第25話 一条 蓮×異世界転移

 

「んぁー今日も疲れたなぁ」


 夕日が差し込む駅のホームで、学ランを着た茶髪の少年は、伸びをしながら呟いた。

 剣道部の部活の帰りなのか、手には竹刀と道具袋を持っている。


 快速電車がホームを通過するアナウンスが流れる。

 少年が1歩下がろうとした時、後ろの人にぶつかってしまった。


「あ、すみま──」


 そこには黒いフードを深々と被った男がいた。

 フードの隙間から嫌な笑みが見えた時、俺は線路に突き飛ばされていた。


「──えっ……嘘だろ」


 線路で立ち上がろうとする俺の視線の先には、すぐそこまで電車が迫ってきていた。

 周りの人達の悲鳴や叫ぶ声が聞こえる。


「おい! 何してんだ、ホームの下に逃げろ!」

「ヤバいヤバいヤバい……いッ!」


 焦った俺は線路に足を取られてしまった。

 咄嗟に挟まった靴を脱ごうとするが、間に合わない距離にまで電車は迫り、電車の汽笛が鳴り響く。


「あぁぁぁあああ──」


 泣き叫ぶ俺の視界は白い光に包まれ、徐々にボヤけた視力が戻り始める。


「あぁあああ……あ? どこだ、ここ……」


 俺は広大な草原で、涙を流しながら座り込んでいた。


「さっきのは夢……違う、あれは現実だ……」


 電車が迫り来る恐怖は現実だったと、鳴り止まない心臓とすくむ足が告げていた。


「じゃあ、俺は死んだのか……それじゃ、ここはあの世?」


 俺は辺りを見渡しながら呟いた。

 周りにはさっきまで持っていた、鞄や剣道の道具が散らばっていた。


「あれは……建物?」


 少し離れた所に外壁らしい、建造物が見えた。

 俺は荷物を手に持ち、引き寄せられるように建物へと向かった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 外壁は3m以上はあり、大きな円になっているのか弧を描いていた。

 俺は外壁に沿って歩いていくと、門が目に入った。


「止まれ! 通行証を提示しろ」

「え? 通行証? 学生証ならあるけど……」


 門に駆け寄ると門番らしい人に止められた。

 外国人のような目鼻立ちをしており、全身を銀色の防具で覆っている。


「む? どこの国の者だ! 名を名乗れ!」

「ここに書いてるんだけど……俺の名前は一条 蓮イチジョウ レン、国は日本しかなくない?」


 俺は手渡した学生証を指さしながら言った。


「これはなんだ? 怪しい奴だな……こっちに来い!」

「え? なに? どゆこと?」


 俺は訳もわからず、門番に連れていかれた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「この箱はなんだ?」

「それはスマホだよ。スマートフォン! 知らないの?」

「こっちの袋には武器が入っているぞ!」

「それは剣道の道具袋! 武器とかじゃないって! 見りゃわかんだろ!」


 俺は手錠をされた状態で牢屋に閉じ込められていた。

 銀色の防具を着た男たちは俺の荷物を調べ騒いでいる。


「黙れ! 騒ぐな!」


 俺が何を言っても、聞く耳を持つ様子はない。


「どうしろってんだよ……」


 俺は牢屋の壁にもたれ掛かると、小さく座り込んだ。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「これは学生証ではないか!」


 白い髭を蓄え、薄くなった頭を隠すように王冠をかぶる男が、レンの学生証を見て声を荒らげた。

 この王座にふんぞり返る男が、シグニンズ国の国王。フジワラ王である。


「陛下、こちらをご存知なのですか?」

「これの持ち主は牢にいると言ったな?」

「はい」

「すぐにここへ呼べ!」


 王は興奮しているのか、目を血走らせながら叫んだ。


「ッ!? しかし、どこぞの者とも分からぬ者と王が合われるなど……」

「私が構わないと言っているんだ。早くしろ!」

「は、はい!」


 怒鳴られた兵士は駆け足で出ていった。


「まさに奇跡だ……まだ神は私を見捨ててなどいなかったか」


 フジワラ王は1人、小さく呟き天を仰いだ。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「ここで待て!」

「わーたって! いちいち怒鳴るなよ……」


 俺は手錠をされたまま、大きな扉の前に立たされた。


「これより陛下との謁見が始まる」

「は? 謁見?」

「分かってると思うが、粗相は処罰の対象となる」

「いや、知らないって……謁見の作法なんてどうすりゃいいんだ?」


 俺は兵士に聞こうとしたが、まったく相手にされず、目障りそうな表情をしながら無視された。


「おいっ! 無視すんなよ!」

「お主、我らの言葉を理解しておるようじゃが……話せんのか?」


 騒いでいる俺に、背広を着た年寄りが話しかけてきた。


「ルピート様、おやめ下さい。錠は付けてますが、いつ暴れ出すかわかりませんので」


 話しかけてきたルピートと呼ばれる細い目付きの爺さんを兵士が止めに入った。


「大丈夫じゃ。こやつは暴力を振るったりせんて。して、言葉は話せんのか?」

「喋ってるだろ! どうして分かってくんねぇんだよ」

「キーキーうるさいのぅ……理解しておるならしっかり聞け。

 謁見が始まると扉が開く。扉の向こうには赤い絨毯が敷いてあり、王座まで繋がっておる」


 俺は静かに頷く。


「扉が開いたら絨毯の切れ目まで歩き、跪いて王座に頭を下げ、陛下が上げろと言うまで待つんじゃ。あとは質問に正直に答えるだけじゃ。わかったか?」

「ああ! 大丈夫そうだ。ありがとな、じいさん」

「何を言っておるかさっぱりじゃが、理解出来たようじゃな」

「ルピート様、何を言っておられるのです……質問に答えようにも、この者は言葉を話せないではないですか」

「ふぉっふぉっふぉ、大丈夫じゃて。心配無用じゃ」


 ルピートはそう言ってどこかへ行ってしまった。

 ──そうだ! 言葉が通じなきゃ処罰されんじゃないのか!? 状況はなんも変わってねぇじゃんか!


 そうこうしていると、謁見の間の扉が開いた。


「行け」


 兵士に背中を押され、中に進むとステンドグラスから光が差し込む神秘的な部屋が広がっていた。

 王座には大きな腹を前かがみにしたカエルのような格好で座る男がいた。

 ──あれが王様?


 王の隣には先程の背広の爺さん、ルピートが居た。

 俺は兵士に槍を突きつけられながら、絨毯の切れ目まで進み、片膝をついて頭を下げた。


「面を上げよ」


 王の低い声が広い部屋に響いた。

 俺はゆっくりと頭を上げる。


「お主はもうよい。出ておれ」

「……っ!? わ、私ですか?」


 兵士は慌てるように返事をした。


「お主以外に誰がおる」

「しかし……」

「私がよいと言っておる。さっさとせんか!」

「はっ! 失礼致しました!」


 兵士は一礼すると、部屋から出ていった。


「名前はレンで合っておるか?」

「……え、あ、はい」

「緊張しなくても大丈夫だ。私も君と同じ日本人・・・だ」

「え……どういう事ですか?」

「状況が理解出来てないのか。無理もない。このような体験はしようにもできんからな。完結に言うと君は異世界に転移して来たわけだ──」


 王様はこの世界について説明を始めた。

 ここが地球ではなく、全く違う異世界であること。

 世界には魔物と呼ばれるこの世のものとは思えない生物が生息していること。

 この世界に転移してから、自分がしてきたことを教えてくれた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「そんな……元の世界に戻る方法がないなんて……」


 そして俺は、希望を失った。

 かつて転移してきた王は、日本に帰る方法を探すために世界中を旅したそうだ。

 しかし、帰国の方法は見つからなかった。

 転移者はこの世界の人に比べ、優位な存在であるらしく、スキルと呼ばれる技能を取得するのが早いらしい。

 その優位さを使い今の地位を築いたそうだが、今の地位でも帰る方法は見つかっていないそうだ。


「無いとは言ってない。まだ見つかっていないと言っただけだ」

「それじゃ……」

「可能性はまだある」


 王様は1枚の紙切れを見せてきた。

 紙には『四つの迷宮を攻略し宝玉を集めし者の願い叶えん』と書かれていた。


「これが……可能性ですか?」

「そうだ。かつて魔物が現れはじめた時代から存在している迷宮らしいのだが……まだ誰も攻略しておらん。私にも攻略はできなかった。私がこの世界で探していない場所はそこだけだ。国内で有能な冒険者を集めて攻略をさせているが、中々進まなくてな……」

「唯一探していない場所……」

「私はもう日本に帰ることは諦めた。この世界に来て30年以上……こちらの世界の方が長く生きた。結婚もして子宝にも恵まれた。もし、帰る方法が見つかったとしてもこの国を、国民を置いて帰ることなど出来ない」

「そんな……」

「だが、レン。君のように転移してきた者がいるなら帰る手伝いをしたい。武器や防具、お金は私が支援しよう。私のような転移者が現れた時のために王家専属冒険者という地位も作っておいた。どうか、迷宮を攻略し日本に帰る方法を見つけ出してくれないか?」


 王はレンに向って頭を下げた。


「……わかりました。俺がどこまでできるかは分かりませんが、精一杯やらせていただきます」


 レンは片膝をついて頭を下げた。


「まずは部屋だな。兵士に案内させよう」


 王様がベルを鳴らすと兵士が入って来た。

 俺は兵士の後をついて行き、部屋へと向かった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「ルピートよ。あやつのステータスは見たか?」

「はい。もちろんです」

「あのユニークは使えそうだ……修練は任せられるか?」

「はッ、お任せを」

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