悪魔のカード

 悪魔のカードの正位置。

 恋人のカードのように裸の男女が描かれているけれど、首輪やくさりで繋がれ、うしろの悪魔にしばられて身動きが取れない様子の絵柄だ。


「悪いものが出たか」


 絵柄と私の様子から、九一郎さんが声を落とす。


 78枚もあるタロットカードは、大アルカナ22枚と小アルカナ56枚に分かれる。

 一般的に有名なのが大アルカナで、戦車や世界のカードなどがある。九一郎さんが持っていた恋人たちのカードや、太陽のカード、そして今出た悪魔のカードも、大アルカナ。

 ソードやペンタクルなどの小アルカナよりも意味合いが強いんだ。


 私ははっきり判別出来るよう、九一郎さんから聞いた災害の種類に合わせて、タロットカードを割り当てていた。もちろんカードの意味に合わせて。

 悪魔のカードは、物の怪だ。たぶん、精神的に嫌なことをしてくるタイプ。


『物の怪は黄昏時たそがれどきから明け方にかけて出る』ことが多いらしい。それで朝だけでなく夕方にも占術を行うとのことだった。

 本当に、出てしまった。


何処いずこに現れるか」


「実は、場所の特定方法に悩んでいて……」


 九一郎さんは「ふむ」とうなずくと、もう一度地図と悪魔のカードを見比べた。


 地図は当たり前のように、山、森、川、平原といった自然であふれてる。だから、ある意味特徴がない。カードの絵柄で特定の地域を絞ったり出来ない。


「俺にもわからぬが……その絵、地図の上を歩きだしそうじゃ。妙におどろおどろしいな」


 地図の上……歩きだす。


「そっか……ありがとうございます、九一郎さん。試してみますね」


 私のタロットカードは、持ち運びしやすいミニサイズ。

 大アルカナ22枚だけなら、ちょうど良く置ける気がする。


 大アルカナのみ再度シャッフル、集中して意識を天高く昇らせる。

 そして、伏せたカードを1枚ずつ並べていく。

 直接『地図』の上に。


 タロットカードには、『展開法』と言って、カードを複数枚並べて結果を見る方法がある。今回は決まった展開法ではなく、地図の上にカードを置き、悪魔のカードが出た場所で位置を特定する。

 そう説明すると、九一郎さんは「承知した」とうなずく。


 地図の上にカードを22枚、ちょうど良く配置できた。

 1枚ずつ、地図上に置いたカードを表に返していく。悪魔のカードが出た、その位置は。


畭咲はりさみなとに近いな」


 九一郎さんは、そのあたりにはもう一つ村もあるという。

 物の怪の特徴があれば知りたいと言われたので、カードのイメージで答えてみようと思う。


「悪魔は強い執着を表します。欲望や誘惑で人をしばる──人の弱みに付け込んでくるような相手かと、思います」


 自分で言いながら、どんな奴なんだろうと、だんだん怖くなってくる。場所が少し離れていて良かったというか、何と言うか。


「──左様か。父上に報告する、そなたも参れ」


 占術は意識を集中させるため、最低人数で行う。結果により、2人で城主様に報告しに行く流れになっている。

 九一郎さんと私から報告を聞いた城主様は、少々厳しい表情だ。何事かを言い、側に控えていた男性が部屋を出た。


「父上、此度こたびは俺も……!」


 九一郎さんは何度か掛け合ってた。だけど、許しが出ないみたい。

 私たちはそのまま部屋に戻り、待機することになってしまった。

 それで私の部屋では、九一郎さんが目の前であぐらをかいている。憮然とした顔で。


「山伏、山犬と共に兵が向かっておる。仮に本隊が出るとしても夜半だろう。そなたは休め」


「でも、九一郎さんは──」


 私から少し視線をそらすと、彼は軽く息を吐いた。


「情けないが、俺は元服前げんぷくまえの小僧じゃ。戦も、物の怪討伐すら任せてもらえぬ。しかし、せめて状況を見届けたい」


 彼はあぐらをかいた膝の上で、両手を固く握りしめた。

 元服という言葉の意味を聞くと、一人前、成人の証ということみたいだ。つまり、彼はまだ半人前……?


「あの……さっきも言いましたが、初めて試した占い方ですし、もしかしたら」


「外れても良い。今そなたにすべを教えられる者などおらぬ、また試せばよい。──明日にさわらぬよう、先に休め」


 彼は声と表情を和らげ、私を気遣う素振りを見せる。自分は悔しいだろうに……。

 小僧と言われるような年齢には見えない、けどなぁ。


「九一郎さんは、何歳なんでしょうか」


 彼は「やはり聞かれるか」と少し肩を落として見せた。


「十五じゃ」


「えっ?」


「そなたより若いが、武術全般、師範のお墨付き。護衛も心配無用」


 年下だからと侮るなよ、と言いたげに、まっすぐ私を見据える。

 それが、カッコいいのにどこかかわいくも見えてしまって、口の端が上がりそうになるのを私はこらえた。

 笑顔があどけない訳だ。


「九一郎さんは同い年か、年上かと思ってました。でも、年齢は関係ないですね」


 私が初日から吐いてしまった時も、彼は動揺せず気遣ってくれた。何も気にすることはないと繰り返して。

 武術のことはわからない。でも、気遣いや頼もしさを感じるし、いつもありがたいと思っていると伝えた。


 彼は意外だったのか、一瞬悔しさを忘れたような顔をする。


「年齢は関係ない……か」


 九一郎さんの声は、開いている障子の外──黄昏に染まりつつある空に、消えていくようだった。





 それから間もなく、九一郎さんは私の部屋を去った。

 このお城に合わせて、私の就寝時間は日が暮れてすぐだ。起床時間も夜明け前。

 明日の占術に影響が出ないよう、私は休むことになる。


 でも、やがて寝苦しさを感じ、ふとんから起き上がった。

 ひんやりした空気に、どこか湿っぽい重さがある。なんだろう、この嫌な空気。

 縁側の戸があいていて、月明かりが部屋の障子に漏れている。いつの間に、誰があけたんだろう。


 障子をあけ、戸を閉めようとする。すると外から覗く半月が綺麗に見えて、しばらく眺めていた。

 でも、そういえば。

 今夜はかがり火を増やして、物の怪討伐に当たると言う話だったのに、外は静かで暗い?


 ──おかしいな。



※設定裏話

 彼は元服前でも、『九一郎』という仮名を持ってます。

 作中出ませんが、幼名として多喜丸という名前があります。

 ころころ名前が変わるとわかりにくいので、そんな設定にしました。

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