伯父様のはなし
伯父様は、
先代札巫女の次男。父の兄。勇猛で戦上手だって。
そうわずかに声を弾ませる九一郎さんは、伯父様を慕っているようだ。
本家の人だよね。でも確かに以前、彼は伯父様達を好きだと言ってた。
伯父様は人払いをして、門内の中央にある屋敷の一室に、ひもで縛られた木の箱を置いた。
箱は私が両手で持つような大きさ。それを囲むように、私たちは座っている。
「ではこちらが以前、伯父上にお願いしていた……先代札巫女が残した書物でしょうか」
伯父様は大きく頷くと、私に顔を向ける。その表情は穏やかで、どこか懐かしそうなものを見る目にも感じる。
九一郎さんの通訳で、そんな伯父様の話を聞いた。
──概要はこんな感じだった。
言葉の呪いで、札巫女は巫女守人の言葉しか理解できない。ただし、二人の間に子どもができると、子どもの言葉は理解できる。これは九一郎さんから聞いたとおり。
先代札巫女の巫女守人は、二人が出会ってから数年で亡くなった。二人の間には、子もいない。
その後、代わりに巫女守人になったのが、伯父様のお父様(先代国主)だそうだ。特に儀式もなく、ただ形式上護衛についただけ。
でも、言葉の通じない巫女守人と札巫女が心を通わせ、子どもが出来た。
すると、なんと子どもと巫女は、言葉が交わせるようになったのだ。
ただ、子どもと言葉が交わせたことは『
「次の巫女守人を殺せば、札巫女が手に入る。そう考える者が出てしまう恐れがあるから、と。俺も知らなかった」
九一郎さんが、少し複雑そうな顔で私に告げた。
心臓がひやっとした。巫女守人を、殺す。
無理にでも、札巫女と子どもを作ってしまえば、子どもを通じて会話できるから?
でも、と疑問が湧く。
「札巫女って、そんなにまでして欲しいと思うんですか?」
九一郎さんの通訳は続く。
「災害予知は欲しい。広い領内を効率よく守りたい。それに札巫女が占術に励めば成長する。中には呪いが解け、戦でも役立つ、災害以外の占術を操る者もいたらしい」
「呪いが、とける? 自然に解けるものなんですか?」
「具体的な呪いの解き方は誰もわからぬ。優秀な札巫女を育てられるかは、巫女守人の日々の関わり方次第とも言われておるが、実際はわからぬ……」
優れた札巫女を育てる。それが巫女守人。
何か、おかしくない? 悪事ができないように呪いをかけたのに、その呪いを解くことが偉いことみたいになってる。
「古の先祖には恐れられ、忌み嫌われた札巫女。だが、やはり皆、その力が欲しいのだ」
健康状態を知りたければ、医学などが必要で。戦局を知りたいなら、軍事学などが必要。でも、それらを知らなくても、占いでわかってしまうことがある、と。
「札巫女は全て飛び越え、結果のみ見る。根拠も何も無い。だが、当たる」
当たるって言っても……。
健康なんて医学知識がなければ、治せるわけでもないし。戦のことなんて、さらにわからないし、戦えるわけでもない。
「私の占いなんて、そんな凄くないです。仮に予知ができたところで、私に何かを防いだり守ったり、戦ったりする力はないですし。今回の襲撃だって……」
役立たずだったのになと思っていると、ふと目が合った伯父様は微笑んでくれた。
「そなたに、話に聞く火ノ巫女のような
「国主様も知らない……? 何故ですか」
「先代札巫女様の意志だから……だそうじゃ」
先代札巫女は、四人の男性を産んだそうだ。長男が国主様に。次男が目の前の伯父様。三男の伯父様は病弱らしい。四男の方は、産まれてすぐ亡くなったとか。だからか実質、四男は奧高山城の城主ということになってる。
本家のやり方が気に入らない……って九一郎さんが言ってたのは、何となく国主様のことなのかなと思ってしまった。
とりあえず、これで大事な話はお終いらしく、伯父様は満足そうな顔になった。
次に伯父様は、私と九一郎さんを交互に見つめ、にやりと笑みを浮かべて何事かを話しだす。
すると、九一郎さんは「それは……父も同じ齢で初陣を果たしておりまする」「い、いえ札巫女とは、そのようなことできるはずが」慌てたり頬を赤らめたりと忙しくなった。
そして「伯父上、俺は本気です」と彼が急に姿勢を正すと、伯父様も軽くため息をついた。でも否定的じゃなくて、かわいい甥っ子の成長を見るような目だ。
「また、気が
何を話してるのかなと九一郎さんを見つめると、「そなたとの仲をからかわれた。だが、俺は本気と伝えたまで」笑みを浮かべながら、あっさり言うのだった。
そして、実は伯父様が入っていた近くの
九一郎さんの伝令兵は、この奥高山城の次に駒城の方に向かっていたため、たまたま敵兵を察知し直前に伯父様に知らせていたらしい。
彼は、異常があった際に
そしてすでに『奥高山城に異変ありか』と私との夢で怪しんでいた彼は、『
『駒城と奥高山城、同時に襲われている』と。
急ぎ連れ出せる騎兵のみ連れて戻り、ちょうど敵を撃退した伯父様の軍と合流したのだった。そして、奥高山城へ。
もちろん、総大将のお父様も承知の上だそうだ。平野を駆ければ早いとはいえ、無茶をして走らせたと苦笑していた。
夢については、「まあその、札巫女の夢を見まして……」と、伯父様には言葉を濁していたけれど。
あとは、この奥高山城の戦いの後始末をつけることになった。外はめちゃくちゃだ。
やがて屋敷の外で、さくさんが腕に抱えている物体を見た九一郎さんは、不思議そうに指差す。
「物の怪のようだが、邪気は無い。巫女よ、これは何だ」
誰もわからない。やっぱり九一郎さんも。
サキガケナイト。
馬上で眠りこけている。何が起きたんだろう。西洋風だし、タロットカードが関係してるのかな。どうしたら元に戻るんだろう。
そのあと、タロットカードが放置状態だと思い出した。岩隠れ屋敷へ取りに戻ると、床に敷いた風呂敷の上で、『月』と『ソードのナイト』のカードが無造作に重なっている。微かに淡く光を帯びているような。
──これだ。サキガケが変身したのは。
大アルカナの『月』に描かれているものの一つは、サキガケに似た犬。小アルカナの『ソードのナイト』には剣を持った騎士が描かれている。ちなみに、ソードのエレメントは『風』だ。サキガケナイトの動きに、風を感じるものがあった。
カードにおそるおそる触れると、光は消えた。そして片付けて山を降ると、サキガケは元の姿に戻っていた。
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