夢札
九一郎さんを見送って三日目。さくさんと一緒に、サキガケを連れて、城内を見渡せる見晴らしの良いところに立っている。
そのそばには、岩影に隠れるように佇む屋敷がある。
念のため戦の間だけ移り住むことになっていたので、昨日からここで暮らしている。山の中腹よりも上かな。一番安全な場所らしい。
ただ、橋を上げるとどこにも行けない。険しい崖づたいで道も無い所を降りない限り。
もう九一郎さん達は
あたりの散策も出来ないのは辛い。
屋敷のお掃除などを一緒にやるけど、すぐ終わってしまう。
「さくさん、絵が描けるんですよね。絵でしりとりしてみませんか?」
さくさんは絵も得意だと聞いていた。
私は言葉で、さくさんは絵。この世界の文字は読めない。でも地図はわかるし絵ならわかるかもしれないと思ったんだ。
紙はもったいないので、土に棒で描いてもらうことになった。
屋敷の外、二人でしゃがみこむ。
「サキガケ」
私の言葉に反応して、さくさんが棒をくるくる、かしかしと土の上を走らせる。模様が入った丸の隣に、足のようなもの。
「け、だから……
けまりかぁ。やっぱり日本ぽいし、時代を感じる。
そこで気づいた。やっぱり言語は同じなんだ。同じじゃなければ、絵でしりとりなんて繋がらない。よね?
九一郎さんは、私がいくら『タロットカード』と言っても、『絵札』としか言わない。何かしらの翻訳がされてると思っていた。
──閃いた。
私も棒で土に書き出す。ひらがなの『あ』だ。もし、これがさくさんに読めるなら。あの『こっくりさん』をやるように、文字一覧表を作り、指差してもらって会話が出来る。
「さくさん、この文字読めますか?」
ワクワクしながら待つ。
でもさくさんは、首をかしげてしまった。
よ、読めないの? うううう、残念過ぎる。いけると思ったのに。
でも、言語がもし本当に同じだったら。いつか言葉の呪いが解けるようなことがあったら。
さくさんとも話、できるのかな。
──それからさらに五日も経った。九一郎さん達がどうなったのか、さっぱりわからない。
つ、つらい。
戦はどうなったんだろう。さくさんにも毎日聞いてきたけど……。
「九一郎さん達は、もう船で島に渡ったんですよね?」
さくさんは、いつも通り表情を変えずに首を横にふるだけ。
「連絡が来ないんですか?」
さくさんは、首を横に振る。
連絡は来ているんだ。うーん、何かあったのかな、どう聞いたらいいんだろう。
『はい』か『いいえ』しか答えられないもんね。
「九一郎さんたちは、もしかしてまだ、湊の手前にある白山城にいるんですか?」
さくさんは、頷いた。
えっ? 何で。もうかなり日数経ってるのに。
「無事……なんですよね?」
さくさんは、少し考えてから、こくんと頷いた。
一度、さくさんは土にまた絵を描いてくれた。人っぽいものをたくさん描かれるけど、何を示しているかわからなかった。
わからなくてごめんね、さくさん。ありがとう。
心配だし、引きこもり生活からのストレスか、ろくに眠れていない。
こんな状態では、タロット占いも集中できない。天に昇る映像も見えなかったり、昇るスピードも格段に落ちたり。
今朝もぼーっとする頭で、災害予知のためにタロットカードをケースから出した。恋人たちのカードだけパラッと落ちる。
「九一郎さん」
もう、このカードは九一郎さんの顔がちらついて見えるようになっている。
彼はこのカードをにぎって産まれてきたと言う。
会いたいな……。寂しい。声を聞きたい。会話をしたい。
島に渡ってないなら、どうなったんだろう。何しているんだろう。
その夜、恋人たちのカードを側に置いて寝た。いくらか眠れるかもしれないと思って。毎日会っていたのに、もう一週間以上顔を見れていない。
いつの間にか、霞がかった草むらに立っていた。青々とした弓なりの草は腰の辺りまで伸びているけど、身体に当たる感覚はない。
私は何も身に付けていない。
裸だった。
進むとさわさわと風に揺れるように草が避けていく。近くの草むら以外は霞がかっていて、何も見えなかった。
夢なんだろうなぁ。そんなふうにぼんやりと自覚があった。
さわさわと、奥のほうの草が揺れて、九一郎さんが現れた。
「ちょっ……」と私は声を漏らし、思わず身を引く。
彼も裸で、何も身に付けていなかった。引き締まった身体で、ほどよく筋肉がついている。少々ぼんやりとした様子で、私に気づいたようだ。
「お……」と目を見開いた。
私は恥ずかしさが沸騰する思いで、とっさに両手で胸を隠して後ろを向いた。でも、見られていそうだ。
「ははは、今宵の夢は妙に生々しい」と、驚いた様子ながらも嬉しそうな声がどんどん近づいてくる。
そして「
──なっ! 何で? 思わずびくっと身体が震えた。
肌が擦れる感触が、体温が、なんであるの?
それに今、名前で呼んだ。いつも『巫女』とか、『そなた』とか言っていたのに。
一瞬の隙に、両肩を掴まれくるりと向かい合わせにされる。
九一郎さんは、何も気づかないの?
「あ、あの、九一郎さん、これは……」
夢かと思ったら夢じゃない。感触が生々しすぎる。
「何じゃ、夢くらい好きにさせろ」
「私は紗奈本人です。ゆ、夢じゃないんです」
「夢じゃ、どう見ても」と言って、笑顔の彼は取り合おうともしない。
夢。それも否定できないんだけど、どうしよう。
「今、どこにいるんですか、戦はどうなったんですか?」
「まだ始まっておらぬ。
「もう一週間以上も経ってるのに?」
「父上の話では、毎度そのようなものらしい。俺も初めてでわからぬ」
そんな……!
「も、もう限界です。話せる人はいないし、外を散策も出来ないし、何もわからないし、心配だし、寂しいし、眠れないし……うっうぅ……」
私はショックで泣き出してしまった。
そうやって下を向いていると、優しく頭を撫でられる感覚に気づく。
「すまぬ。奥高山城に伝令は出してある。朝には着くだろう。長引きそうなため、紗奈を下の屋敷に戻らせよと。何かあればすぐにまた避難させれば良い。俺も心配で慎重になりすぎた」
涙をぬぐって顔を上げると、優しい笑顔がそこにあった。胸が苦しくなって、私はそっと九一郎さんに抱きついた。
「こ、これは、夢では、ないのか?」と急に戸惑いの声をあげながら、彼も感触を探るように私の背中へ腕をまわす。
お互いの高まる鼓動と、温もり。恥ずかしさよりも別の感情が沸き上がっていた。
「夢でないなら、何故下半身が無いのか」と九一郎さんは肩を落とす。草は腰やお腹辺りまでを覆い、どうやらそれより下の身体は無かった。
歩けるのにね。
九一郎さんが持っていた恋人たちのカードを側に置いて寝たら、この状態になったらしい、と説明した。
「よくわからぬが……呪いによるものか」
「そうかもしれませんね」
どちらにしろ、彼の元気そうな姿が見られてとても安心した。
二人の身体がピタリと吸い付くような、離れがたい心地よさに包まれている。うっとりしていたら、九一郎さんが私の耳に手を掛け、唇を重ねてきた。ふんわりと柔らかい。
彼はゆっくりと顔を上げると「嫌か? どうせ、ここでしかできぬ」とささやき、熱っぽい目で頬を染めていた。
私ものぼせそうに熱くなった。
でも同時に、ぎゅっと寂しい気持ちがして「じゃあ、もっとしてください」とねだった。
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