想いの告げ方
竹林の屋敷を出ると、九一郎さんが私たちを見回して少しバツが悪そうに微笑んだ。
「済まぬ、心配かけた……皆、助かった」
無事で良かった。襲撃にあった、とかじゃなくて良かった。とりあえず。
九一郎さんは馬に自力で乗れるようだ。私は暮馬さんに持ち上げられ、九一郎さんの前に横向きに乗る。
ふと気が付くと、
「羽佐さん?」
「ははは、羽佐は神社の巫女に目がないからな。勘弁してやれ暮馬、これも姫の手じゃ」と九一郎さんは苦笑いをしつつも、許しているようで目があたたかい。
「ど、どう言うことですか?」
「俺を独りにさせるため。いつも似たようなことが起きる」
あ、当たり前のように……。
羽佐さんは少しふらつきながらも馬によじ登り、ため息を吐いた暮馬さんは馬に軽く股がる。さくさんは、そんな暮馬さんの後ろにさっと身を乗りあげた。慣れてる感がある。サキガケは後ろからとことこ付いてくる。
すぐに竹林を抜けた。まもなく姿を隠そうとする陽を背に、私たちはのどかな農道に馬を歩かせ帰路につく。
「よくあの場所が分かったな」
感心する九一郎さんに私が経緯を話すと「その占術か。これは隠し事ができぬ」とくすくす笑う。
九一郎さん達が無事で良かったんだけど、どこかモヤモヤ感が残る。
心配して頭使って捜索したのに。結局のところ、可愛いお姫様とお酒を飲んでたってこと……。それに私には、姫様がただ遊んでいたようにも思えない。
「占術で隠し事を
私の固い声色に、彼はこくりと小さく喉をならして「あ、ああ」と応える。
「すぐ……戻るって言ってたのに」
声に、思ったよりも寂しい気持ちが乗ってしまった。
「そうだったな……すまん」そう謝っていても、何となく嬉しそうに見える九一郎さんだ。
もう。姫様の気持ちに気づいてないのかな。
「姫様は、最後になんて言ったんですか」
九一郎さんは苦笑いを浮かべ、姫は少々口が悪く気が強いと前置きした。
「骨のある奴だと思っていたが、急に
琴姫様、穏和で可愛らしい見た目とは違いすぎる。
九一郎さんは、女子に怒鳴らないよう躾けられたこともあって、昔からほぼ無抵抗にからかわれていたという。
ただ今回は、すごろくで勝てば札巫女の夫候補を教えると言われたそうだ。竹林の屋敷は一部の者しか知らないため、そこでなら話せるからと場所を移したらしい。
「従者の泣き落としに遭った末──まさか、酒にまで仕込まれるとは思わぬ」
「えっ、本当にお酒に──?」
「これまで口にするものに仕込まれたことはなかった。ここまで手の込んだ真似は、初めてかもしれぬ」
急に決まった山追に札巫女の夫選び。でも、私は九一郎さんを選べば、彼と婚約できる。
姫様は、最後にどうしても九一郎さんと二人きりになりたかったってこと……。
「だが目覚めた後も変わり無し。姫もこれが最後と分かっておったしな。──もう幼いころとは違う」
あれ? もしかして気づいて──
「まだ心配か?」
「あ……いえ」
「俺が居ぬ間に、誰か来たか」
「いえ……」
「ならば良し──いや、良くないか。三人についてはわかったが、おかげで山追い前の大事な
「そ、そうですね、準備を済ませて出発前に少しでも休まないと」
同じ馬に揺られ、息がかかりそうなほど近くに座る私たち。九一郎さんは、意味ありげに私へ視線を投げた。
「俺は、
「それは……わかってます、けど」
彼は、私の目から視線をずらしておもむろに一点を見つめる。それは──
「なあ、もっとこちらを向いてくれぬか。届かぬ」
「ちょっ……だめです、こんなところで。すぐ後ろに皆──」
私達がモゾモゾ動くので、馬が不機嫌そうに
「後ろからでは見えぬ。他に人の気配もない。それでも嫌か」
彼は不満そうに食い下がってくる。
「何をしてるかはわかるでしょ、恥ずかしいです」
「ではせめて、今夜夢で逢いたい」
「なっ……非常時でもないのに」
あれは基本的に恥ずかしい。何がせめてなんだか。
「少しくらい良かろう。触れたい」
「だ、だめです……もう、
そんな感じで城に着いたあと、さくさんはともかく暮馬さんと羽佐さんの顔がひくひくしているのに気づいた。
さくさんを見ると、目をつむって頷く。それで私は察した。馬上での九一郎さんとのやり取りが聞こえていたらしい。
山追当日、私と九一郎さんは山脈が近く、よく見える城に入っていた。
私は普段着の着物に袴をはき、たすきがけをして動きやすくしている。さくさんもそうだ。
男性はみんなさすがに武人。有事に備え鎧一式は持ってきていた。頭には鉢金を巻いている。
始まりは唐突だ。
さっきまで晴天だったのに、空が赤く光ったと思ったら、うっすらと霧が立ち込め、山頂付近が全て雲で覆われる。
地鳴りが始まる。けど、地震ではなくて空気の振動のような。耳が少し痛む。
そこからが異様だった。山のいたるところからもくもくと雲の切れ端が生まれると、赤い
やがて山を囲むように、ゆっくりうねりながら回り始めた。
「あれが山神なんですか?」
「そうじゃ。山によって姿形が異なるが、雲から現れる。荒ぶる姿は赤く、物の怪のようにも見える。あれ自体は倒せるものではない」
山が動き始めるのがわかる。山々のふもとから土煙が舞い始めた。木々が折れたり岩が崩れたり、不安になるようなごつごつした音も響き始めた。
それに呼応するように、猪などの動物たちが興奮状態で、土煙から野外に飛び出していくのが見える。
「今回は河童との国境が動き、こちらの領地が増える。国主様の狙いどおり……。祈祷などはまだ始めていない。わざと山神の足を止めぬ。長引くかもしれんな」
動物たちの姿が一段落すると、次に山のふもとから出てきたのは赤い大きな固まり。かなり多い。団子状にゆっくり転がってきて、兵たちに近づくとバラバラと分解した。
よく見えないけど、それらは太くて短めの蛇っぽい何か。人の形をしてるものもいる。みんな、真っ赤。
「物の怪じゃ。多いな」
「なんか、気持ち悪いですね……」
「山神の姿に近い物の怪、そして人の形をした物の怪兵もおる」
山追は、本当に戦に近い集団戦なんだ。物の怪兵は、槍みたいなものを持っている。蛇は、手足に巻き付いてきたり、足止めを主にしてるみたいだ。
山伏と山犬も一部後方にいて、邪気払いで足止めをする。
「はじめは良い。しかし、物の怪兵はこちらの真似をする。そのうち弓を持ち出し──」
本当だ。人間が弓を放って攻撃していると、物の怪兵までだんだん赤い弓を放つようになってきた。
また、正面攻撃だけでなく、側面から兵列を崩そうとしてくる。
そして、いつの間にか鎧兜のような
どんどん真似てくる……上からだとよくわかった。
「山が動くと、平らな地ができる。耕作しやすく豊かな土地じゃ。あえて動かすのは良いが、長引くとこちらも犠牲が増える。また、物の怪を多く倒すと、別種の物の怪が生まれるらしい」
と言ったところで、九一郎さんがふと庭の先を気にしだした。
私も同じ方を向くと、足音が聞こえてきた。鎧をまとった男性が走って来て、膝まづく。
「
あ……まさか。
案の定、伝令でやってきた男性は、私が『今朝見た包み』を渡してきた。
「返されると、この伝令役である
九一郎さんがため息を吐く。
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