イス?」

 「そうだ。車イスで、蹴るんだ!」

 「…先生?何を、言っているんですか?」

 「そのまま、ボールに向かって、ぶつかってみろ」

 「ぶつかるんですか?」

 「そうだ」

 「どうなっても、知りませんよ?」

 「ああ」

 「先生の、責任ですからね!」

 「ああ」

 ボールに、衝突。

 前方に、ころころと、転がっていった。

 「驚いたか?」

 「はい!」

 驚いた、驚いた。

 特別支援学校に移ってからというもの、日常の動作は、ほぼほぼ、誰かに手伝ってもらっていたものだ。

 それが、誰かによる手伝いや働きかけで動かされるのではなくて、誰かに働きかけることによって、物を動かすことができたことになる。

 これは、偉大な発見であり、驚きであり、喜びだった。

 「可能性を、感じたか?」

 「はい」

 「そうか」

 「はい」

 「オリンピック中継とかを見た人が、感動しましたって、言うだろう?」

 「はい」

 「それを聞けば、感動しましたっていう言葉しか知らないんじゃないのかと、つっこみたくもなる」

 「ははは…」

 「それでも、今回ばかりは、感動したんじゃないのか?」

 「はい!」





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