幕間

お墓まいり

「良い景色ですね」


「ああ、領内の多くが見渡せる。城も近い」


 九一郎さんが羽織の袖をバタバタとはためかせながら指差す先に、柵に囲まれた建物群が見える。

 交互にそびえる高い柵で中が見えにくい造りになっている、私達の奥高山城だ。


 今日は風が強くて少し冷える。小高い山の上の方にいるからなおさら。後ろには雄大な山々が重なっていて、目の前には平原が広がる。川沿いのあちこちに集落が見える。


「そなたと逢うことができて、母上もお喜びになったろう」


 隣に立つ九一郎さんの表情は空と同じように澄んでいる。

 今日は、彼のお母様のお墓参りに来ているんだ。お母様の実家にも近いらしい。


 九一郎さんの怪我はすっかり癒えた。重症だった羽佐さんはまだ護衛ができる状態じゃないので、お留守番。新しい『供回り』メンバーを連れ、私もいるため徒歩で来ている。このお寺に宿泊させてもらうので、一泊二日の道程だ。


「何かとせわしい田の水入れ時期より前に、母上に婚約を報告したかった」


「一緒に報告できて嬉しいです。あの……お母様はどんな方だったんですか」


 九一郎さんはあまり家族の話をしない。

 弟さんがひとりいて、子どもがいない親戚の家へ養子に出ている。お姉さんは二人いて、とっくにお嫁に行ったらしいけれど。

 思えば私も家族の話をほとんどしないから、当然と言えば当然なのかもしれない。

 だから九一郎さんが、お母様のお墓に私も連れてきてくれたことが嬉しかった。

 

「ある意味父上より厳しいかもしれぬ」

 

「お父様よりも?」


 彼は横にいる私へちらりと視線を向ける。


「例えば、札巫女に対し時と場合によっては兄や父のように接しよと」


 彼の胸にずっととどまる言葉なのか、その後はすらすらと続けた。


「この世を知らぬ札巫女を護るためには、時に教え諭さねばならぬこともあろう。家族のように慈愛をもて、決して追いつめてはならぬ。札巫女は家族を持たず帰る家も無い。何かあればすぐ追いつめられる──人は追いつめられると、自らを絶つか周囲を絶つか二極にきょくになりがちじゃ」


 ちくんと、胸の芯を突かれたように感じた。


「そして言葉が通じることを利用し札巫女を己に縛り付けるなと。この世はいつどのように命を失うかわからぬ。俺が死ねばどうなるか」


 九一郎さんのこの言葉は、何だろう……どこか覚えがある。

 

「女が身一つで見知らぬ土地に暮らす、しかも言葉がわからぬという苦痛は想像を絶するものがある。侍女二人を連れ輿入よめいりされたという母上がよく仰っていた。武で守るだけならば巫女守人はいらぬ。おのが役目をよくよく見つめよとな」


 ──いつどのように人を失うかなどわからない。人と人との繋がりは、言葉だけではないはず。意思疎通も、工夫次第でできることはある──そうだ、戦の前に九一郎さんが言っていた。お母様の教えだったからなんだ……。


 上手く言葉にできないけど、九一郎さんを通してお母さまに励ましてもらってるような気がする。


「やっぱり優しい方なんですね、九一郎さんのお母様も」


 彼は私と視線を合わせると、内からにじみ出たように穏やかな笑みを浮かべた。

 

「私が今こうしていられるのって、九一郎さん達はもちろん、お母様のおかげでもあるんですね。お礼が言いたいです」


「きっと届いておる」


  吹きすさぶ風の中でもはっきり聞こえる彼の声は、温かい芯の通ったひとことだった。

 そのまま、九一郎さんは私を見つめてくる。

 ──あれ? 何かな、この

 でも、気になった私が口を開く前に彼は歩きだした。

 

「ここは冷えるな。そろそろ占術をしよう」





 ──お寺には宿舎である宿坊が併設されている。そこで早めに夕方の占術をする。


 人々と心を通わせる一つ目の解呪──。

 日数は順調に増えているのに、札巫女が蘇るのを防ぐためにどれくらい必要か、特定することができないでいた。

 現在何割ほど完了しているか割合で調べていたけど、かなり増えていたのにだんだん減ってきたり、また増えたり。変動するみたい。


『心』が関わっている以上、単純なものではないのかもしれない。困った。


 私が唸っていると、九一郎さんは「そう深刻な顔をするな」と軽く笑った。


「二つ目の解呪は調べたのか」


「九一郎さんとの方ですか? いえ……」


「確か、最後の方は条件が異なるという話。そう簡単には火ノ巫女が蘇ることは無いのではないか」


 伯父様の領地も予知するため、自分たちのことを占うのは一日1回と決めていた。

 九一郎さんはあの山追夫選びの件以降、何と言うか……結婚のことについては落ちつきを感じる。私だけが焦ってるような。


「そうですね……そっちから調べてみます」


「早く夫婦めおとになりたいという気持ちは嬉しい。俺もそうじゃ。だがそう焦ることもない」


「はっ……はい」


 そう、なんでこんなに焦ってるんだろう、私。


 そこでふと思い出す。先代巫女様が木片で最後のほうに残していた言葉。

『はやく解呪を進めなければ。また、解呪について調べなければと気がはやることはないか』

『それこそが、火ノ巫女の狙いかもしれない。火ノ巫女の意志は、札巫女の中に何らかの形で存在していて、知らないうちに影響を受けているのではないか。二択占術ではどちらでもないと出るが、私はそう思う』

 

 これは確かに、考えられるかもしれない。九一郎さんと結ばれたいとは思っているけど、何かおかしい? わからない。


 そして結婚に際して、国主様から条件が明確に出されていた。

 妊娠すると占術ができなくなるからと、1年分の災害予知の記録を残すことを。

 それは燦佐さんさと武部伯父様の領地である緑佐つかさだけで良いことにはなった。

 ただ、他の領地も災害の多い暑い季節だけは予知が欲しいと言われてる。


 やっと伯父様の領地を見られるようになったところなのに、少し気が遠くなった。

 なんだかんだでまた条件を追加されやしないか心配だし。

 何だか、『子づくりは計画的に』とでも言われてるみたい……。


 九一郎さんは、先代巫女様の残してくれた解呪の内容を国主様に伝えてはいない。

 武部伯父様も、先代巫女様の意向通り国主様には何も伝えていないみたいだ。


 でも、私の成長は──占い日数などの伸びや、山追で見せた特殊な力のことは伝えたらしい。『サキガケナイト』、九一郎さんの『雲の手』はこれまで伝わる札巫女の能力とは違うものらしく、注目されたって。


『雲の手』は、九一郎さんが産まれた時に持っていた『産札うぶふだ』が関わるため、彼のみが扱える力ではないかと思われている。戦にも有利になるため、本家やその有力家臣の中では今後私も戦場に連れ出せば良いという話も出たようで。


 でも、私自身への負担が大きく長時間扱えないことがネックになって、「その話は消えた」と九一郎さんは言っていた。

 


「人同士の戦にそなたを連れ出す気はない。そなたの力で大勢の人を殺め、それを見せるわけにはいかぬ。そもそも戦場いくさばで修羅のごうを負うのは武人の勤めじゃ。札巫女ではない」


 若い娘を呪いで縛り付けているのは、一体何のためか。これ以上の重荷や苦しみを与えたくないと言ってくれる。そしてこれは九一郎さんのお父様の紫微しび様も同じ思いだと。







「痛み止めは飲めたか」


「はい、助かります」


 宿坊で一足先にふとんへ横になっている私。

 私たちが借りる部屋は一室のみ。大きな衝立で男性と女性のスペースを区切って寝るんだ。

 大人数で眠るなんて、修学旅行みたい。男性と同室と言うのは少し抵抗あるけど、部屋も広いし四郎さんの時と比べれば全然気分は楽。


 それに九一郎さんと同じ部屋で眠るんだと思うと、不思議で。嬉しいというか、どこかわくわくもしてた。でもイビキかいちゃったら恥ずかしいな。

 ただ、今は懐かしい痛み──かなりきつい痛みがあるから、楽しむ余裕がなくて。

 その懐かしい痛みは、さっき唐突にやってきた。


 ストレス、かな。3か月以上も『あれ』が来てなかったんだ。たまに遅れることはあったけど、こんなに遅れたことは初めて。

 遅れたからか、ギリギリと腰が抜けそうに痛む。頭痛までする。すっかり忘れてた、こんなこと。


 さくさんとこめさんは準備が良い。薬や余分の腰巻したぎも持っていたし、生理用ショーツ代わりにふんどしみたいなものに紙をあてるやりかたも教えてくれた。……ふんどしは少し抵抗あったけど。


 私が生理だとみんなに知られてしまうのは恥ずかしい。でもこれはどうしようもない、かな。

 九一郎さんも当然のことのように気遣ってくれる。


「帰りは人足と輿を借りるが、身体にさわるようならば数日ここで休める」


 九一郎さんは布団のわきに腰を下ろし、労わるような優しい笑みを浮かべている。


「短い間に多くのことがあり過ぎた。戦があると女はが流れると聞く。詳しくはわからぬが、三月みつき分合わさるならば身体もこたえるのだろう」


 そ、そっか……。戦ってすごいストレスだもんね。生理も止まったり遅れたりするんだろうな。戦国時代の女性って色んな意味で過酷。

 でも九一郎さんに私の生理も把握されていたのはちょっと……複雑。


「さくとこめもいる、気にせず休め」


 ふと、視界に影が入り額に優しい感触が。

 九一郎さんが、頭を撫でてくれてる。


「頭も休めろ。それともそんなに辛いのか? 如何にすれば楽になる」


 頭も気持ちもホッとしてあったかくなって、顔がゆるんできて気づいた。私、かなり眉間に力が入ってたんだなぁ。


「心配してくれて……ありがとうございます。楽になってきた気がします」


「薬が効いてきたか」


「両方です、きっと」


 私が笑うと、彼の手のすき間からちらちらと見える顔がほころんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る