敵襲
九一郎さんが言っていた通り、明け方に伝令が到着したらしい。さくさんが紙を渡され読んでいた。
占術をして、岩隠れの屋敷を掃除してかたづけて。終わった頃にはお昼くらいになっていたと思う。やっと、さくさんと一緒に山を下りてきた所だった。
おかしい。
いつの間にか、ふもとのほうから暗い煙が上がっている。それが、増えていく。建物から燃え盛る火の手も見えた。
「さくさん、まさか」
さくさんは私の前で左手のひらを向け、二回後ろにふった。
『下がって』だ。
これが、九一郎さんから言われていた宿題。さくさんと簡単な手合図をいくつか作り、覚えること。
左手のひらが握られ、顔まであがる。そして左手の肘ごと下に二回ふられた。
これは『急いで』だ。
私はもと来た道を走った。ここはふもとに近い居住地。もっと堅固な守りの区域に戻らないと。
後ろで、男性のくぐもった声と、どさりと倒れ込む音が二回。
さくさんが倒したの?
多少距離がとれたかと思い振り返ると、大きな手のひらが視界を覆った。が、すぐにそれは左端に剥がれ飛んでいく。
「サキガケ!」
一瞬、私に伸びていた腕に食らいつくサキガケが見えた。でも、やがて振り落とされた。
サキガケに何かを投げようと腕を上げた男性の額に、金属棒が突き立つ。その人はすぐに力無く倒れた。
続けて私の耳元を鋭い風が突き抜け、後ろで何か倒れる音。
物々しい音じゃなくて、淡々と静かに行われて、消えていく息づかい。
心臓が凍るように息がしづらくて、自分がまともな状態かもよくわからない。
──前も後ろも、敵が、いる。
後ろから肩をとんとんと叩かれる。ビクッとして振り向くと、この奥高山城に残った兵だった。私に戻るよう促しているようだ。
そうだ、橋が外されちゃう。早く戻らないと。サキガケとさくさんもすぐにやってきた。
細い山道を何とか登り、橋を渡る。その間、高い所から味方の兵が、後方に矢を放つ。さらに後ろで固い何かがぶつかったり、重い物が倒れる音が続いていた。
必死で、振り返る余裕なんてない。
さらに、いくつかの橋が外され、深くて大きい堀を隔て、門が閉じられる。
九一郎さんが最後まで部下を残すか迷い、私を安全な場所に隠そうとしてた理由。実はこの領地がもう一つ別の国と接しているから。
どちらの国とも一時的な停戦状態だったようで、ここが攻められる可能性もゼロではないって。
「
私は膝をつき肩で息をしつつ、隣に立ち息を整えるさくさんに問いかける。彼女は、いつも通り表情のない顔。少し考えてから、こくりと頷いた。
残った兵は確か五、六十人程度だったはず。あとは私みたいな非戦闘民。それでも数日は耐えられるはずだって。援軍要請するから、近くの城にいる伯父様が助けに来てくれるって、九一郎さんが言っていた。
門の中には、大勢の人がいた。外にござを敷いて、怪我の手当てをしている人もいる。
皆、無事なのかな? 取り残された人はいないの? 表情から、そこまでの悲壮感を感じない。
とんとん、と私の肩を叩くさくさん。
「さっきは……ありがとうございます、さくさん……サキガケも」
さくさんは、私の袖をくいくいと引っ張る。
あの安全な屋敷まで戻らせようとしてるみたい。でも、もう少しだけ休憩させてほしい。心臓がばくばくで……。
ひゅーと高く何かが、打ち上げられた音が。さくさんとサキガケが上を警戒する。
その音は矢が打ち込まれた音で、ざくりとどこかに刺さったらしい。それには音の鳴るものと、紙がくくり付けられていたようだ。紙を見た人たちは、顔をしかめる。
何だろう、空気がおかしくなってきた。皆さん、私を哀れみの目で見てるような。
さくさんにしつこくお願いして、念のためその紙を見せてもらった。
書いてある文字は読めないけど、絵はわかった気がする。下手くそな裸の女性が描かれていて、頭が取れてるっぽい。
えぐい。
それからは、たぶん門の前の深い堀の向こうで、敵兵達が何人かで叫んでいるようだ。
皆、だいぶイラっとして落ち着きがなくなってきた。挑発してるってことかな?
さくさんは私の耳を塞ぐ。
さくさん、優しいなぁ。ありがとう。
「あの、私には、あの人達が何言ってるのかわからないので、平気です」
さくさん、珍しく目をちょっと開いた。あ、そっか。という感じだ。
相当ひどいことを言われてるかもしれないけど、わからないし。もちろんいい気はしないけどね。
皆が不快な思いをするなら何か、手は無いかなぁ。挑発にのって、門から出ちゃう人がいても大変だし。
このまま私が避難しても、私への
そうだ、思いついた。
「さくさん、また絵を描いてもらってもいいですか?」
「じゃあ、お願いします」
準備が出来たので、こちらからも兵に矢文を射ってもらう。効果あればいいんだけど。
──で、結果、静かになった。
「さくさん、やりましたね! さすが……あ。」
さくさんに笑顔を向けると、なんとさくさんもくすりと笑みを浮かべていた。初めて、見た。
「さくさん、セクシー……」
兵の人達もくすくすと笑っている。
私がお願いしたのは、タロットカード、大アルカナ『悪魔』のカードの絵柄を描いてもらうこと。
背後に大きな悪魔、裸の男女が鎖で繋がれている。
九一郎さんが以前、かなり不気味がっていた絵柄。さくさんは筆で描いたので、もっとおどろおどろしくなった気がする。
それに、適当に脅し文句をつけてもらった。黙って帰れ、でないと呪うぞ祟るぞ、札巫女より、とか。
他所の国にも、札巫女の存在を知られてるんだなぁ……。
逆に煽るようなことにならなくて、ひと安心。
城主様がいない間は、代わりの人が色々仕切ってる。九一郎さんは、かろうさんとか言ってたかな。
さくさんも少し話していたみたい。兵の人たちは表情も気合い充分って感じ。
わりと、大丈夫そう。
私は少しホッとして、さくさんに連れられ、また岩隠れの屋敷に戻った。
そう言えば不思議だったのが、何日も眠れていなかったのに、門までよくあんなに走れたなということ。まあ、いいか。おかげで助かったし。
さくさんは、夕方の占術後すぐに布団をしいた。ぽんぽん布団を叩いて、私に寝るよう促す。
確かに、今日はたくさん走ったし疲れてる。でもそんな急に……あ。
「もしかして、今度は夜中に騒いで、眠らせない嫌がらせが始まるとか」
さくさんは、こくこくと頷く。
「今のうちに寝ておけってことね……」
私は恋人たちのカードを側において、眠りについた。九一郎さんに、伝えないと……。
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