二人のステップアップ

「婚姻はまだ無理でも、婚約をしたい」


 意を決したように、九一郎さんは切り出した。

 しばらく何か言いたそうに見つめてきたから、どうしたのかと思った。

 婚約……。


 私たちが結ばれるには、九一郎さんが戦で武功をあげ、私が占術で他の領地も守ることが条件。

 そうして、本家の国主様に忠節を認められないといけない。


 九一郎さんは、島の戦で兜首かぶとくびをとった……らしい。戦の勝利に貢献。

 駒城こまじょうに敵襲を知らせ、奥高山城を守ることにも貢献した。

 それでひとまず婚約許可をいただけないか、国主様に書状を出したいという。


 彼は直接人を殺めたんだ。手柄を立てた。


 私だって間接的に人を殺めたことにもなる。九一郎さん、さくさん、兵達に守ってもらった。そうでなければ、私の命はない。

 

「そなたの占術は焦らず取り組めば良い。こちらの意志を国主様に伝えるためにも、書状を出したい」


 そして、彼の胸元で所在をなくしている私の手を握ってくる。


「じゃあ、もう武功は必要ないんですか。戦にはいかなくていいんですか?」


「いや、戦はなかなか避けられるものではない。俺も戦場での地獄をはじめて味わったが……今後も父上や皆、そなたを守るために戦う」


 守るために──。

 島戦も助けをわれて向かった戦いだった。私は別の国から突然敵襲にあった。

 いくさはなかなか避けられないもの、なんだ。


「あ、あの………兜首って」


 彼と婚約するなら、知っておかないとと思った。


「敵方の身分ある者や指揮能力を持つ者などを殺め、手柄の証拠として首をとる」


 本人の口から言われると、何とも言えない後味の悪さがあった。今私の手を握るこの手で……。


「俺が怖いか」


 彼の瞳はまっすぐで、揺らがなかった。


「いえ……怖くありません」


 私の手を握る彼の手を、私はもう片方の手で上から包んだ。

 怖くはない。ただ、この手のあたたかさを感じられなくなる時がくるんじゃないかって。それが、怖い。

 言葉を失うからとかじゃなくて、私は……


「この世は家同士の都合で、婚姻を結んだり切ったりすることが多い。俺たちは『まじない』によってはじめから結ばれ、切っても切れぬ縁」


 彼の瞳に火が灯っていくようだった。


「だが婚姻は、俺たち自らの意志で結びたい。紗奈──俺と婚約してくれるか」


 彼に名前を呼ばれると、私と周りの空気も吸い込まれていくみたい。

 私の気持ちは決まっている。


「はい……嬉しいです」


 彼は高ぶる気持ちを抑えるようにぐっと口を結ぶ。そして私をぎゅっと抱きしめてくれる。


「俺も嬉しい……!」


 彼は頬にキスを落とすと、そっと唇を重ねてきた。

 はじめは陽だまりのようにあったかいものだったのに──

 彼は抑えが効かなくなったのか、嵐のように激しくなってしまう。


 何とか息を吸ったとき、あの感覚に気づいた。

 札結びの儀式で、『恋人たちのカード』をふたりで掴んだときの、あの感覚。

 心の深い部分で繋がっている、その太い繋がり。表面が、ひらりと剥がれ落ちて溶けた。


「九一郎さん、今の──」


「紗奈──」


 九一郎さんは、熱のこもった眼差しをして、肩で息をしている。

 気づいてない……?


 ──!


 近くで犬の吠える声が、する。


「サキガケ……」


 屋敷の外には、さくさんとサキガケがいるはず。

 その声で、彼も我に返ったようだ。






 私は、木片のことを九一郎さんに話すことにした。そうだ──これを話さないと、私たちは結ばれないんだ。 


「──札巫女の成長する理由がわかった。そしてそれは、そなたの中で火ノ巫女が甦るのを、防止することに繋がるのか」


 腕を組んで話を聞いていた九一郎さん。納得した様子だ。


「ただ、どれくらいの人々と関われば良い。完了するとわかるものなのか」


「その……今、新しい占術が解呪されたので、これから調べていこうかと思います」


「新しい占術? 解呪?」


 ──これが、とっても言いにくい。でも、大事なことだ。


 もう一つの解呪。それは、札巫女が巫女守人と『心と体』を通わせると、タロットカードを使う術・占術が解放される。

 内容については恥ずかしくて、あまり言えないと濁してしまった。夫婦になれたらきっと色々解呪されると伝えた。

 ただ、全ての呪いが解かれると、火ノ巫女が甦ってしまうはず。


 九一郎さんは顔色が変わった。


「ん? まさか解呪法一つ目を完全に終わらせてからでなければ……その……俺たちは夫婦として……」


「そ、そうだと……思います」


 恥ずかしくて、まだお互いにはっきり口にすることができないけれど。

 九一郎さんは腕を組んだまま、神妙な面持ちで考えこんでいる。


「巫女守人は『札巫女に無暗に触れてはならぬ』『傷物にでもすれば切腹』……解呪内容は残らずとも、巫女守の心得や法度には残っていた、ということか」

 

 こうして考えると、初めの『札結びの儀式』って──

 もしかしたら、彼と解呪をするための、はじまりの儀式だったのかもしれないと思った。


 巫女守人と結婚して……もし呪いを全部解いてしまうと火ノ巫女が甦ってしまう。

 その前に、人と多く関わって心の繋がりを増やしていく。そして、その数など具体的なことは占って探っていこう。

 新しい占術は少し特殊。たぶん、時間がかかる。



 その後、一人になった私は木片を全部読んだ。


 言葉の解呪はできる、とだけしか分からなかった。


 長男の国主様は、国を背負う責任感から札巫女や巫女守人を管理しようとするはず。いくら言い含めても、巫女守人をどこまで守るかわからない。でも、次男の伯父様は話が通じやすいはずだって。何となく、わかる気がする。


 最後に気になることが書かれていた。『山追い』や『物の怪』、そして『火ノ巫女』にも関することだ。

 

 彼女がこれを残したのは、やはり息子さんたちが心配だから、みたい。

 私も……九一郎さんや、さくさん、サキガケ、城内の皆も、もっと助けられるようになりたい。

 できることって、なんだろう。








 まだ居住区域は閉鎖中のため、伯父様から箱を受け取った門内中央の屋敷で占術をしている。ようやく九一郎さんも同席してもらえるようになった。


「戦のあとは物の怪が多い」


 九一郎さんのぼやくような声は、『お盆のあとはくらげが多い』の感覚に近い。


「山城では、戦の最中さなかに物の怪が出たのだろう。実は島の戦場でも、俺が発った後に物の怪が出たらしい」


 人の邪気から物の怪が産まれる。でも早すぎるし、最近は多すぎると言う。


 彼はまだ、忙しい。 

 居住地を含め、城下の壊された部分の土木・建築工事を監督していた。元服したことで、お父様から命じられたのだ。

 実際は家老さんたちから教わることばかりだと本人は言ってる。でも、お父様の力になれること、任されたことが嬉しいみたいだ。


「成長している」


 九一郎さんは、地図の上に置いたタロットカードを、生き物を眺めるように見つめている。

 敵襲の一件以降、実は、五日先のことまで予知できるようになっていた。


「成長を目の当たりにすると、嬉しいものじゃ。俺も負けてはおれん」


 彼は私に向かって、不敵に微笑んだ。

 その笑顔に、心臓を掴まれてしまった気分になる。


 朝に行う占術の後、私はさくさんとサキガケナイトの扱いや変化できる条件を研究してる。

 カードを重ねて置き、サキガケに両手で触れることが発動条件、とまではわかった。

 ただ、一日に1度しか変化させられないから、はかどらない。

 あとは新しく解呪した占いで、一つ目の解呪について調べも進めている。


 午後、居住地の状況を見に行ってみた。

 細長い木材を担ぎ運ぶ威勢の良い男性たち。昔お祭りで見かけたときより生活感のあるふんどし姿の人も混じっていた。

 あちこちに角ばった小さな木材の山ができていて、ぞりぞりと削る音にこんこん叩く細かい音が重なりあう。

 新たに町ひとつ造り出せそうな息吹きにあふれてる。


 そんな中で数人に囲まれ、真剣に話を聞いている九一郎さんの姿を見つけた。

 忙しそう。頑張ってるなぁ。


 ふと、同じように彼を見つめる女性が何人もいることに気づいた。

 人気があるのも当然。遠くの戦地から助けに戻ってきてくれた、美形の若武者だもんね。


 周囲に気を取られていると、ふいに肩をとんとん軽くたたかれる感覚が。振り返るとご婦人がにこやかに立っていた。そして、干し柿をくれる。


「ありがとうございます、うきさん」


 何かと呼び止められることが増えた。今みたいに食べ物のお裾分けが多い。

 温暖な地域だから、冬でも作物が採れるみたい。城の中にも菜園がある。私もちょこちょこと手伝いをしている。


「巫女も来ておったか」


 九一郎さんが気づいて、そばに来てくれた。

 私が胸にかかえる干し柿を見て、微笑んだようだ。

 と同時に、周囲の人々の視線も私たちに集まっていることにお互い気づく。


人目ひとめが気になるか?」


「いえ、九一郎さんは人気ありますからね」と私が笑うと、「そうではない」と彼も少し笑った。


「城の者は、そなたに感謝しておる」


 そして大事なことを思い返すように、九一郎さんは言葉を綴っていく。


「初めて会った時、騒乱の中でも俺の声だけ聞きわけた。俺だけを見つめた。元服前で功績もなく、領民すらたいして気にもとめん俺を。その後もずっとそうじゃ。札巫女はそのようなものと、皆にさんざん言われてきた。そして手を出すなと」


 九一郎さんは苦笑する。

 これまで城内で暮らす人々に、私は言葉の通じる九一郎さんにしか興味を持たないと思われていたらしい。

 私も、迷惑だろうしどうせ相手にされないと思って、みんなにあまり話しかけないでいた。


「だが、言葉の通じない自分たちと共に必死に戦った。物の怪も倒してくれた。今では、主だった者で俺達の婚姻に反対するものはおらぬ。父上は慎重だが、反対はしておらぬぞ」


 九一郎さんは軽く伸びをしながら空を見上げ、微笑んだ。


「九一郎さんの言っていた通りでした」


「ん?」


 会話ができなかったとしても、意思疎通はできる。やり方はある。私の言葉は通じるんだから。

 周囲の人々を見回してみると、目が合う人は微笑んでくれる。あたたかい気持ちになれる。


 あの敵襲以来、ようやく私は城の一員になれた気がする。

 




 数日後には住居区域に戻れた。

 でもこの時には、もう年が暮れようとしていた。この世界に来て初めて新年を迎える。

 そして、『新年参賀しんねんさんが』という名の斉野平家新年会のため、すぐに出立することになる。

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