大人気
最前列の中央、一段あがってさらに畳に座る、威厳のある中年男性。
その前に九一郎さんが座る。顔が見えるよう、私は彼の斜め後ろにずれて座った。
「先代札巫女の予言通り、
九一郎さんが紹介してくれた。
かしこまらずに顔を見せてくれと言われたらしく、私は頭を上げる。
烏帽子に、豪華だけど品を感じる着物。角ばった顔付き。微笑みを浮かべてるけど、目が笑っていない国主様。
「初めてお目にかかります。札巫女の
国主様に聞こえる程度の小さい声で良いと言われていた。
国主様からは、奥高山城を守ったことや日々の占術成果への称賛と感謝、そしてこれからも励むようにとの言葉をもらった。
あとは、夕刻の占術結果を聞きながら、改めて話をしたいとのこと。たぶん、その時に婚約について話があるんだろう。
九一郎さんの通訳もすぐに終わる。
九一郎さんの座席の隣にいつの間にか膳が用意されていたので、そこに座った。
終始、視線が痛い。恥ずかしいやら居たたまれないやら、下を向いてただ料理を口に運ぶ。
となりの九一郎さんには、人が入れ代わり立ち代わりやってきて酌をしていくようだ。話しかける隙が無い……。
だんだん、気にするのも馬鹿らしくなってきた。だって、私は悪いことしてないし。むしろ、人々の役に立てるよう日々頑張っているんだから。
──もう、いいや! 堂々と胸張ってればいいんだ。
思い切ってさらっと周囲を見回してみると、こちらを向く眼の色は物珍しげなものばかり。別の世界から来た人間だし、仕方ないか……。でも、目礼してくれる人もいるし、私も軽く会釈する。
うっ、お酒が進んできたからか、堂々と凝視してくる人もいてちょっと怖い。
国主様に近い位置には、
伯父様は私の視線にすぐ気づいたようで、微笑んでくれる。私も微笑んで会釈をした。知った顔があると安心するなぁ。
その時は、これが後で問題になるとは思いもよらなかった。
「九一郎さん、大人気でしたね」
札巫女が疲れている様子なので部屋に送る──と周囲にさりげなく伝えると、九一郎さんはあらかた食べ終えた私を連れ出した。
そしてさくさんには、自分の食事をしてくるよう促す。
「予想はしていたが、多くが巫女への質問じゃ。直に話せるものでもないからな」
「私……ですか?」
「
何か……九一郎さんの様子がおかしい。声に曇りを感じる。彼も疲れちゃったのかな。
心配しつつ、廊下の景色を見て思い出した。
ここでお姫様みたいな人に会ったことを彼に告げると──
「ああ気にするな。昔から城に来ると俺をからかい遊ぼうとする。国主様のご息女じゃ」
ふ、ふーん……。何か、ひっかかるなぁ。まぁ気にするなと言うならいっか。
九一郎さんは私の部屋に足を踏み入れる。次いで私も中に入ると、彼は障子をきっちり閉めた。そして立ったまま静かに腕を組んだ。
──あれ? 不穏な空気が漂いだしたような。
「伯父上の隣にいた男が気になるのか」
九一郎さんは少し
けど、何の話しか分からない。
「……ああ、九一郎さんと同じ年位の若い人が居ましたね、そういえば」
伯父様の
「奴はそなたをずっと見ていた」
え?
「そなたも笑顔で返しおった」
何のことか分からなかった。でも、伯父様の隣に居たってことだから……。
「ま、待ってください、私は隣にいた伯父様に挨拶しただけで……」
「言い訳するか。それから大広間を出る時まで、奴は
全く気づかなかった。視線はあちこちから感じていたし、一人一人気にしてられなくて。
「言い訳も何も、私は知りません。ろくに見てもいないし顔も覚えてません」
九一郎さんは私の様子をじっと見つめる。
信用してくれたのか、彼は強ばっていた表情を緩めた。
「済まぬ……あまりに皆、そなたへの関心が高くてな。余裕がなくなっていた」
大きくため息を吐く九一郎さん。
これまでの様子から、何となく想像できる。
私関係の窓口が、九一郎さんに集中してるんだ。それはまぁそうだよね……唯一会話ができるんだから。
そしてみんな彼より年上。お父様に近い年代の人もいるし、かなり気疲れしそう。
その分、同年代相手だと強烈に意識するのかも。
「気を使って大変ですね、九一郎さん……と、その人が一番下の年代みたいですし」
九一郎さんは「まあな」と呟くと、私をちろりと見やる。
「だが奴は本家、男児のおらぬ国主様が次期当主にお考えじゃ。札巫女も気があると思われれば、婚約させられるやもしれぬ。札巫女を妻にできれば、それこそ本家は
「ええっ? 嫌です、そんなの」
「
「まだ疑ってるんですか」
「いいや。ただ
彼は、ねだるように顔を傾ける。かわいいなと思いつつ、私は苦笑いを抑えた。
がんばっている彼を少しでも癒せるように。そっとキスをする。そして気づいた。
「お酒くさい……」
「あの程度では酔わぬ」
そう言えば、かなりお
くすりと笑う彼は、確かに見た感じではまったくのシラフ。酒豪だと聞いてたけど、本当っぽい。
「私のことなんかより、初陣で活躍した九一郎さんを素直に褒めればいいのに」
男性の世界はわからないけど。褒めたら調子に乗ると思うんだろうか。お酒までたくさん飲ませて。
彼は少し目を
「そういうものなのだろう。気にしてはおらぬ」
「本家の合流が遅れて、劣勢のまま戦って、それでも勝ったんだから……」
「いや、それ
そう言うと、彼は私の頭を撫でた。
「……あとは皆に、そなたを一人占めするなと言われたが」
伯父様が言ってたように、札巫女の力を欲しいと思うものみたい。
別の領地を見ても連絡に日数がかかる。だから、何日も先まで占えるようにならないといけない。
さらに、一日に占える回数制限もある。あの吐き気とめまいは、毎日起こしたくないものだ。
「はい、もうすぐ……同時に出来るかもしれませんね。今日も、回数や日数が増えているかもしれませんし」
「うむ……身体への負荷は説明しておいた。また、そなた本人への関心も高い。そなたが山に降って二ヶ月ほどになる。美しい札巫女は広く噂になっておったからな。現状、俺の女だとも言えぬ。もどかしい」
彼は目を細め私の頬を撫でながら言った。
噂にはオヒレが付くって言うし、あまり娯楽も無いから余計に人の気を引くのかな。
付き合ってます、とかそういう感覚もこの世界には無いみたいで……あ。そっか。
「それで、婚約を……?」
九一郎さんは静かな微笑みで答えた。
そして、ふと何かに意識を集中する素振りをした。
何だろうと思っていると、そのうち足音がしてきて、障子の外から男性の声がする。
「
九一郎さんが障子をあけると、見覚えのある男性が立っていた。九一郎さんに従事する家来の一人だ。
「ああ、そろそろ戻る。巫女を頼む」
九一郎さんは大広間に戻っていった。さくさんが来るまでの間、羽佐さんが障子の外についてくれた。
羽佐さんは、少し赤みがかった髪で、烏帽子をつけている。
普段はどこかぼんやりしているようでいて、弓を持つと人が変わったように素早い
「羽佐さんは、おせち食べましたか?」
開けた障子を背に庭を眺めていた羽佐さんは、私に向き直って頷いた。
「良かった。いつもありがとうございます」
交代で食事をとりつつ、こうして警護してくれる。私は言葉がわからないし、知らない場所だ。誰か一人でもいてくれた方が安心。
あと一人、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます