揺れる黄昏
「あの……九一郎さんは、無事なんですよね」
呆然と、頭の芯がぼやけたまま質問をする。
彼は少しの間を置き、首を横に振った。
嫌だ。信じられない……。
「タロット──タロットカードで占えば」
九一郎さんが無事か、わかるはず。タロットカードは枕元に置いてあった。
タロットで──占う? ちょっと、待って。
『YES or NO』 の二択占術で占うの? 九一郎さんは無事か、と質問するの?
『YES』ならいい。でももし、『NO』が出たら……
「いやだ……」
怖い。
怖い……。
そんなの無理、見れない。怖い。
私は、無意識に頭をぶんぶん振っていたみたい。もともと重く感じていた頭がずきずきと痛み出した。両手で頭を、顔を覆う。
もう、わからない。どうしたらいいの。
さっと、眩しい光が視界に入った。
障子が数センチだけ開いている。布団の脇にいた彼が、障子越しに誰かと話しているようだった。でもすぐに閉められ、静寂が戻る。
「あの……何かわかりました?」
彼は、相変わらず静かに首を横に振る。
がっかり、した。
障子が、ほんのり赤く染まりだした。夕暮れだ。黄昏時……。いつもなら、とっくに九一郎さんと占術をしている時間。
このくらい遅れると「すまぬ、遅くなった!」ってドタドタ飛び込んでくる。
あとは「馬の遠駆けのついでじゃ。土産があるぞ」と笑顔で、甘いお菓子をくれたこともある。
はじめのころは早く来ることが多くて、「早い? もうよかろう。いや、別に他意はないが」って少し焦ってたっけ。
──きっと。
きっとまた、すぐに笑顔を見せてくれる。きっと無事でいてくれる。皆が、探してくれている。
だから私は、私のやるべきことをやるんだ。
布団から起き上がり、さっとたたむ。それで気づいたけど、部屋の端には何故かもう一組、布団がたたまれて置いてある。
うん、多少ふらつくけど身体は平気みたい。着ているものは普段着の着物。たすきと袴は、布団の反対側に置かれた衣紋掛けにかけてあった。
身体は、たぶんタロットの力を使いすぎて気を失ったのかな。あれだけ長く、たくさん力を使ったのははじめてだったから。
たすき掛けをして、さて、と彼を見る。
「ここは、国主様の領地ですよね?」
彼は頷く。
この地の災害は、あと七日くらい猶予があった。そろそろ燦佐(さんさ)を視ないといけない。
彼に聞くと、燦佐の地図を持っていないみたいだ。「災害予知には地図が必要なので、他も領地の地図があれば視ます」と伝える。彼はそれに頷くものの、動かない。
さっき障子越しに何を話してたんだろう。他に誰がいるのかな。伯父様や家臣たちとか。
ここはどこなんだろう──って聞いてもわからないし。とりあえず外を見てみようか。
私が障子に向かうと、彼は立ちふさがった。
「あの……? ちょっと外を見てみたいだけなんですが」
彼は、至近距離で黙ったまま、じっと私を見つめている。私の目の動きも、少しも見逃さないような。
隙がない。何で?
「出ちゃいけないんですか……?」
彼は頷いた。何かおかしい。
「伯父様は? あなたのお父様はいるんでしょう」
彼は首を横に振った。どういうこと?
そこで以前、九一郎さんが言っていたことが頭をよぎった。
『私をずっと見つめ、目で追っていた』
国主様が次の当主にお考えで、私も気があると思われれば婚約させられるかもしれない、と。
「─────────」
彼は話しかけてきた。もちろん、私にはわからない。
何か、こわい。
私は用心深く後ろに下がって、彼から距離をとった。すると、何故かもう一組置いてあった布団に足が当たる。
二組の布団……いや、そんなまさか。
無理にでも子どもをつくってしまえば……かつてよぎった考えが、今身近に感じてしまう。
「明日には出られる?」
彼は、首を横にふる。変わらず穏やかだ。
「これ──私を監禁してる?」
彼は少しの間を置き、頷いた。
「私に、な、何か……する気は……」
私がそう言いよどむと、彼は少し目に力を込めたようだ。そして、こくりと微かに喉が動く。でも、彼はすぐにふるふると顔を横に振った。
障子がさっと開いて閉じた。見ると、彼の足元におぼんが置いてあり、お粥が乗ってる。
──私の食事だった。
夜眠るのは、やっぱりその男性と同室。顔が見えない程度の衝立はあるけど、ほぼ布団を並べて寝ている感覚。
彼の布団が擦れる音が気になって、眠れない。だって、寝息が聞こえない。起きてるんじゃないのかな。
恋人たちのカードを置いて寝ようとしてたけど、こんなの無理。いくら、何もする気が無いとか言っても。
一睡もできず翌日。
トイレは、言えば女中さんが連れていってくれる。その時はもう一人女性がついていて、微笑みを絶やさず常に見張られている感があった。
男性は、部屋ではずっと書物を読んでいる。そして、たまにこちらを伺っているようで、視線をあげるとよく目が合った。
でも、気づくと彼は座ったままうつらうつらとしているときがある。
──やっぱりこの人は夜、寝てないのかも。
この人のことを占ってみようかな。まず、九一郎さんの居場所を知っているか。
少し集中力を欠くけど何とか天に昇れて、『YES or NO』 二択占いをする。
『NO』と出た。居場所を知らない。嘘は付いていないみたいだ。
あの伯父様の嫡男なんだし、悪い人ではないはず。た、たぶん。
さくさん達は、九一郎さんをもう見つけたかどうか。これも占ってみたけど『NO』だった。
九一郎さんの生死に関わることだけは、怖い。占えない。
じゃあ、どうするか。ここを抜け出す方法を探す? ただ、何で私を監禁してるんだろう。
「災害予知の占術は、しなくて良いんですか」
彼は先ほどから、私が占術を行う様子を興味深そうに見つめている。
でも地図を持ってきてくれないので、予知ができない。
「九一郎さんのことは、何かわかりましたか?」
彼はただ、首を横に振るだけだ。
何故ここから出してもらえないのか聞いてみたけど、私をじっと見つめるだけ。そんな動きの無い一日。
やがてまた、夜が来てしまう。
昨晩と同じく、一睡もできない。ただ、二晩目はさすがに辛い。昨日よりも夜が長く感じる。布団に横になっているのに、ひどく疲れてしまう。
「気になる絵が、ありますか?」
──何となく、聞いてみただけだった。
翌日の午後、ぼんやりする頭で何とか天に昇り、九一郎さんのことで動きがないか占術で確認してみて、がっかりした後。自分にできることが見つからず、タロットカードを並べて眺めていた。すると、男性の視線を感じたんだ。それで、聞いてみた。
彼はタロットカードの絵柄に、目を細めて珍しいものを見るように見回している。
この人は距離を詰めてきたり、危害を加えてくる気配が、まるでない。
もしかして、監禁と言っても……。
「ここに一緒にいるのは、私を護衛するためだったり……しますか?」
彼はカードから視線をあげると、私の目を真っすぐ見つめた。そして、穏やかに優しい笑みを浮かべた。
あ……。
そして、同時に彼が指をさした一枚のカード。それは、『ペンタクルの9』だった。
背景はブドウ畑、金貨が9枚。左手に鳥がとまり、ゆったりした衣服を身につけた美しい女性。その表情は、どこか寂し気。
彼はカードをさす指を、私にそっと向ける。
何で──。
「私に、似てる……の?」
彼は優しい笑顔でゆっくり頷いた。
九一郎さん……。
胸が詰まって急に苦しくなって、ぽろっと涙が出ていた。
九一郎さん、どこ。早く。
お願い。どこにいるの。早く会いたい。
会いたいよ──
ぽとぽと涙がこぼれ落ちていく。涙と共に一気に力が抜けていくようで、私は下を向いた。
いつの間にか、私の膝のすぐ隣に彼の着物が目に入った。視線をあげると、手を伸ばせばすぐ触れ合う距離に、彼の心配そうに見つめる顔があった。
静かで芯の強い目だ。でもどこか、似てる。
また、障子に映る木漏れ日が、赤く染まっていく。
黄昏がやってくる。
私たちも、ほんのりと……染まっていく。
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