第29話 目覚め×王都バルディエ


 数回のノックが部屋に響く。

 ゆっくりと部屋のドアが開いた。


「お兄ぃ、具合どう?」

「莉沙……?」


 莉沙は俺の側までくると、手に持っていたお盆をテーブルに置いた。


「お粥作ったんだけど、食べれそ?」

「ん、あぁ」

 ──俺の部屋? 頭がボーッとする……何してたんだっけ、俺……


「体温測った? って体温計と薬、床に落としてんじゃん。ほんと寝相悪すぎ」


 莉沙はクスクスと笑いながら、拾い上げたものを枕元に置いた。


「莉沙、俺ってずっとここに居たよな?」

「何言ってんの? 風邪ひいて頭おかしくなった? お粥、自分で食べれるよね。食べたらちゃんと薬飲むんだよ」


 莉沙はそう言うとドアに向かって歩き出した。


「莉沙……」


 手を伸ばそうと体を動かすが視界がボヤけ暗くなっていく。


「……ユーヤ、大丈夫?」

「莉沙……?」

「ん?」


 ボヤける視界が鮮明になると、首を傾げるティナの姿があった。


「夢か……ごめん」

「ユーヤ、ご飯食べれそう?」

「あぁ、飯か。すぐ作るからちょっと待ってなッ!?」


 体を起こそうとした時、全身に痛みが走った。


「まだ動かない方がいいよ。食べれるならスープ持ってくるね」

「ん、あぁ。ありがとう」


 ティナはそう言うとスープを取りに部屋を出ていった。


「そういや、莉沙にも看病されたことあったな……」


 部屋を見渡すと、壁にハイオークが持っていた魔瘴の大槌が立てかけられていた。

 ──ハイオークがあのタイミングで襲ってきたのは偶然か? しかも、あんな武器まで持って……俺は誰かに狙われている? いや、それは考えすぎか。あの大槌を作ったジェイドって奴に会えば何かわかるかもしれない……


 俺はまとまらない頭を整理しながら、再度横になった。

 暫くしてティナが戻ってくると、スープを飲みながら状況を確認した。

 俺が気を失ってから近くの街に移動し、丸1日が経ったらしい。

 ハイオークとの戦闘で、俺はまた魔素に侵されたらしく、ティナは付きっきりで看病してくれたそうだ。

 体の痛みは魔素に強く侵され、魔力回路に魔素が流れた反動らしい。


「誰か来たみたいだ」


 ティナと話をしていると、誰かが部屋の前に来る気配がした。

 扉をノックし入ってきたのはマルコさんだった。


「ユウヤさん、目が覚められて何よりです。この度はオークの群勢から私たちを守っていただき、ありがとうございました」

「いや、護衛の仕事をしただけだから気にしないでくれ」

「他の冒険者もお礼を言いたいと言ってるのですが、部屋に通してもよろしいですか?」

「ああ。問題ない」


 俺がそう言うと、部屋の前で待っていたロイたちが揃って入ってきた。


「ユウヤ、疑ってごめん!」

「ごめんなさい!」

「すまなかった!」


 ロイたち3人は頭を下げながら言った。


「気にしないでくれ、あの状況なら仕方ないことだ。それより疑いがはれたならそれでいいよ」

「ユウヤさん・・は、なんて心の広いお方だ! ガハハハハ……」


 場違いに大笑いするガイに皆の冷たい視線が突き刺さる。


「……疑ってすみませんでした!」


 ガイは勢いよく膝を着くと、床に額を擦り付けながら謝った。


「疑った俺たちの命まで助けて貰って……俺は、なんも出来なくて……」

「もう終わったことだ、気にしないでくれ」


 頭を上げたガイの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

 ──暑苦しいな……


「俺、一生ユウヤさんについて行きます! 弟子にしてください!」

「弟子は取らないし、着いてこられても迷惑だ。それはそうと、マルコさん出発の予定は?」


 ガイの話を断った俺は、護衛の話に切り替えた。


「ユウヤさんが問題なければ明日からでも出発できます」

「これ以上は迷惑かけれないし、明日から出発しよう。ティナが索敵してくれれば問題ないだろ」

「ん」


 ティナは得意げに頷いた。


「わかりました。それでは明日の早朝から出発しましょう」


 明日の出発も決まり、皆が部屋を出始める。


「あ、マルコさん。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい。なんでしょう?」

「ジェイドって名前に聞き覚えはないか?」

「ジェイド、ですか? はて、聞いたことの無い方ですね。その方がどうかされましたか?」

「いや、知らないならいいんだ。明日からよろしく頼む」

「そうですか。こちらこそ、よろしくお願いします」


 マルコさんは軽く頭を下げて部屋を出ていった。

 ──あんな武器を作れるから名が知れた人だと思ったが、マルコさんが知らないなら有名な人じゃないのか……


 部屋にはティナと俺の2人だけになり、ティナは食べ終えたスープの器を片付けていた。


「なぁティナ、俺の体は何ともないのか?」

「ん。魔力回路は傷ついてるけど、これぐらいならすぐ治るから大丈夫だよ?」

「そうか……なんだか、目が覚めてから感覚が鋭くなってるみたいなんだ。人の気配とか生き物の気配が強く感じるというか……」

「きっと魔素に強く侵されたからじゃないかな? 体が魔素に敏感になってるだけだから、直ぐに慣れるよ」

「何ともないならいいんだが……」


 俺は鋭くなった感覚に居心地の悪さを感じながらも、明日に備えて眠ることにした。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 翌朝、早朝から皆が集まっていることを確認して、王都へ向けて再出発となった。

 それからの護衛は順調で、ティナのお陰で魔物に遭遇することもなかった。

 遅れを取り戻した俺たちは、予定通り王都にたどり着いた。

 道中は魔物と遭遇することもなく、暇を持て余したガイとロイたちが修行をつけて欲しいと言い始めた。


「見えてきました。あれが王都『バルディエ』です」


 平地に長く続く道の先に見えたのは、石造りの外壁だった。

 内側には高い塔がいくつも聳え、黒に金の縫い取りがされた国旗が翻っている。

 王都の外壁門には入場許可待ちの馬車で長蛇の列が出来ていた。


「すごい行列だね……これ、並ぶの?」


 馬車のテントの上からティナが降りてきてマルコさんに聞いた。


「この時期は仕方ありませんね……武術大会の期間は人が集まりますから」

「そんなに注目される大会なのか?」

「知らないですか!? ユウヤさんも参加されるんですよね?」

「まぁ、そうなんだけど……」


 知っていて当たり前という反応で返されてしまった。


「武術大会は言わばこの国の冒険者の登竜門。迷宮に挑むための許可証が手に入るこの大会は、冒険者として名を馳せるためには、必ず通らなければならない道と言えるでしょう」

 ──別に有名になりたい訳じゃないんだが……


「そして、今回の大会が注目される理由はもうひとつあります」

「もうひとつ?」

「今期の大会は年に3度行われる昇格試験も兼ねているんです!」


 マルコさんが興奮げに言うが、俺の理解は追いつけずにいた。


「昇格試験ってギルドランクのことか?」

「もちろんそうですとも。ゴールドに昇格するためにはこの大会での優勝が条件となります」

 ──こんなことランディは一言も言って無かったぞ……


「つまり……年に3人しかゴールドになれないんです! しかも! ここだけの情報ですが、ギルド登録後たったの5日でシルバーに昇格した王家専属冒険者と、あの没落貴族の剣姫が大会に参加するそうなんです。そこにユウヤさんまで参加となれば、今から興奮が抑えきれません!」

「へぇー俺は許可証貰えたらそれでいいけど」

「そこは優勝を目指してくださいよー!」


 暫く談笑しながら並んでいると、俺たちの順番になり入念な手荷物検査の末、王都に入ることが出来た。

 馬車はそのまま賑わう王都の大通りを進み、ギルドへと向かい依頼完了となった。


「皆さん短い間でしたが、ありがとうございました」

「俺ら何もしてないんだけどな……」

「俺たちは先生にお会いできて幸運だった!」

「「「ありがとうございました」」」


 ガイとロイたちがティナ・・・に頭を下げた。

 道中で魔法を教えていたティナは、いつの間にか皆から先生と呼ばれるようになっていた。


「ティナはホント教えるのうまいよなー」

「ユーヤが下手なだけ」


 皆は数日の修行で初級魔法は使えるようになっていた。


「ユウヤさんも、ご指導ありがとうございましたッ! 大会応援してますッ!」


 ガイは最後まで暑苦しかった。

 皆と別れた俺たちは、ギルドの受付へと向かった。

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