『道』はある

 私は『いくさ』という言葉に、心臓がぎくしゃくした。それは、昨日のように物の怪を倒すこととは違う、と思う。

 武功って、戦で功績、手柄をたてるってことでしょ。


「私も、九一郎さんのことを……想っています。でも、そのためにあなたが命がけの戦いをするのは──」


「俺はな、もともと斉野平という武を以て統治する家、武家の男。それは巫女守人であっても変わらぬ。同じことじゃ」


 武家。私が占い師をやるように、戦いをしながら領地を治めるのが仕事ってこと……。

 改めて言われると……。

 

「じゃあ、なぜ本家に忠節を尽くす、となるんですか? 分家というだけで」


 彼は、正直納得できていない部分もある、としながら説明してくれた。


「国主様は先代様の嫡男ちゃくなん、そして先代札巫女が一子いっし。代々この地を治め守ってきた純粋な血筋だからな」


「え……先代札巫女は、先代国主様と結婚していたってこと、ですか」


「ああ」


「じゃあ、九一郎さんのお父様も先代札巫女の息子さんなんですよね。確か、四男だって」


「違う。俺の父は腹違いの息子でな。」


 え? 違うんだ……。九一郎さんは「いわゆる側妻の子」という言い方もした。


「血筋を守る。──というのも、この地にはそこそこ血の気の多い者がおる。本家を中心にまとまらねば、我を張る者が出て……と、父上の話では難儀らしい。父が生まれるずっと前、内乱が続いていたそうじゃ」


 だから本家の家臣扱いだと、彼は言う。


「本家を守るため、いつも父は戦の前線で使い倒されとるよう見える──まぁ、俺はやり方が気に入らぬ。父はそれでいいと言うが」


 少し笑顔を浮かべていても、彼の目はどこかギラリと光っている。いつも私が惹かれる力を宿した目だけど、物の怪を倒しに行くときみたいに、何かが加わってるような。


 うう、でも何だか話が……?


「良くわかりませんが、九一郎さんは本家が嫌いなんですか?」


「ははは、伯父上達は皆好きじゃ。やり方が気に入らぬのは、俺がまだ苦労を知らんからだろう。法度には従う。きちんと国主様に──伯父上に認めていただこう」


 話を聞くかぎり、札巫女も結婚できるのは間違いない。

 ただ、結婚……。ちょっと色々と話があって混乱気味だけど、私はこのまま九一郎さんを想ってもいいんだよね──?


「物の怪を倒した。父も皆も、少しは俺を認めるはず。だから、俺は次の戦で何としても初陣を果たす」


 彼は、私を片手で抱き寄せたまま、手をきゅっと握ってきた。

 私たちはそのまま、至近距離で見つめ合う。

 だんだん、顔が火照ってくるのがわかる。彼もまた同じようだった。

 だ、だめだ……心臓が跳ねつづけて苦しい。


 九一郎さんは、私の額に軽く唇で触れた。


「──口づけをしたいが、まだ止めておくか。それにいい加減、俺の戻りが遅いため人も来るからな……」 


 彼は、私の中にまだ、ぼんやりとした迷いのあることがわかったのかもしれない。


 私たちは、抱きしめ合った。

 

 ──その時、心の奥底で、あの札結びの儀式で起きたことが。『恋人たち』のカードを二人でつかんだ時の感覚が甦る。

 心の深い部分で繋がっている。その太い繋がりの薄皮が、ひらりと剥がれ落ち、溶けたように感じた。


「何じゃ? 今のは」


「九一郎さんも感じたんですか?」


 わからなかった。札巫女と巫女守人の間に、何かしらの呪術が使われているのだろう、としか。




 

 それからの九一郎さんは、やる気に満ちあふれていた。もともと毎日武術の鍛練をしていたようだけど、占術の時以外は顔を出さなくなった。寂しいけど、邪魔はしたくない。


 私は城内をサキガケと散歩し、迷わずに歩けるようになってきた。サキガケは私の後ろを付いてくる。でも前に回ることもあるのでちょっとドキリとする。疑われやしないかと。


 九一郎さんは、占術が終わるとぎゅっと抱きしめてくれる。それだけだった。でも、それだけで私たちは満たされていた。彼の嬉しそうに微笑む顔を見ると、胸が熱くなる。


 でも、そんな彼が、『戦』に。

 それを考えると、だんだん怖くなってくる。今まで遠い世界のことだった、人と人との──


 トントンと、軽く肩を叩かれる。後ろを振り向くと、さくさんだ。私を呼び止めたいときは、肩を軽く叩いてもらえるようにお願いしている。それは、城の他の人たちにも伝えてもらった。


 さくさんが来たということは、そろそろ夕餉ゆうげの時間らしい。一日二食。夕食はとても早くて、まだ明るいうちから食べる。

 寝る時間も早い。基本、太陽が昇る前に起きて、沈んだら寝る。朝は、大きめの桶に入れた水にお湯を混ぜ、身体や頭を洗い、蒸し風呂は男女人数の関係からか三日おき。生活には少しだけ慣れてきた。


 そんなころ、朝の占術で、あるカードが出た。

 ペンタクルのペイジ、逆位置。

 これは、小アルカナに分類される金貨ペンタクルのカード。ペイジとは王子のこと。


 小アルカナは1セット14枚で、それが4セットある。トランプの構成に近い。

 1セットの内訳は、数字1~10、人物4種。

 トランプのハートやクローバーようにモチーフがあって、【金貨ペンタクル】【ソード】【カップ】【ワンド】がある。

 14×4セットで合計56枚、これが小アルカナの構成だ。


 私は災害予知にあてはめるのに、小アルカナのもつ属性エレメントで割り当てた。『金貨ペンタクル』は『土』のエレメント。

 つまり。


「山が動くのかもしれません。人物のカードで一番未熟な王子、逆位置なので、あまり大きくはない山、被害が小さい、緩やかに進む──」


「ふむ……場所も出せそうか?」


 ペンタクルのカード合計14枚。地図上に山が描かれた部分のみに伏せて置き、占ってみる。枚数の関係で、ざっくりと置く。ペンタクルのペイジが置かれた場所を、私が示すと。


「確かに、このあたりは高い山がないはず」


 何か気になるのか、九一郎さんは地図を見つめたまま考えているようだ。


「先日の物の怪を示した所に近いな。まあ良い、父上に報告する」





 地図の場所を山伏と山犬達が調べたところ邪気が濃くなっており、放置したら山が動くかもしれないそうだ。


「早めにわかり良かった。しかし先日も物の怪が現れたような所。付近のみなとや村で揉め事はないにも関わらず、これほど邪気がたまるのは気になる」


 その地は地図の端の方で、先が途切れている。この先で何か起きているのかもしれない、と。九一郎さんとお父様の意見が合致しているらしい。でも、地図に描かれていない地ということは?


「この先は他国の領地だからな。そしてこのあたりに島がある」と言いながら、九一郎さんは地図からはみ出すように人差し指で円を描いた。


 あまり聞こえの良くない国主が統治しているらしい。


「これが続くと面倒じゃな」と呟く。


 しかし意外に早く、解決への糸口がやってくることになる。それは私と九一郎さんにとって、はじめの大きな試練となった。

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