第32話 赤髪の少女×日本刀
予選初戦当日。
早朝に目覚め、日課を終えた俺は他の出場者を見るために南闘技場に来ていた。
闘技場は円形で入場ゲートが1つあり、周りを観客席で囲われている。
「俺の番まであと1戦あるみたいだな」
「ん。そだね」
ティナは朝食のハンバーガーに夢中なのか適当な返事が戻ってきた。
ここまで2戦見てきたが、思っていた通り魔法スキルを持っている出場者はおらず、近接攻撃だけの力任せな戦闘だった。
「早く来て無駄足だったな……」
観客席でボヤいていると、次試合の始まりを告げるドラが鳴り響いた。
入場ゲートから2人の出場者が現れると何故か、観客席からブーイングが巻き起こった。
「ん? あれは……」
俺は赤髪の女性を見て声を漏らした。
いや、女性の持つ
2人の出場者が所定位置に立つ。
女性が刀に手をかけゆっくりと抜刀すると、黒く滑らかな曲線を描く刀身が現れた。
刀身の中心には赤い線が走り、禍々しく魔素が溢れ出ている。
「はじめッ!」
審判の掛け声とともに勝敗は決した。
一瞬だった。掛け声と同時に動いた女性は、瞬時に相手の懐に入ると、横一線に刀が振られた。
峰打ちだったらしく相手の胴体は繋がっている。
吹き飛び動かなくなった出場者に審判が駆け寄り、勝者の名を叫んだ。
「勝者ッ!リア・エストレア!」
またしてもブーイングが巻き起こる。
──あの女の人は何者なんだ?
女性は綺麗な動作で鞘に納刀すると、観客席を見ることなく闘技場を出ていった。
「よし、次は俺の番か」
「ユーヤ、頑張ってね」
「おう」
俺は出場者の入場ゲートに向かった。
入場ゲートの内側は控え室のようになっており、出番待ちの出場者がチラホラと集まっていた。
その中で先程のリア・エストレアを見つけた。
リアは隅で苦しそうに刀を抱え蹲っており、印象的な赤い髪は力なくしなだれている。
「大丈夫か?」
俺が声を掛けると、少し反応し髪の隙間から鋭い眼光を覗かせた。
「私に優しくしないで……死にたいの?」
そう言って立ち上がると、たどたどしい足取りで闘技場から出ていった。
俺は去っていくリアの刀を鑑定した。
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【ナイトメア】<魔剣>
強欲の魔剣。
魔力と引き換えに所有者に力を与える。
魔剣に認められた者にのみ、ナイトメア本来の力を引き出せる。
認められていない者が無理に力を引き出すと、ナイトメアに意識を支配される。
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「あの剣、やっぱり魔剣か……」
──魔剣の入手経路を確認しておきたいが……
「僕との試合の前にナンパか? ふしだらなヤツめ」
俺が考え事をしていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、クリフが取り巻きを連れて嫌な笑みを浮かべていた。
「……」
俺は無視して適当な椅子に座った。
「き、貴様ッ!」
「クリフ様、落ち着いてください。相手に流されてはいけません」
「そ、そうだな。ふーッ……。どうした、ビビっているのか?」
「……」
「まだ無視するのか貴様ッ! もう我慢ならん!」
「次の試合を始めます! 呼ばれた出場者はご入場をお願いします」
クリフが腰の剣に手をかけた時、闘技場スタッフの声が控え室に響いた。
俺はクリフの横を素通りして闘技場へ入場した。
審判に促され所定位置に移動し、短剣を構える。
「貴様ッ……二度と陽の下を歩けると思うな!」
クリフは剣を抜刀し刀身をこちらに向けた。
「はいはい。早く始めよう」
「ぐぬぬ……審判、はやく掛け声を!」
俺が軽くあしらうと、瞬間湯沸かし器の如く顔を真っ赤に染め上げて叫んだ。
「は、はい。それでは、はじめッ!」
「勝者ッ。ユウヤ!」
観客席から今日1番の歓声が沸いた。
開始と同時に放たれたファイアボールはクリフの足元に着弾し、地面を軽くえぐるとクリフを数メートル吹き飛ばした。
クリフは泡を吹いて倒れていた。
呆気なく勝利を手にした俺は、歓声に手を振り返しながら闘技場を出た。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「ユーヤお疲れ様。もう他の試合は観ないの?」
「あぁ。少し気になる事があるんだ」
闘技場を出た俺は、ギルドへ向かった。
「少し聞きたいんだが」
「はい。どうされましたか?」
「リア・エストレアについて教えてくれないか?」
「申し訳ございませんが、個人の情報をお伝えすることは出来かねます……」
「そうか」
──そういや、ギルドには守秘義務があるんだったな……
「あ、やっぱりユウヤさんじゃないですか。今日から予選ですよね?」
俺がギルドを出ようとすると、マルコさんに声をかけられた。
「さっき初戦が終わったところなんだ。マルコさんはどうしてギルドに?」
「これから次の依頼の準備なんです。あ、でもユウヤさんの本戦は必ず観に戻ってきますよ! 本戦出場頑張ってください。応援してます!」
マルコさんは目を輝かせて言った。
「ありがとう。そう言えば、マルコさんは出場者に詳しかったよな?」
「えぇ。私たち商いは情報が武器ですから、それなりには把握しておりますよ」
「それじゃ、リア・エストレアって知らないか?」
「まさか、予選で戦われるのですか?」
「いや、試合を見る機会があったんだが、少し気になって」
「さすがユウヤさんですね。目の付け所がいい! リア・エストレアについて私がお話しましょう」
マルコさんは、赤髪の剣姫リア・エストレアについて物語口調で話し始めた。
話を簡潔にまとめると──
10年程前、リア・エストレアはシズニング王国の剣聖と呼ばれるエストレア子爵の息女だった。
しかし、エストレア家当主ガイアス・エストレアによる無差別惨殺事件により、爵位は剥奪される。
当時7歳だったリアは、父親の罪を背負い生きることとなった。
ここ数年姿を見なかったが、最近になり様々な大会で優勝し名を轟かせ、その姿から嫌味を含ませ『剣姫』と呼ばれているという。
10年経った今でもエストレア家は国民に嫌われているそうだ。
「10年もの間、どこでどのように育ったのかはわかりませんが、きっと苦しい生活を送ってきたのでしょう。今でも父親が犯した事件は国民の記憶に残っています。それでもエストレアの名を捨てないのには、何か彼女なりに思う事があるのかもしれませんね」
「そういう過去があったのか……」
試合の時のブーイングの意味がやっとわかった。
「ちなみに、ガイアスと言う男は人を殺すような血の気の多い奴だったのか?」
「とんでもない! 仮にも国を護る剣聖と呼ばれていたお方です。私の知る限り、あの様な惨いことをされる方ではありません。慕う人たちも多かったはずです」
「そうか」
「では、私はそろそろ向かいます。予選、頑張ってくださいね」
「ありがとう。マルコさんも気をつけて」
マルコさんと別れた俺はティナを連れて宿に戻った。
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