国主様のご提案

 大広間の入口は、幕が外されていた。中は畳も片付けられ広々としてる。人肌のように馴染む空気を感じるのは、日頃よく大人数で使われている部屋だからなんだろう。障子は開いていて、空が黄金に色づいてきていた。


 午前中と同じ位置に、国主様は座っている。他には、入口に一人控えているだけ。


 国主様からこの領地の占術を求められた私たちは、それを終え、前回と同じように国主様の前に座っていた。頭を上げて普通に話すことを許されている。


 九一郎さんが予知内容を報告すると、国主様は眉を寄せた。

 そりゃそうだよね……と私も少し落ち着かなかった。


 山追やまおいだ。

 この地からは北、国境にあたる山脈の一部が動く。九一郎さんの言う河童かっぱ国主との国境くにざかい。広範囲だ。


 でも国主様は、沈んでいた思考の海から意外に早く顔を上げた。

 長々と語り出す。

 それを、黙って九一郎さんが聞いている。ずっと、聞いている。

 だんだん、空気が重く張り付いていくように感じる。


 しばらく続いた沈黙を破り、九一郎さんは「承知つかまつりました」と頭を下げた。

 彼は肩越しに私を振り返る。見つめてくる目も静かで普段と変わらない。でもその通訳内容は、私の心を振るわせた。


此度こたびの山追で、我らの勇猛さを札巫女に見せたい。先程の酒宴にて、札巫女に想いめた独身者を紹介する。札巫女は、その者らの勇姿を見て夫を選ぶが良い」


 は……? 夫を選ぶ? お、想いめ……ちょっと待って。

 九一郎さんは私の様子を伺いながら、少しの間を置きゆっくり言葉を続けた。


「夫となれる者は、巫女守人に限らぬということじゃ。先代の札巫女は言葉のまじないのせいで、巫女守人に囚われるがごとく窮屈な生活を強いられていた。だが、言葉は交わせずとも想いが生まれ、心を通わせることもある」


 言葉が交わせずとも……それは、国主様のお父様とのことを言ってるんだ。国主様自身が、二人の想いの結晶だから。

 国主様は、言葉のことで私が九一郎さんから一方的に婚約を迫られている、と思ってるのかな。


「それでも巫女守人が良いと思えば、九一郎を選べば良い。婚約を許そう。これも、かねてより札巫女を独占するなとの声が集まっていたために、やむなく考えたもの。この場にいる九一郎も含め、誰が選ばれても遺恨を残すな、男として恥だと説いてある。どうか受け入れてほしい」


 九一郎さんも含め──って、今その話をしたんだよね。それで間があったんだ。


『独り占めするなと言われた』って、確かに九一郎さんも言ってた。

 これ、まさか山追になるようもともと邪気祓いもせずにいたのかな。

 でも九一郎さんを選んでいいなら。婚約を許してもらえるなら──。


 ただ国主様の話では、もし九一郎さん以外を夫に選んだ場合、私はすぐに結婚することになる。彼は巫女守人を解任され、言葉のわからない夫が巫女守人になる。

 難があるよねこの案。私が選ぶとでも思うのかな。それとも、目的は別──?


 受け入れるかどうか、今この場で決めるよう言われているらしい。

 九一郎さんは冷静な顔つきで、国主様のお話通りに案を受け入れたと言う。

 ちょっと混乱したけど……私も腹を決めよう。


 でも、少しだけ言いたい。


「分かりました。ご提案をお受けします。ただ、私は窮屈な思いなどしておりません。九一郎さんとの婚姻は、私も心から望んでいることです。婚約の道をくださり、ありがとうございます」






 山追を二日後にひかえ、国主様のいる城は慌ただしくなっていた。戦さに近いものになるらしい。

 九一郎さんはわずかな手勢しかいない。兵を集める暇もない。だから、私の警護に専念する。お父様の紫微しび様はまだ城を空けられず、今回は来ていない。


「妙なことになったな」


 九一郎さんは私の部屋で胡座をかいている。

 私がさくさんと部屋に戻るのを待ちかねていたようで、面白くなさそうな顔だ。

 さくさんは何かを察し、障子を閉めて部屋の外にひかえてくれた。


「そうですね。これでみんなが納得できるなら、良いんですが」


 さっき国主様立ち会いのもと、独身者で私を想い初めたという男性三人と一人ずつ面会した。その三人が誰か、九一郎さんには知らされていない。

 だから、私も三人の名前もわからないし、見た雰囲気しかわからない。

 日常を一緒に過ごしながらじゃないと、人となりもわからない。いいのかな、これで。


 ちなみにタロットカードの占術、今朝確かめたら十四日間も占えるようになっていた。

 ……増え方がおかしいような。


 日にちの見方はこうだ。

 タロットカードをシャッフルしつつ、天に昇る。

 複数枚カードを引き、『逆位置が出る枚数まで災害予知可能とみなす』と決める。十五枚目で逆位置が出たから、十四日分も占えるようになったことがわかる。


 そして、まとめて十四日分の災害予知を出す方法。

 タロットカードをシャッフルし、十四枚カードを引き、正位置のみを災害予知とみなす。

 二日後に山追【ペンタクルのキング】、十日後に物の怪【ワンドの7】、十二日後に風害【ソードの5】と出た。

 これは災害の種類のみをざっくり出す方法なので、一件ごとに再度占術する必要がある。それに後日になるほど、変わることもあるようだ。


 こうしたやり方は、先代札巫女様の覚書にあった。


 山が動く方角も占う。山追いを示したペンタクルのキングを入れた24枚のカードを24方位に並べ、それが出た場所で占うんだ。

 結果は、丑寅うしとら。北東ということ。


 ──規模の大きな山追は団体戦、総力戦になる、らしい。


 神主は祈祷を行い、動き続ける山神を呼び止める。

 その土地の神社ごとに、山神様のお名前を管理しているらしい。それで──

山神様やまださま、お耳に入れたいことがございまする。父が今朝ゴミ出し致しましたところ、なんと間違えて娘の制服をば……」みたいなことを言って、山神を話に夢中にさせ足止めしようとするらしい。例えはあれだけど。


 山にあふれる邪気を山伏と山犬が払い、仏僧は怨念を抱く死者の魂をあの世に送り、邪気の元を退ける。

 山から出てくる物の怪や動物を、武者や兵達が退治。


 一応役割分担するけど、だいたいごちゃごちゃになるって。だから、みんな武器は持っている。


 私は、前線に近い城へ移動し、高い所からそれらを見物する。


「私の警護ってことは、九一郎さんは山追に参加しないんですか」


「うむ。山追の間、その城でそなたを護ることになる。当日改めて国主様より命じられるはず」


 ちょっとだけ不安が頭をよぎる。

 山追での活躍を見て夫を選ぶことになったのに、それに参加しない彼を選ぶって。


「私が九一郎さんを選んだあと、問題にならないんでしょうか。何かしてきたり──」


 彼は薄く笑みを浮かべた。


「むしろ、武威を示す機会を俺より多く与えられたのじゃ。それで駄目なら諦めるのではないか。まぁ、逆恨みするとしても俺に対してだろうが、襲ってくるほど馬鹿は──」


 彼は言葉を区切って、顎に手を当てた。


「その三人の中に馬鹿がいたか?」


「わ、わかりません……」馬鹿って、と苦笑いしつつ。


「今回の山追を通し、そんなに文句があるならそなたを自力で振り向かせてみろ、と言うことじゃろ。昨日の国主様は言い方が回りくどかったが……。これで周りが大人しくなり婚約もできるなら、俺も何とか耐える」


「そ、そうですよね。婚約……できるんだし」


 何かすっきりしない。問題が起きなければいいな。


 九一郎さんは急に息をひそめ、廊下の様子を伺う素振りをした。

 誰か来たのかな?


 部屋の外で女性の声がする。

 どうやら九一郎さんを呼んでいるようで、彼はため息をついた。


「仕方ない。琴姫様がしびれを切らしたようじゃ」


「昨日のお姫様ですか」


「ああ、すぐ戻る。そなたにはさくと暮馬くれまもつける。決して一人にはなるな」


 やっぱりちょっと彼も心配してるみたい。その三人のことを。






 ──ところが。


 お昼ごろそう言って部屋を出て行き、夕餉ゆうげが終わっても九一郎さんは戻らなかった。

 夕飯が終わると、もう占術の時間なのに。

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