残された道
日の出亭の主人が長老の家に抗議をしに行ってからどれほどの時間が経ったか、やがて日が落ちようとする。また長い夜がやってこようとしているのだ。焦土に佇む「地喰い」が赤く不気味に光りだす。その時だった。
「やった、これで救われる。俺たちの希望、トゥグリだけでも・・・!」
狂気を携え日の出亭の主人が帰ってくる。だが、その面影はどこか優しい感じがするのは果たしてカケルの気のせいなのだろうか。カケルがトゥグリという名前に反応した丁度その時、日の出亭の扉が開かれ中から1人の少女が現れる。
「父さん、お帰り!話はどうだったの?」
「ただいま、トゥグリ。長老も俺の話を聞いてくれたよ。残された時間はそれほどない。明日にでも俺は王都に出るよ。待ってろ、トゥグリ。絶対に間に合わせるからな」
そう言って日の出亭の主人はトゥグリという少女を強く抱きしめる。彼は一体王都に何をしに行くというのだろうか。いやそもそも、ユタの村の外に「地喰い」がいるというのに、この状況で外に出ること自体が自殺行為だとカケルには思える。だが日の出亭の主人の鬼気迫る勢いに思わずたじろぐ。部外者であるカケルには何が起きているのか全く理解できない。置いてけぼりのカケルを残して、2人の会話は続く。
「絶対だ、絶対に俺がアムリタを手に入れてくる。安心しろ、このために金も溜めたんだ。多少友人たちに無理を言って、命の石も貰った。これは王都でも十分売れる筈だ。ユタの村の命の石は王都で人気だからな。それに友人たちだけじゃない、この村のほとんどの人が協力してくれた。トゥグリの病気もすぐに治るさ」
「ありがとう父さん!大好きだよ」
そこで親子の会話は終了する。カケルは2人の会話が何も理解できない。だがその家庭がもう少しで崩壊するのだと悟る。ふと何処からともなく、肉の焼けるいい香りが立つ。こんな遅い時間に夕食とは珍しいと感じたカケルは、瞬時に状況を理解する。何故か最後の晩餐という言葉がカケルの脳内に浮かび、思わずカケルはその場から逃げるように離れる。取り残された小さな民家では1つの家族が談笑をしている。聞こえてくるのは笑い声、そして時々聞こえるかすれた鳴き声である。
(何で、何で、何で・・・!平和なユタの村が何でこんな目に合わなきゃいけないんだ!一体この村が何をしたって言うんだ!何であのへんな模様はこの村を助けてやらないんだ、いやそもそも何でボクは何も出来ないんだ!)
逃げ続けているカケルの脳内を埋め尽くすのは、答えのない疑問ばかり。そしてふとそのすべての疑問を解決する単純明快な答えに辿り着き、足を止める。
「あぁ、そうか・・・。俺が弱いからか」
この世界がディープワールド・カードゲームのシステム通りに動いてるとして、実際に人間は生身だ。感情だってあるし、自分で考えて自分で動く。カケルはディープワールド・カードゲームのストーリーを理解していた。だがそんなもの、この世界では何の役にも立たないのだ。たった一つの未来に向けて収束する世界など、あるはずもない。カケルとてただ無気力に生きて来た訳ではない。訓練だってしてきたし、この世界に来た当初に比べれば遥かに強くなった。だがそれでも、ディープワールド・カードゲームのストーリーを知っている余裕からか、よもやユタの村がこれほどまでに壮絶な目に遭うとは考えてもいなかったのだ。カケルが真にユタの村を思っていたのなら取るべき行動は、「地喰い」が現れる前に長老に、ユタの村を捨てて逃げることを提言することだったのだ。人は死ねばそれで終わり、今まで築き上げてきた人間関係も塵となる。カケルがユタの村の人々のために出来たこと、それは必死にチュートリアルの内容を思い出すことだった。
「もう、遅いか。ユタの村が崩壊する。俺の知っていたユタの村が・・・。こんなに無力でチュートリアル1つまともにクリアできないのなら、辞めたいな。でもこれはゲームじゃないから辞められないのか」
当然この世界にリセット機能やアンインストールなどあるはずもなく、消したい記憶から逃げおおせることなど誰が出来ようか。そしてカケルはチュートリアルという言葉が出てくる自分自身に思わず辟易する。何がチュートリアルか、これ以上ないほどのリアルだ。ユタの村はカケルのために用意された舞台でも何でもない。皆生きているのだ。やるせないカケルは長老の家に向かう。せめて真実を知るために。
「カケルか、こんな夜更けにどうしたと言うのだ?そんなに苦しそうな顔をして」
「ルゥダさん、俺は知りたいんです。日の出亭の主人がここにやってきましたよね?一体何を話したんですか?日の出亭の主人の娘・・・トゥグリの病気とはいったい何なのですか」
カケルの切羽詰まった剣幕にルゥダは長い息を吐く。そして一際険しい表情をその皺だらけの顔に張り付けるのだ。
「知りたいのか?知れば後戻りは出来ぬ。いっそのこと知らなければよかったと後悔するかもしれぬ。己が無力に向き合う覚悟はあるのか?」
「・・・はい」
絞り切った返事は、それでもしっかりとしたものである。カケルとてとうに覚悟はできている、己の無力さも嫌というほど理解している。カケルの確かな返事を受け取ったルゥダは目を細めて、悲しい真実を語り始める。
「トゥグリは不治の病なのだ。生まれ持った病気でな、長く生きられない体質なのだ。徐々に体が弱っていくので最初は毒かと思っていた。だが毒消しではトゥグリの病気は治らなかった。この村唯一の魔法の扱いに長けた老婆も、匙を投げた。だが何とかして儂たちは治療法を見つけたのだ。今思えば残酷な方法だったが、それは王都にあると噂されているアムリタを使う事。果たしてアムリタがどれほど高いのか儂には分らぬ。分からない以上は無暗に希望は見せてはならないのに、あの時の儂は治療法を見つけたことが嬉しくて、ついついそのことをトゥグリの父親に喋ってしまったのだ」
ルゥダが語るは過去の後悔。カケルにとってそれは長い長い懺悔に思える。ルゥダは許しを乞うている訳ではない、ただ過去の過ちを心の中に留めておくことが辛くなったのだろう。やがて公開の気持ちを口に出し終わったルゥダは晴れやかな笑みを浮かべる。
「若者よ、人生は一度きりだ。後悔しない人生を歩むのだぞ。そして決して儂のような愚かな選択肢を選んではならない。あの小さな家庭を壊したのは紛れもなく儂だよ」
その時カケルの脳裏に前世の記憶が急にフラッシュバックする。長老の話を聞いている間、カケルもカケルで過去の後悔に捕らわれていた。何故ディープワールド・カードゲームの記憶を必死に掘り起こさなかったのか、そのことだけを悔やみ続けていた。そしてその後悔の念にカケル自身が押しつぶされそうになった時、急に忘れかけていた記憶が鮮明に思い出される。それは今の長老を救うかもしれない情報である。
〇不幸の少女 トゥグリ[条件付きモンスター] コスト1 0/6 ☆5
効果・このモンスターはいかなるHP回復効果を受け付けない。アムリタをこのモンスターに使うことで不屈の少女 トゥグリに進化する
ートゥグリ、死にたくないよー
〇不屈の少女 トゥグリ[モンスター] コスト1 6/6 ☆5
効果・このモンスターはHP2以上で戦闘不能になった時、HPが1の状態で生き返る
ー私、まだ死ねないんだー
〇アムリタ[アイテム] コスト1 ☆5
効果・モンスター1体のあらゆる状態異常を取り除く
ー神秘の霊薬ー
そうだ、トゥグリはディープワールド・カードゲームに出てきたカードなのだ。だがこの期に及んでカケルは踏ん切りがつかないでいる。トゥグリの病気は生まれ持ったもので、かといって直接死に至るものではないという事。アムリタさえあればトゥグリは不屈の強さを手に入れるという事。そして、カケル自身が運が良ければカードパックを買ってアムリタを手に入れる可能性があるという事。
(言っていいのか?俺がこれを言えば間違いなく怪しまれる。だが目の前のルゥダの苦悩を幾分かは和らげることは出来るだろう。いや、何でこの権い及んで俺は悩んでいるんだ!俺はこの村で生きていくと決めたじゃないか。残された道はこれしかないんだ)
カケルは覚悟を決める。そして自分が知っていることを全て打ち明ける。ルゥダは初めカケルの言葉を訝しげに聞いていたが、次第にそれが本当の事だと理解する。カケルの言葉を全て聞き終わったルゥダは、震える声で歓喜を露にする。
「そんな、そんなことが・・・。全て上手くいけばこの村は救われる。トゥグリの病気は完治して、それどころかこのユタの村を覆いつくしている絶望を払い除ける事さえも!よく言ってくれたカケル。儂はお主の決意を尊重する」
それはこの絶望的な状況の村に差し込んだ一条の光。少なくともルゥダにはそう感じ取れたようだ。長老として責任ある立場にいるルゥダにはこのユタの村が滅びゆく運命で、それなのに自分は何もできないという事が辛かったのだ。当たり前だ、娘のために死地に旅立とうとしている村民にかける言葉が何もなくて、一番やるせないのは他でもないルゥダ自身なのだ。だがここにきて状況は一変した。幸か不幸か、カケルが来てからこの村は劇的に変化した。
「待て、カケルがカードパックという物を買ったとして、だ。アムリタを引くのをひたすら待つ必要があるというのか?」
「それは、待つしかないと思います。でもユタの村の人たちは強い。それは肉体的だけではなく心も。きっと大丈夫です」
まだ少しばかりの不安が残るルゥダの恐怖心を、カケルは何でもないように取り払ってやる。最早カケルは旅人でも何でもない。しかとその両の眼でユタの村の人たちの人となりを観察して、そのうえで自分の秘密を曝け出したのだ。その事実がルゥダの気持ちを落ち着かせる。そしてトドメとばかりに日付が変わり、カケルの手札に1枚のカードが加わる。それが運命の分かれ道であった。
〇未完成増幅装置[アイテム] コスト7 ☆1
効果・デッキの☆5カードを全て引く
ーラッキーセブン、ガガガー
ふざけた説明文、高すぎるコスト、☆1特有の誰が使うのだというほどの使いにくさ。だが効果は絶大で、それこそ今のカケルにとっては喉から手が出る程欲しかったカードだ。カケルの頬を冷や汗が流れる。武者震いで体が妙な反応を起こしている。舞台は整ったのだ。単に運がよかったわけではない。カケルが今まで真面目にルピーを貯めて、アイテムの使用等も最小限に抑えて、そしてようやく辿り着いた一筋の光明。
「・・・探していたカードを引きました。今から一世一代の博打を始めます」
カケルのその言葉にルゥダは緊張した面持ちでコクリと頷く。ルゥダが頷いたのを確認してから、カケルは震える手でカードパックをタップする。購入するパックは一番高い5枚入り4000ルピーのカードパック。カケルのほぼ全財産を投入する代わりに、入っているカードはすべて☆5だ。カケルがパックの購入ボタンを押すと、場違いなカプセルトイが投影装置に映し出される。次の瞬間にはカケルが宙に突き出した4000ルピーが消え去り、ハンドルが自動的に回されている。やけに軽快な音楽が流れ始め、カプセルが5個放り出される。やがてカプセルが開き―――――
〇老兵 ガルガン[モンスター] コスト3 4/8 ☆5
効果・このモンスターは陣地に攻撃するとき、攻撃力+1
ー今の時代は平和すぎる、それがいいー
〇誰かの隠れ家[陣地] 体力7 ☆5
効果・プレイ時、カードを5枚引く
―今は忘れ去られた誰かの家―
〇溶けない氷棺[スペル] コスト青・青・青 ☆5
効果・任意の陣地を選択する。選択された陣地およびそこにいるモンスターは行動およびリリースが出来なくなる
―次の瞬間には時が止まる―
〇星を紡ぐ者[モンスター] コスト2 4/4 スペル赤 ☆5
効果・プレイ時、全ての陣地に4ダメージ
―星の輝きのように、命とは儚いのです―
〇増幅装置完成版[アイテム] コスト7 ☆5
効果・デッキの☆5カード以外は全て☆5カードに変化する
ー世界システムにログインしますー
―――――そこにカケルが探し求めたアムリタは入っていない。瞬間、カケルは体中の血の気が引く感覚に襲われる。ルゥダからは投影装置の中身が見えないが、それでも絶句するカケルを見て全てを悟ったようだ。だがこれで諦めるルゥダではない。カードパックというこの逆境を覆せるかもしれない手段が目の前にあるのだ。ルゥダは急いで家の中に入り、少しして慌てた様子で家から出てくる。その手には箱があり、ルゥダが中を開けるとそこには少なくない量のルピーが入っている。
「これは儂の全財産だ。と言ってもアムリタを買うと言ったトゥグリの父親に多額のルピーを渡したから、少ししか残っていないがな。儂は自分が不甲斐ない。金だけ渡して「地喰い」が棲む焦土を歩かせようとしたのだからな。儂の全財産、全て使ってくれて構わない。頼む」
ルゥダの心からの願い、その願いにカケルは苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべながら、首を左右に振る。カケルの投影装置にはエラーが表示されており、これ以上カードパックを引けないことがわかる。エラーの内容は枚数制限。☆6カードはデッキに1枚しか入れられず、☆5カードもデッキに5枚しか入れられない。今カケルは☆5が5枚入りのカードパックを買ったので、もうデッキの☆5上限枚数に達してしまったのだ。無情にもエラー表示だけが赤く点滅している。ユタの村は破滅に向かうのだ、その未来を悟り長老は絶望の表情を顔に張り付ける。それにつられてカケルも絶望の表情を浮かべる。何よりも許せないのは所詮チュートリアルだと侮ってユタの村という居心地のいい空間の中でのうのうと訓練という名のぬるま湯に浸かっていたこと。そして☆5カードを引きながら、あの「地喰い」を打ち倒す明確なビジョンがまるで見えてこないこと。その不甲斐なさにカケルは額に青筋を立てながら歯軋りをする。崩れ落ちるカケルとルゥダを後目に太陽は上り、何の変哲もない朝がやってくる。朝一でユタの村を旅立とうとする一つの影。手には村民から譲りうけた沢山の贈り物を携えて、ユタの村から男を見送る数多の視線に応えるように片手をあげて、その男は旅立つ。
死ぬんじゃねぇぞ、必ず帰って来いよ、トゥグリを泣かしたら承知しねぇ。そんな励ましの言葉に軽く答えた男は旅立つ。日付が変わってカケルが引いたカードは☆5の老兵ガルガン。アムリタでこそないが、陣地に大ダメージを与えることが出来るモンスターだ。カケルは最後の力を振り絞ってガルガンを召喚しようとする。だがまたエラー表示が出てきて、召喚できないとなる。最後の希望を失ってカケルは遂に心が折れたのだ。今から死地に赴こうとする一人の少女の父親にカケルは何の言葉もかけてやれない。果たしてユタの村からの応援の言葉は何時まで続いただろうか。兎に角大きな声でいつまでも続いたようにカケルには感じられた。やがて日の出亭の主人が乗った馬車は焦土に差し掛かり、獲物に反応した「地喰い」との追いかけっこが始まる。その頃には村民のエールも凄まじいものになったが、暫くしてそのチェイスに終止符が打たれた時、村は静まり返り、何処からともなく「男の約束を反故にしやがって」という言葉が聞こえてくる。そこから人知れず鳴き声が伝播する。皆静かに泣く、全ては悲報を少しでも長くトゥグリに悟らせないため。カケルのかって知ったるユタの村が消えてゆく・・・。
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