解呪

先代巫女が残したもの

 数日後、紫微しび様が兵を連れて帰ってきた。

 戦には大勝した、と九一郎さんから誇らしげに告げられる。

 本来はお祝いの席を設けるようだけど、城内の立て直しが必要だから、無し。


 九一郎さんは、伯父様を後見人として元服も果たす。一人前として認められ、『大人』になったんだ。

 でも彼はずっと忙しそうだ。占術も私一人。


 先代巫女が残した箱はまだ未開封。住居区域はまだ閉鎖中なので、私は岩隠れ屋敷で生活し、ここに隠してある。

 私も手伝いで忙しかったので、時間が取れなかった。今、ようやく中をあけてみた。


 入っていたのは、表紙付きで冊子のような書物と木片が22個。

 書物には、細い筆でびっしり文字が。私がよく知る現代文字で縦書きに書かれていた。占術の覚書としてコツが書かれているようだ。

 助かります、先代巫女様。これはまた後で読み進めるとして。


 異質なのが、木片だ。

 一つ一つは手のひらサイズ、軽くて厚みはスマホくらい、形もまばら。そして、英字が墨で小さく書かれている。


 英語だと読めないかもと思って心配したけど、ローマ字だった。英字で書かれた日本語。

 どうやら文字が多い面の裏に、単語が書いてある。それは『SEIGI』や『TAIYOU』などタロットの大アルカナだった。

 大アルカナには順番があるので、その通りに木片を並べてから、ひっくり返して文章を読む。うん、やっぱり繋がる。

 ちょっと手が込んでるなぁ……。


『巫女守人には、私たちの文字が翻訳される。でも、ローマ字は何故か読みにくいらしい。ただ、今後海外との交易で読める人が出るかもしれないので工夫した』


 文字のこと、知らなかった……。内容的に巫女守人に知られたら不味い? な、なんでだろ。

 そして内容を要約すると。


『札巫女は、巫女守人を守って。

 巫女守人が殺されると内乱が起き、国・地域が大きく荒れる』


 伯父様の話を聞いたときも、怖かった。九一郎さんが、狙われるかもしれないなんて。


 内乱……確か、九一郎さんが言ってたっけ。お父様が生まれるよりずっと昔は、内乱が続いていたって。

 先代札巫女様も、早くに巫女守人を亡くしていた。ということは、実際に彼女は経験したってこと……か。


 そして気になるのが。


『もし巫女守人と結婚するなら、呪いが解けることに注意』

 

 まじないが解ける?

 彼女の体感と、占いでわかったこととして書いてある。ただ、全部分かったわけではないらしい。

 呪いの種類及び解呪には、大きく分けて二種類ある、と。


 一、札巫女が人々と接して『心』を通わせると解呪していくもの。

 二、札巫女が巫女守人と接して『心と体』を通わせると解呪していくもの。


 一については、1日に占える回数が増えたり、1年くらい先まで予知できるようになったり、視られる地域範囲も増えていくみたい。

 これ、成長するってことだよね。

 逆か。呪いでおさえられていたから、解いていくってことなんだ。


 そして、多くの人々と心を通わせることで、火ノ巫女が札巫女の中に甦ることがなくなるようだ、と。

 これって……。


 二については、タロットカードをつかった術や災害以外の占術も使えるようになる。

 二の解呪方法も全ては分からないみたい。特に、最後の方は条件が違いそうだって。ただ、最後まで解いたら火ノ巫女が蘇る。


 でも、どういうことかは、よくわかった。これが、先代札巫女様がローマ字にした理由だ。きっと、巫女守人によっては、無理に迫ってくることも考えられるから……。


『抱きしめ合う→夢札が使用可能』

『キス→巫女の特殊能力解除』

 ……


 確か、初めて抱きしめあった時、おかしな感覚があった。あれが解呪した時のものだったんだ、きっと。

 夢札はきっと、夢のようで夢じゃなかった、上半身裸で九一郎さんと会った……


 キスで特殊能力解除。

 注釈では『能力は人により違うかもしれない』とある。先代の場合『15年先まで予知可能になる能力』だったらしい。

 親切に、私へのヒントもある。『15年先に現れる巫女の力は、大アルカナの中で言うと──』


 魔術師のカード。

 大アルカナで、意味は創造、面白いアイデアなど。小アルカナを操るイメージもある。

 そう考えると、何となくあのサキガケに起こったこともわかるような気がした。


 キスは、夢で会った時のもカウントされてる。でも、解呪された時のおかしな感覚は、わからなかったけど。


 ま、まさか夢中で、気づかなかっ……


「箱を開けたのか」


「ひゃっ」


 と、突然、九一郎さんの声が。びっくりした。


「入るぞと声はかけたが……夢中で気づかなかったようじゃな」


 九一郎さんは土間の方から部屋に入ってきた。そして私が並べた木片に気づいて近づいてきた。


 夢のことをリアルに思い出しちゃって、さらに例の内容が気恥ずかしくて、私は慌てて木片をかき集める。『読みにくい』って曖昧だなぁ。少し読めちゃうのかな。


「め、めずらしいですね。九一郎さんがこの屋敷に来るのは」


「皆が気遣って、休めと言ってくれてな」と彼は私のそばに腰を下ろす。


「良かった、ずっと忙しそうでしたからね」


 私は下を向いてひたすら木片を片付ける。


「その木片は? 言葉の解呪について何かわかったか」


「まだ……分かりません。解読が難しくて」


 実際、ローマ字がごちゃっと並んでると、同音異義語もあるしかなり読みにくい。

 木片を片付け終えた。あとは木箱の蓋だけ。


 気づくと、お腹に片腕を回されている。軽く後ろに引っ張られ、後ろから抱きしめられた。


「何を気にしておる」


 え、そんなに怪しかった……?


「何故俺と目を合わせようとせぬ」


「い、いえ……そういうわけでは」


「まさか、伯父上の話か? 俺は戦で役立つ巫女に育てようなどとは思っておらぬ。……巫女を己の名声や立身に利用しようなんぞ、詰まらん考えじゃ」


 そう言えば、そんな話になっていた。

 何かを強要された感覚はないから……気にしてなかった。


「父も俺も、そなたを望んだのは災害から領民を救うためで……」


 私は後ろを振り向いて、彼を見る。


「利用されてるだけなんて、思ってません」


「ならば……此度は何じゃ」


「その……ちょっと、恥ずかしかっただけで……」


「恥ずかしい?」


 彼は、しばらく無言になった。やがて心当たりと結びついたのか、くすりと笑みを浮かべた。


「確かに、あれはどこか現実離れしていたからな」

 

 彼は私の熱くなった頬に手を添え、唇を合わせてくる。


「柔らかい……夢と同じじゃ」彼は甘いお菓子を思い出すように微笑んだ。


「夢だけしかできないって、言ってたのに……」


「武功を上げ、壱早いちはやくそなたのそばに戻った。これくらい……いやもっと褒美をもらっても罰は当たらぬ」


 彼の笑みは、皆からの信用を勝ち取りつつある──そんな自信を感じる。だからきっと、家臣の人たちは九一郎さんを信用して、二人で会う時間を……


 私たちはもう一度口付けを交わした。

 それから優しく抱きしめあった。

 やっと、二人の時間が戻ってきたんだ。私は喜びを、噛みしめた。





※『壱早く』は当て字。

※大昔の男性は、今ほど女性のお胸に関心がなかったらしいので

 九一郎もそこまで恥ずかしいことと思ってない様子。

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