どっち?

 食べ終えたお膳を片付けてくれる女中さんに、声をかけてみる。


「琴姫様はどちらにいらっしゃいますか。巫女守人の九一郎が姫様に呼ばれて、まだ戻らないんです」


 困ったように首をかしげる女中さん。

 さくさんが続けて女中さんに話しかける。また困ったような顔をする女中さんは、お膳を片付けてそそくさと退出した。


「女中さん、知らないって言うんですか」


 私の困惑する声に、向かい合わせで座るさくさんが、いつも通り表情無く頷いた。でも、どこかやれやれと呆れ気味。


 九一郎さん、どうしたんだろう。


 こんな時は、新しく解呪できた占術『YES or NO』二択占いをやってみよう。

 この占術は、主に一つめの解呪について少しずつ問いかけをしている。


 質問に対して、引いたカードが正位置なら『はい』、逆位置なら『いいえ』だけで判別する簡単な占い。たぶんあっという間に一日の上限回数に達しちゃうから、これをやる時は質問を具体的に絞らないと。


 カードを引くまでの工程は同じ。

 カードをシャッフルして、天に昇る。下を見下ろし、質問をする。


 質問『現在九一郎さんはこの内扇山城うちおうぎやまじょうにいる』


 カードをまとめ、3回切って上のカードをめくる。

 ソードの2、逆位置。つまりNOだ。お城にいない。

 ……何で? どこに行ったの。


 次の質問はまたシャッフルして行う。


 質問『現在九一郎さんは琴姫様と一緒にいる』→ 正位置でYES


 お姫様と出掛けたってことね。

 すぐ戻るって言ってたのに。何か理由があるのかな。


 質問『現在九一郎さんは琴姫様と一緒にいる』→ 死神のカード


 死神のカード。

 大アルカナ。バラが描かれた黒い旗を持つ、白馬に乗ったガイコツ騎士の絵柄。死神と言ってもタロットでは全く意味が違っていて、終わりとはじまりのカード。

 これは、私が「YES」とも「NO」とも答えが出せない質問の場合に設定した。


 自らの意志で一緒にいる→YES

 自らの意志ではないけど、一緒にいる→NO

 だよね? これでどちらでもないってことは何だろう。

 

 まさか、自分の意志以前に……意識がない、とか。

 ちょっ──もしそうだとしたらシャレにならない。何が起きたの? 九一郎さん、そして琴姫様は無事……?

 

 九一郎さんを──『捜索』する。

 さくさんには、書くものを用意してもらった。


 これからは、できるだけ占術の回数を減らさないと。回数は日数ほどいっきには増えないから、たぶんあと3、4回位かな。


 捜索と言っても、場所の聞き込みをするしかない。私は言葉を理解できないから、工夫が必要だ。

 さっきお膳を片付けてくれたから、女中さんたちは何人か洗い場にいるかもしれない。やっぱり、お世話する人なら何か知ってると思うんだけど。

 さくさんに聞いて、連れて行ってもらった。


 3人の女中さんが井戸の近くにいた。大きな水桶に灰色の液体を入れ、食器類をつけている。

 私は「お仕事中にすみません」と言葉をかけ、駆け寄る。

 彼女らはおしゃべりを止めた。そして私たちの後ろに立つ、がっしりと体格の良い暮馬くれまさんを見上げ、少し表情をこわばらせる。


「琴姫様はどちらにいらっしゃいますか? ずいぶん前に巫女守人の九一郎をお召しになったのですが、まだ戻りません。姫様がお城にいらっしゃらないことは存じております。地図を書きますので、場所を教えてくれませんか」


 女中さんたちは、さぁ? とはっきりした顔をしない。白々しい空気に、胸が少しチリっとした。

 えーと、聞き方を変えよう。落ち着け、私。

 九一郎さんの身に何か起きたかもしれないと言っても、災害予知じゃない。信じてもらえるかどうか……。

 仕方ない──


「実は、先ほど占術をして困ったことがわかりまして。二日後に迫った『山追』について至急、巫女守人に確認が必要なのです。地図を書きますので、心当たりの場所を教えてください。皆さんどうか、ご協力をお願いします」


 用事は仕事関係ということにさせてもらう。


 女中さんたちは、お互いの顔を見合わせる。

 真面目な表情に変わってきた。話してくれる気になってきた、みたい。


 ──どうやら、4カ所も候補があるらしい。さくさんが紙に地図を書き起こしてくれた。地名なども入ってるみたい。

 普段も、地名は読めないけど簡略化した地図を使って災害予知をしている。同じことだ。


 私はその4カ所にABCDと筆で書いた。

 占術の残り回数はあと3、4回。上限を越えると吐いて動けなくなるから、慎重に。


 自分の部屋で『YES or NO』二択占術を開始した。


 質問1.『現在九一郎さんは、この地図のABCDいずれかに居る』→正位置で、YES!

 いずれかには居る。


 質問2.『現在九一郎さんは、この地図のABどちらかに居る』→逆位置で、NO!

 Aでもないし、Bでもない。


 質問3.『現在九一郎さんは、この地図のCに居る』→逆位置で、NO!

 ということは、Dだ。


「さくさん、暮馬さん、九一郎さんの居場所がわかりました」


 私は障子を開け、廊下に控える二人に地図を見せ、場所を示す。


「暮馬さんは、馬で先に向かってください」


 暮馬さんは頷く。私は、さくさん、サキガケと自力で走っていくしかない。


 城から出て2、30分は走っただろうか。着いた場所は、竹林に囲まれた神社の入口。石造りの鳥居で、奥には社があるみたい。

 でも鳥居より手前に細い小道が続いていて、奥の方に屋敷のようなものが見えた。しかも、馬が何頭も繋がれている。たぶん、あそこだ。


 さくさんとサキガケを連れて屋敷に急ぐ。屋敷の中に入ると、囲炉裏のある板間に従者と思われる男性達が三人倒れてる。

 何があったの? 九一郎さんは? 姫様は?


「九一郎さん?」


 隣の畳が敷かれた部屋に、見覚えのある着物、袴姿。九一郎さんだ。

 一回り身体の大きな暮馬さんに抱き起こされ、九一郎さんは額を押さえている。私に気づき、しかめていた顔を和らげた。


「あ……? 巫女か。何故ここに」


「ど、どうしたんです、大丈夫ですか?」


 私は九一郎さんに駆け寄った。頭から血は出てない。アザもない。

 彼の着物は見たところ斬れていたり、汚れたりはしてない。


 突然、部屋の中に凛とした女性の声が響いた。声のした方を見ると、部屋のすみに正座をした琴姫様の姿があった。


「姫様、ご無事だったんですね! 良かった」


 怪我は無さそうでホッとした。

 でも目を赤く張らしているような。泣いたあと? 何があったんだろう。きっと怖い思いを……


 その時、私の足を何か擦った。

 ん? これは……大きな紙にます目のようなものが細かく描かれている。


「すごろくじゃ。ただ、すごろく遊びをしておっただけ……」


 九一郎さんはそう何とか口にすると、ため息をついた。


「すごろ……く?」


 と言われても、頭に言葉が溶け込んでいかない私に、彼はげんなりとした調子で説明してくれた。

 すごろくと言っても、何と『酒飲みすごろく』だ。サイを振り、ます目に書いてある分の杯を飲みほすと言う。


「え? じゃあまさか、倒れてる人達は酔いつぶれて……」


「うむ。姫様は飲まれぬ。代わりに、従者に飲ませておられた」


 お姫様が、淡々とした調子で何ごとかを語る。

 九一郎さんも感情を込めずにつらつらと述べる。


「ああ、左様で。新年そうそう山追があるため今日くらいはと、私共へのあたたかいお気遣いで……ございましたな」


 えっと。これは、確信犯なのか本当に気遣いなのか。どっちなんだろう。

 九一郎さんが、やれやれと呆れ気味で話し始める。


「私が暇乞いとまごいを繰り返すため……これにて『しまい』と酒をたまわりましたところ、突然強烈な眠気が。醜態しゅうたいをさらし申し訳ございませぬ」


 えっ……いや、まさかね。

 九一郎さんは酒豪って言ってたけど、それだけたくさん飲んだってこと……なんだよね?


 九一郎さんが言うには、姫には一人侍女がついているはずで、今は姿がない。お酒を片付けさせ、人数分の水でも汲ませてるんだろうと。

 従者の人達は、揺り起こすと目を覚ました。お水を飲んで休めば動けるかな。


 そして侍女が戻りみんな水を飲み、落ち着いた頃にはだいぶ太陽が傾いていた。


 姫様は、縁側から黄金に染まる竹林をぼんやりと眺めている。

 九一郎さんがおいとますることを伝えると、こちらを振り向いた。

 彼女は、私にちらりと視線を投げてから九一郎さんに向かって口を開く。


「人探しの占術ができるのかと? いえ、そのようなことは……」


 姫様は九一郎さんを見据え、凛とした口調で言葉を続けた。


 私は、何となく気になってしまう。

 彼女の九一郎さんを見る目──まだまだ幼さが残る彼女の目には、どこか熱がこもっているようで。


 でも、九一郎さんはいつも通りの声色で、淡々と言葉を紡いでいく。


「私は産まれでたときより巫女守人。そして札巫女を護り、占術を監督する役目がございます。それでは御免つかまつりまする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る