九一郎さんとその仲間たち
九一郎さん、
これがお酒の強さの順位らしい。──何で順位を付けたのかな?
新年早々の山追や戦への
怪我で同席できなかった羽佐さんはどちらにしろ全く飲めないから、お米の現物ボーナスが出たとか。
私はお酒をひと口舐めただけでも、鼻と頭につんときた。
婚約してから変わったこと。
毎朝私も一緒に、広間で膳を並べて食事をするようになった。
不思議と、いつもより美味しく感じる。
メインはだいたい玄米粥に山菜かお芋が入ったもの。でもたまに牛や馬以外のお肉も入っているし、別にその汁物がついたり川魚もあったり。私はすぐお腹いっぱいになる。
熱心な仏教徒やお坊さんはお肉を食べないらしいけど、食肉は力が宿るからと特に武家では食べるんだって。
朝はお父様の
暮馬さんに羽佐さん、助介さんもいる。さくさんとこめさんは他の女中さんの給仕を手伝ってくれて、交代で食事をしている。
こめさんは食事のとき以外、あまり姿を見せない。何故かと言うと、周辺の山を調べているから。
彼女のような山伏の一族は、幼いうちから邪気を感じる力のある者は山で修行を重ねる、らしい。
こめさんは、無表情なさくさんとは対照的にいつも微笑みを浮かべている。着物でも分かる胸の大きさにちょっと圧倒されるけど……。
でも武術の心得があるからか、さくさんと似たようなスキの無い空気が
ただ、助介さんが話しかけると、微笑みを浮かべているのに無表情に見えるのは何でだろう。
新しく来た助介さん、結構ノリが軽い。私によく身振り手振りで語りかけてくるから、つい笑っちゃう。
九一郎さん以外では私に唯一乗馬を教えてくれる人で、手サインもすぐ覚えてくれた。
ある日そんな助介さんに誘われるまま、みんなの日常稽古を覗かせてもらった。武術の鍛錬は実戦式に鎧を付けて騎乗するものも多いと聞いていたけど、今日は違うらしい。
九一郎さんがたすき掛けしてひざを付いて弓に矢をつがえ、さっと放つ。離れたところにある木の的に突き刺さる。
弓を引くときは身体を低く少し斜めに構えるんだ。敵の攻撃を
かっこいいなぁと距離を取って横から眺めていたら、助介さんが口をパクパクさせて私に訴えかけてきた。
彼は口の横で、右手を前に向けてグーパー繰り返す。そして両手を口の両サイドから筒状にして、九一郎さんに向かって顔を突き出す。
「え? え? 応援していいってことですか」
助介さんは、拳を握り親指をあげるサムズアップのハンドサインをしてにこりと笑った。これも私が教えたんだ。
「九一郎さん頑張って!」
私の声援と同時に放たれた矢は──初めて的をかすりもせず木の幹に突き刺さった。
うっ。邪魔した……。
「助介さん、ちょっと?」
助介さんは私の隣でくすくすと声を抑えて笑っていた。でも九一郎さんが真顔でこちらに向かってくるのを見て、彼は私の後ろに下がった。
そこを体格の良い暮馬さんが助介さんの襟首をつかみ、九一郎さんの元にずるずると引きずっていく。
彼らは主従関係と言っても、堅苦しさをあまり感じない。来たばかりの助介さんでさえ。
紫微様は気さくと言うけど、家臣との雰囲気はもっと固い気がする。
何だろう、九一郎さん達は若くてみんな歳が近いからなのかな。
そんな助介さんを「突出したものはないが何でもそつなくこなす」なんて、九一郎さんはしれっと言う。
例えば羽佐さんは弓が得意で、眼の良さ、動作や判断の早さを誉めてた。矢をつがえてから放つまで溜めがほぼなく、早く滑らかに射るのに正確。
怪我から復帰した羽佐さんは勘を取り戻そうと必死のようで、「今日はその付き合いじゃ」と九一郎さんは微笑む。
暮馬さんは槍と馬術が得意。九一郎さんが初陣の際、奥高山城に飛ばした伝令役も彼だったとか。
実は山伏一族出身だけど、体格も良く武術の才能が高いから武人になったんだって。邪気にも敏感なほうで、さくさんとも仲が良い。
助介さんは
「俺の『雲の手』に惹かれたんじゃと。閉塞感が強いこの土地で『札巫女』と俺に光を見たなどと
助介さんにはそんな風に見えていたんだ。
「それだけではないがな。俺から助介には役目を与えておる」
「役目?」
「その時が来ればわかる」
九一郎さんは弓を持った助介さんを意味ありげに見やり、私には「あとでな」と声をかけて鍛錬に戻っていった。
そして最後に、婚約者となった彼が変わったこと。
「九一郎さんも書物を読むんですね」
「当然じゃ」
少しムッとした様子の九一郎さん。
書物をおいた一本足の書見台。その前に座る彼を初めて見た気がする。外に出ない時は私の部屋に入り浸っていたのに、自身の部屋で勉強しているなんて。
彼の部屋は大小様々なサイズの箱が多い。書物が入っているのかなと尋ねてみると。
「隠し持つ暗器や、武器防具の一部じゃ」と箱の中身を教えてくれた。刀などを持たせてもらえない小さな頃、こっそり集めていたらしい。
「一部って部品ですか」
「うむ。壊れ物や職人の習作を譲りうけたこともある」
ひとつだけ箱を開けてくれた。細長い棒の先端に指を引っ掻けるようなものがついている。鎖のついたものもある。もっと細かいものが部品かな。兜に使うものもあるらしい。でもこの形、何かに似てる……クリップ?
「早く強くなりたかった。幼い頃は武具があればそうなれると思っておった。今は武術に限らず己をもっと鍛えたい」
「素敵だと思います」
「う、うむ」
私が感心して誉めると、九一郎さんはどこか居心地が悪そうに頬を掻いた。照れてるのかな?
そして身体の向きを私の方に変えると、彼は用件を話すよう促した。
「そなたがこの部屋に居るのも珍しいな」
そう。実は、二つ目の解呪を調べるために相談したかったんだ。
彼から『巫女守人と接して心と体を通わせる』を優先して調べたらいいと提案されていた。
ただ私には男女の──そういう知識があまりない。未経験だし。何をどう調べたら良いのか、すぐに詰まった。
さくさんやこめさんに相談できればいいのにな。二人とも何となく、男女のことを私より知っていそう。
結局は言葉の通じる九一郎さん当人としか相談しようがない。
でも、どう聞けば良いの?
おずおずと「二つ目の解呪について……なんですが」と私が口に出すと、彼は何でもないことのように「そのことか」と腕を組み、
「火ノ巫女が蘇らぬよう、終いまでの解呪は厳禁。方法を特定できずとも、全て解呪できそうにないことがわかれば良いと思ってな」
どういうこと? と首をかしげる私。
彼は先代巫女様が最後の方は解呪の条件が違うようだと残していたことに触れた。
「先代巫女でも途中までしかわからぬほど、条件が難しいと言うことじゃ。おそらく、触れ合うこと以外にも条件があるのではないか。やすやすと解呪できぬことがわかれば良かろう」
そ、そっか。どうしたら呪いが解けてしまうのか調べようと思っていた。
逆だ。『呪いは簡単に解けない』『条件が難しい』と分かればいいのか。
確かに、男女の触れ合いだけではないのかもしれない。それを二択占術で調べてみよう。
その日から占術を試してわかったのは『条件を同時に2つクリアする』ことだった。それで解ける呪いが2つある。
逆に言えば、そうでなければ呪いは解けない。
条件1は、やっぱりセ……交わり、条件2は何かの状態であること。
条件2は夫婦など二人の関係性でもないし、精神や身体の状態でもない。黄昏時などの時間や天候、季節でも場所でも戦時中かどうかでもない。何だろう? 色々調べたけどわからない。
現在、仮に私たちが結婚して初夜を迎えたり子どもを産んだりしたとしても、『火ノ巫女が蘇ることは無い』と出ていた。
──とりあえずここまでだ。難しい。
呪いをかけた斉野平のご先祖様だってやすやすと解呪させたくないはず。なるほど、九一郎さんが言っていたように難しくて当然なんだ。
それに、調べて解呪方法が分かってしまうのも怖くなってきた。
私の中にもし火ノ巫女の意識が眠っているとしたら。解呪方法を突き止めてしまうと、何か起きるんじゃないか。それこそが火ノ巫女の狙いかもしれない。
九一郎さんにもそこまで報告すると納得してくれた。
そこで私からの素朴な疑問。
「これまでに、斉野平家の呪いが解けて火ノ巫女が蘇ったことはあるんですか」
「書物が残っておらぬ。だが、言い伝えでも残っておらぬ故、蘇ったことは無いと思われている」
二択占術で調べると『蘇ったことは無い』と出た。やっぱり、そう簡単には解呪できないんだ。良かったぁ。
あとは国主様が出した婚姻の条件『一年間の占術記録』を達成できれば良いだけ。
「うむ、これで何の
正直、心の隅で何かが引っかかる気がしないでもないけど。
にこりと満面の笑みで私の身体を引き寄せる彼を見ると、幸せだから良いかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます