第23話 権利の譲渡×盗賊の娘

 

「ユウヤさん、起きてますか?」


 まだ日も昇らない早朝。

 俺は部屋の扉をノックされる音で目が覚めた。


「こんな朝早くに誰だ……」


 俺は目を擦りながら、扉を開いた。

 そこには身支度を済ませ、1枚の紙を手に持ったサンクの姿があった。


「ユウヤさん、おはようございます」

「おはよう。朝早くにどうしたんだ?」


 俺は短い挨拶をして本題に入った。


「実はギルドから呼び出しがありまして、ご連絡に伺いました」

「ギルドから?」


 俺はサンクが手渡す紙を受取り、内容を確認した。

 そこには、昨日の闘技場の件で話があるとランディのサイン付きで書かれていた。


「あー闘技場滅茶苦茶だったしな……」

「それではお伝えしましたので、僕はこれで」

「あれ、一緒に行くんじゃないのか?」


 俺はそそくさとどこかに行こうとするサンクを止めるように話しかけた。


「いえ、その……呼び出されているのはユウヤさんだけのようなので……失礼します!」

「え、俺だけ?」


 引き止める俺を他所にサンクは逃げるようにその場を立ち去った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「はぁ……」


 太陽が昇りギルドが落ちいた頃、俺はギルドの扉の前で大きなため息をついた。


「ユーヤ、入らないの?」

「いや、行こう……」


 俺はギルドの扉をゆっくりと開いて受付へ向かった。


「エルさん、おはようございます」

「……」


 いつも笑顔で挨拶を返してくれるエルさんから、冷たい視線だけが返ってきた。


「あの、闘技場って──」

「使えませんッ!」

「ですよね……」

「はぁーッ……」


 落ち込む俺に、エルさんが重くため息をついた。


「闘技場は本日より修繕工事が入ります。2,3日は使えないかと」

「……すみません」

「ご連絡が届いてるかと思いますが、マスターからユウヤさんにお話があります。ご案内しますのでこちらへどうぞ」

「はい」


 俺は覚悟を決め、エルさんの後を歩いた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 エルさんが扉をノックする音が静かな廊下に響く。


「失礼します。ユウヤさんをお連れしました」

「ユウヤ、待っておったぞ」


 ギルドマスター室の扉をゆっくりと開くと、奥でランディが笑顔で待っていた。

 俺は促されるままにソファに腰掛けた。


「エル、ご苦労じゃった。持ち場に戻りなさい」

「はい。失礼します」


 エルさんは一礼すると、部屋を出ていった。

 部屋ではランディと2人、居心地の悪い静かな空間で俺は生唾を飲み込んだ。


「ユウヤ、呼ばれた訳はわかっておると思うが──」

「すみませんでしたッ!」


 俺はランディの言葉を遮るようにテーブルに手をついて頭を下げた。


「……何を謝っておる?」

「ほぇ?」


 予想外なランディの反応に俺の声は裏返り変な声を漏らしてしまった。


「……闘技場の事で呼ばれたんだよ、な?」

「なるほどのぅ。闘技場の件で怒られると思ったわけか」


 ランディは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。


「今回ユウヤを呼んだのは魔法の取得に関してじゃ。スキルの取得方法を明確にし公表すれば修繕費など痛くないほどの報奨金がでるぞ」


 ランディは頬を吊り上げ嬉しそうに言った。


「そういう事なら、報奨金はギルドで使ってくれ」

「なッ……一生遊んで暮らせる程の報奨金じゃぞ!?」

「闘技場の迷惑料だと思ってくれればいい」


 俺は魔法スキルの取得方法に関する権利を何かと理由をつけて、カタクギルドに譲渡する事にした。

 ──遊んで暮らせる程の金額が貰えるそうだが、盗賊の捕縛で得た報酬で十分すぎるほどに金は有り余っている。それに、公表するということは取得方法だけでなく俺の名前も公になるはずだ。そうなれば行く先々で取得の指導をしてくれだの、何かと苦労するのは目に見えている。


 スキル取得の権利譲渡に関して、ランディと一筆を交わした。


「そうじゃった。お主に指名依頼が来ておったぞ」


 契約書の内容を確認していたランディは思い出したように懐から依頼書を取り出して言った。


「指名依頼?」

「内容は、北の街道を西に少し外れた森に潜む魔物の討伐依頼じゃな。魔物は『レイジングシープ』か。Cランクの魔物じゃから、ユウヤにわざわざ依頼するような魔物ではないが」

 ──北の街道か、あそこには盗賊討伐依頼で行っただけだよな。わざわざ指名依頼をして来るような知り合いもいないが……盗賊から助けた人達からの依頼か?


「受けるなら受付でエルに話しかけるといい。ああ、それとステータスの更新を忘れずにな。新たにスキルを手に入れれば随時更新する決まりじゃ」

「わかった。更新しておくよ」


 俺は依頼書を受け取って、受付へ向かった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「はい。こちらで更新は完了しました」


 ステータスの更新は簡単な物で、更新用の魔導具にギルドプレートをセットし解析板に触れるだけで直ぐに終わった。

 俺のステータスを見てエルさんが驚いていないのは、俺が魔法系スキルは殆ど隠蔽しているからだ。


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<ユウヤ>

【所属ギルド】カタクギルド<シグニンズ王国>

【年齢】18

【性別】男

【レベル】Lv.22

【スキル】短剣:Lv.2 / 双剣:Lv.1 / 料理:Lv.5 / 身体強化:Lv.4 / 威圧:Lv.2 / 縮地:Lv.2 / 火魔法:Lv.3 / 生活魔法:Lv.- / 毒耐性:Lv.2


 -----------


「指名依頼は受理して問題ありませんか?」

「ああ、問題ない」


 エルさんがテキパキと処理し始めた。


「ティナは宿で待ってるか?」

「んん。ユーヤと一緒にいる」


 ティナは少し寂しそうな表情で首を横に振った。

 ──まぁ、あれだけ魔法が使えるんだ。連れて行っても問題ないか。ヤバそうなら帰ってくればいい。


「それじゃ一緒に行くか」

「っん!」


 ティナが嬉しそうに返事をした。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「風がきもちいぃ」

「そうだな。やっぱ、バイクはいいなぁ」


 俺たちは魔導二輪に跨り、平原を走っている。

 見渡す限りの平原を疾走するのは最高に気持ちがいい。

 魔導二輪の空走モードは荒れた道でもスムーズに滑走するのでストレスがない。


「お、あの森がそうか?」


 暫く走っていると、平原の奥に森が見えてきた。


「歩いて5時間ぐらいって聞いてたが、魔導二輪ならすぐだったな。森の中は危ないから歩いて行くか」

「んー……わかった……」


 相当、魔導二輪が気に入ったのか、ティナは不満そうに返事をして魔導二輪から降りた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「ユーヤ、あそこに人がいるよ」

「え、どこだ?」


 森の中を歩いていると、ティナが茂みを指さして言ったが、人影は見当たらない。


「あそこと、あそこにもいるよ。あ、あそこにも!」


 ティナが次々と指をさし始めると、茂みや木の裏からゾロゾロと人が現れた。


「ホントにいたんだな」


 10人近く出てきたが、どう見ても盗賊にしか見えない身なりをしている。

 ──念の為、鑑定しておくか……


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【名前/性別】グラハム / 男 <盗賊>


【レベル/Exp】Lv.31 / 17914<Next:2316>


【スキル】片手剣:Lv.4 / 身体強化:Lv.2 / 威圧:Lv.2 / 挑発:Lv.2 / 生活魔法:Lv.-


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 全員確認したが、盗賊で間違いないらしい。

 ──ん? あの子は……


「バレたら仕方ないわ! あなたがユウヤね?」


 盗賊の中から一人の少女が前に出て話しかけてきた。


「そうだ。どうして俺の名前を知ってる?」

「あの女の子も攫われたのね……今助けてあげるからね!」


 少女は俺の問いに無視してティナに話しかけ始めた。


「なにか誤解してないか?」

「多勢に無勢よ! 父の仇、取らせてもらうわ!」


 少女の掛け声とともに盗賊たちが一斉に、俺たちの周りを囲んだ。

 盗賊達はジリジリと距離を詰め寄ってくる。


「ユーヤ、わたしも戦う?」

「いや、俺だけで十分だ」


 俺は短剣を鞘から抜かずに構えると、盗賊の1人に縮地で距離を詰め、みぞおちに短剣を突き立てた。


「ッ!? カハッ……」


 うずくまって動かなくなった盗賊を他所に、俺は縮地を連発し、急所に一撃を食らわせていく。


「う、嘘……1人であの数を倒すなんて……」

「どうする? 諦めて大人しく街まで着いてくるか?」

「……そんなわけないでしょッ! あなたは私が倒す!」


 俺を鋭く睨みつける少女の体から白いもやのような湯気が立ち始めた。


「あれが闘気か……」


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<闘気>

 体内に魔力を急激に巡らせて、肉体を強化する。

 発動中、常に魔力を消費する。


 -----------


「すぐに決めさせてもらうわ!」

「ッ……!」


 一瞬にして距離を詰めると、俺の顎目掛けて右足を蹴りあげてきた。

 既のところで回避し、縮地を使い後ろに回り込む……が、少女の裏拳が俺のこめかみ目掛けて振るわれる。

 血液操作ブラッドコントロールで、血を平たく変形させてガードしたが、そのまま数メートル吹き飛ばされてしまった。


「いってぇ……なんて馬鹿力だよ、笑えねぇ」

 ──血のプレート越しにも威力が伝わる程の破壊力か……直に食らうとヤバいかもな。


「私の一撃を耐えるなんて、父を倒しただけあるわね」

「だから、何か誤解してないか?」

「問答無用!」


 そう言うなり距離を詰め、みぞおち目掛けて正拳突きを繰り出した。

 俺は後方に縮地で移動し回避する。が、先を読まれていたのか、後方に回られ回し蹴りが飛んできた。

 俺はそれを血のプレートでガードし受け流す。


 しばらく攻防戦が続いたが、徐々に少女が肩で息をし始めた。体から出ていた靄も少なくなり動きが鈍い。


「そろそろ限界だな」

「そん、な……まだ仇を、討ててないのに……」


 少女はそのまま前のめりに倒れると、動かなくなった。


「魔力切れか」

「ユーヤはどうして攻撃しなかったの?」


 俺と少女の戦いを見ていたティナが聞いてきた。


「んーこの子が盗賊じゃなかったからな。なんか訳ありみたいだったしな」


 この少女は盗賊ではなかった。全員のステータスを見たとき、少女だけステータスに盗賊の文字が表示されていなかった。


 -----------


【名前/性別】ステア / 女


【レベル/Exp】Lv.32 / 22778<Next:2804>


【スキル】拳術:Lv.5 / 身体強化:Lv.5 / 闘気:Lv.3 / 威圧:Lv.3 / 生活魔法:Lv.-


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「仇が誰のことかは知らないが、とりあえず街まで連れていくか……お前らも気がついてんだろ?」


 周りで倒れたまま動かない盗賊たちに声をかけるとビクッと体を震わせた。

 一撃を入れられただけで、長時間も気を失っているわけがない、逃げる隙を伺っていたのだろう。


「お前たちをギルドに連れていく! このロープで自分たちを縛れ!」


 俺は盗賊団のアジトで拾っていたロープを盗賊たちに投げ渡した。


「分かってると思うが……逃げるなんて考えるなよ?」

「「「……ヒッ!」」」


 俺が威圧スキルを使うと、盗賊たちは小さな悲鳴をあげて、自分たちをロープで縛り始めた。

 俺は魔力切れで気を失っている少女の手首をロープで縛り、頬を軽く叩いた。


「起きろ」

「……ん」


 少女は小さく声を漏らすと、虚ろな目でこちらを見た。


「なぁ、ティナ。どうしてコイツらが隠れてるってわかったんだ?」

「魔力を持ってる人からは魔素の波? みたいなのが出てて、いっぱい魔力が集まってる所は波も大きくなるの」

「その波がティナには見えるのか?」

「ん」

 ──そう言えば魔力の流れが見えるって言ってたな。本当にティナは何者なんだ……? ノースフルに行けば分かるのか?


 俺たちはカタクヘ向けて歩き始めた。

 ちなみに、徒歩で帰ることになったのでティナは終始不貞腐れていた。

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