この村で生きるという事

老婆に緑の魔力があることをみて貰ったカケルは、一旦その場をお開きにすることにして、魔法の練習は後日行うという事になった。太陽が沈み始めて皆寝る時間になったからだ。カケルは今日も住処である洞窟に戻る。マウリがカケルの事を心配するが、カケルもルピーがないのでこれしかとる道はない―――というのは表向きの理由で実際にはカケルは食事代などで多少使ってもまだ4000ルピーを持っているのだが、裏の理由は少しでも長くの時間をモンスターたちと共有したいというカケルの個人的な理由である―――というと、マウリは納得したように頷くのだ。夜も更けたころ、カケルは洞窟に戻ってくる。


「ただいま、我が家」


ユタの村での生活は毎日が濃密な時間で、1日1日思い出がある。だから1日も経ってないのにカケルは洞窟に帰ってくると、新鮮な気持ちになる。早速カケルは投影装置を眺める。今カケルの手札は7枚、つまりあと少しで日付が変わると、手札が溢れてしまうのだ。早速カケルはカードを使う。


「自然の治癒、これがいいな。丁度俺が緑の魔力を持っていることが分かったし、クエストもこれでクリアできる」


〇自然の治癒[スペル] コスト緑 ☆1

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つのHPを2回復する

ー淡い光があなたを包み込むー


カケルはスペルの効果を読むと、迷うことなくウッドゴーレムに使う。直後、ウッドゴーレムを淡い光が包み込み、森狼につけられた傷が塞がれていく。ウッドゴーレムが驚きの表情でカケルを見た気がする。傷つき具合でいえばウッドゴーレムよりカケルの方が傷ついているからだ。だがそれでもカケルは後悔はないといった顔でウッドゴーレムを見つめる。


「ナイト、これからもよろしく」


そのカケルの言葉にナイトは大きく自分の腕で胸を叩く。任せろ、と言っているのだろう。そんなナイトとカケルの掛け合いに、1匹寂しく赤の地を守っていた働き蟻が大きい触角をカケルに押し当てて抗議する。モンスターは人間の言葉を発さないが、感情はある。カケルは言葉を交わさずともモンスターとの会話を楽しむことが出来るのだ。最早一般的なモンスターを手足のように扱うモンスター使いとは異なると言って差し支えない。さて話は戻すが、これでカケルはクエストを達成した。ジャイアントラットの巣を破壊した時と同様に目の前に500ルピー硬貨が現れるが、カケルは前回と違い微妙な顔でその硬貨を受け取る。前までのカケルならばこの報酬が目当てだったが、今やカケルにとって報酬の大小は大した問題ではなく、実際に自分がこの世界で生きるための術を与えてくれるこのクエストこそが素晴らしい存在であるのだ。だからこそ不可解なのである。


(俺は何でこの世界に呼ばれたんだ?魔王を倒せと言うけれど、魔王の存在がなんなのかさえ俺にはわからない。それにこのディープワールド・カードゲームのシステムは俺にのみ作用する様だけど、俺の代わりはいくらでもいるって変な模様のやつは言ってたよな。俺以外にもこの世界に飛ばされた人たちがいるのか?)


カケルは深く考え込むが、いくら考えてみても答えは出てこない。恐らくカケルをこの世界に呼び込んだ変な模様のやつに聞かなければ、一生かかってもこの疑問の答えは出てこないだろう。だが無理やり人を巻き込む奴が他人の質問に答える筈がないとカケルは諦める。そんなことを考えているうちに日付が変わり、新たに1枚のカードが手札に加わる。


〇命の石[アイテム] コスト1 ☆2

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つの最大HPを+1して、その後HPを1回復する

ーユタの村は恒久にー


カケルはそのカードを見て驚きを露にする。地球ではカードの説明文など覚えていなかったから、まさか命の石がユタ村の特産品だとは知らなかったのだ。そして、同時に思い出してしまったのだ。このユタの村がこれから迎える運命。チュートリアルという避けて通れぬ一本道で遭遇する災厄に。カケルの心の動揺を具現化するように投影装置にクエストが表示される。


クエスト:地喰い

内容:「地食い」を倒すこと

報酬:???の記憶


何だこのクエストはとカケルは歯軋りをする。チュートリアルをここまで忠実に再現する必要などないだろうと誰にでもなく怒鳴りたくなる。だが同時にこれがサブクエストではなくクエストであることが、避けて通れぬ道であるという事実を無理やりカケルに認識させる。「地喰い」、それはディープワールド・カードゲームの世界において災厄と呼ばれるモンスターの内の1つである。基本的にカードのレア度は☆1~☆5まであるのだが、災厄は例外の☆6である。強さも桁違いであり、並のカードでは歯が立たない。だが災厄には制限がある。デッキに1枚しか入れられないことと、災厄モンスターカードは大会で優勝した者にのみ渡されるという事だ。そして過去の大会での優勝者は再び大会に参加することが出来ないというルールまで加わっている。つまり災厄は1人1枚までしか持つことが出来ないのだ。ここのルールに関しては運営は特に厳しく、災厄の売買を行おうとした者は訴えると強気の姿勢で一貫している。因みに「地喰い」はアメリカ人プロのアンドレ―が所持していた。当時子供であったカケルもあの大会の事は鮮明に覚えている。試合前の意気込みでアンドレ―は不治の病にかかっていると言ったのだ。そして死ぬ前に何かでかいことをやりたいとも言っていた。勝負は終盤までもつれ込んだが、結果は条件付きモンスターを育てたアンドレ―の逆転勝ち。カケルがディープワールド・カードゲームを始めるきっかけとなった大会であった。


話を戻す。「地喰い」はチュートリアルで戦うのだが、まともにやりあっても勝ち目は一切ない。唯一の勝機は「地喰い」がいる陣地のHPを削ること、それだけだ。だがディープワールド・カードゲームの世界ならいざ知らず、実際の現実世界で一体誰が災厄に挑もうというのだろうか。


〇地喰い[モンスター] コスト30 50/50 ☆6

効果・このモンスターはいかなるカードの効果も受けない

ー生きた伝説ー


〇伝説の地[陣地] 体力50 ☆5

効果・この陣地には「地喰い」のみ存在可能


投影装置に伝説の地と「地喰い」が現れる。場所はボードの中心部分、前にジャイアントラットの巣が現れた場所と同じだ。直後、大きな鳴き声が響き渡り空気が震える。慌ててカケルが洞窟を飛び出すと、ユタの村の近くに焦土が現れており、その真ん中に真夜中でも遠目からわかるほどに赤く光る「地喰い」が焦土から上半身を覗かせている。下半身が地中に埋もれているであろうそのモンスターは、見る人を絶望に叩き込むほどの威圧感を放っており、遠くから見ているだけのカケルでさえ思わず直視できずに目を逸らす。見た目はワームの様ではあるがその赤く発光する体躯と、龍のような顔、そして表面を覆う固い鱗はまさに災厄の名に相応しい。どう足掻いても勝てないとカケルは本能的に悟る。そして外に出たことでユタの村が騒がしくなっていることにも気付き、カケルは急いでユタの村に向かう。


「非常事態だ!いきなりモンスターが現れた。恐らくユタの村が造られて以来最大級のモンスターだ。各自警戒を怠るな!」


村に着くとマウリが怯える村民たちに指示を出している。誰もが生で災厄を見たことがないので、村は混乱に陥っている。村の衛兵であるマウリの言葉の効力も、絶対的な力に怯える民衆の前では無力である。その時、大きな声と共に村民に活が入れられる。


「皆の者鎮まれぃ!」


その言葉に思わず全員が押し黙る。言葉の主は長老であるルゥダだ。ルゥダは低い声で場を掌握する。


「儂は長いこと生きてきたから分かる、あ奴は災厄と呼ばれるモンスターだ。安心せい、あの巨躯を支えているのは奴がいる焦土だ。その焦土の範囲外に奴は移動できない。巨躯に地面が耐えられないからだ。放っておいても無害なのだ」


ルゥダは流石長老というべきか、貫禄があるしいざという時の判断力も備わっている。そして事実、ルゥダの見立ては正しい。「地喰い」は強力なモンスターではあるが、そのコストゆえに存在出来る陣地は伝説の地、ただ一つである。村民も長老の言葉に納得したのか皆安心したようにそれぞれの家に戻っていく。嵐のような一夜が終わり、また何事もなかったかのように朝日が昇り始める。日が昇っても「地喰い」は何事もないかのようにユタの村の近くに居座ったままである。


(もしかしてこのクエストの内容が正しければ、「地喰い」を倒さないと永遠に居座り続けるのか?)


カケルはふと不安に駆られる。ディープワールド・カードゲームのシステムを踏襲しているのはカケルのみである。いうなれば「地喰い」はカケルがいたから現れたと言っても過言ではない。カケルの頬を冷や汗が流れる。放っておいたらいつか消える筈だとカケルは自分自身に言い聞かせるが、答えはとっくに分かっていたのかもしれない。そうやって何日が過ぎ去っただろう。カケルは手札が溢れないように次々とカードを使った。赤の地には新たに兵隊蟻、森狼、マイコニドを召喚した。


〇働き蟻[モンスター] コスト1 1/1 ☆1

効果・死亡時プレイヤーのHPを1回復する

―働き蟻はポーン―


〇森狼[モンスター] コスト1 2/1 ☆1

ーその身は森の写し鏡ー


〇マイコニド[モンスター] コスト2 2/3 ☆2

効果・召喚時、同じ場所にマイコニドを1体召喚する

ー菌は増殖するー


本来ならばカケルの護衛に数匹召喚してもよかったのだが、今カケルはナイトとの親睦を深めたいと考えているので、敢えて自分の護衛をナイト一匹にしているのだ。これで赤の地の合計コストは7になり、あと3コスト分の余裕しかなくなった。更には命の石もカケルは自分自身に使った。これでカケルの最大HPは12となった。なお、現在のカケルのHPは10であり、残りのアイテム使用コストは6である。


〇命の石[アイテム] コスト1 ☆2

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つの最大HPを+1して、その後HPを1回復する

ーユタの村は恒久にー


またこの間にカケルは新たに3枚のカードを引いた。運が悪いことにカードのかみ合わせが悪いが、それでもカケルにとっては貴重なカードだ。だがそれは同時にカケルの山札が減っていっていることも指している。


〇未知なる予言[スペル] コスト青 ☆1

効果・デッキに☆5カードを1枚生成する

ー世界は収束するー


〇背水の陣[陣地] 体力15 ☆1

効果・この陣地は手札をすべて捨てることでプレイできる

ー自ずから退路を断つー


〇怒りの石[アイテム] コスト1 ☆2

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つの最大HPを-1して、その後1ダメージ

ーガナスの村は破滅の運命ー


山札がなくなってもカケルは死ぬのだ。何とかしてルピーを得てパックを買わないといけないのだが、如何せん「地喰い」が現れてから、人間たちの行動は制限されている。ユタの村から王都に行くことも出来なければ、逆もまた同様に無理なのだ。「地喰い」が現れてから数日しかたっていないが、人々の精神的疲労感は途方もなく膨れ上がっている。


「この睨めっこはいつまで続くんだろうな」


ある日の訓練中、マウリがカケルに話しかける。勿論話の内容は最近現れた災厄、つまりは「地喰い」の事だ。村民の疲労もピークに達している。村のそこかしこで音を上げている人も現れてきている。ふと日の出亭の主人が心底疲れた顔で現れる。


「本当だよ、一体この現状はいつまで続くんだ?うちの商売も上がったりだし、金銭的余裕もなくなってきた。久しぶりに来た王都からの行商人も「地喰い」を見て驚いた様子で帰っていった。この村はもう誰も寄り付かなくなるのか?」

「そんなことは無い、これは悪夢だ。ただの夢さ、いつかは消えてなくなるだろう」


疲れ切った主人のボヤキにマウリが根拠のない慰めの言葉を投げかける。だが事はそう簡単にいかないという事をカケルは知っている。今のこのユタの村の惨劇はカケル自身が引き起こしたものなのかもしれないという恐怖感さえカケルには湧いてくる。出来る事ならば「地喰い」を消す方法は倒すしかないと言ってしまいたいのだが、それをしてしまうとユタの村の人たちが更なる絶望に陥るのは目に見えている。それに何でそんなことを知っているのだとカケルが詰め寄られるだろう。だからカケルは動くことが出来ずに、そのもどかしさに苦悶の表情を浮かべる。


「なぁ兄さんは冒険者なんだろ。その、無茶な相談だとは思うがあの「地喰い」をどうにか出来ないか?兄さんはルフを狩ったことがあるんだろう?頼むよ、このままじゃどうにかなってしまいそうだ」

「俺には、どうにも出来ません」


縋り付く日の出亭の主人の言葉にカケルは唇を噛み締めながら返事をすることで精いっぱいだ。人間とは無力である、そして無力であるにもかかわらず、多くを望んでしまう生き物なのだ。日の出亭の主人はマウリ曰く金にがめつい人間、つまり言い換えれば自分の気持ちに素直な人間だ。それが悪いとは思わないが、人々の不満が表に現れたら、それは弱さに早変わりする。


「くそっ、俺は長老に直談判するぞ。このままじゃ壊れちまう」


そう言った日の出亭の主人が長老の家に向かったのはある種当然と言えよう。残されたカケルとマウリは、仕方ないといった風に諦めて、今自分たちに出来ることをする。


「カケル、魔法習得の進み具合はどうだ?順調か?」

「順調じゃないですね。挫折ばかりです。今までスクロールに頼って生きてきたツケを払わされていますよ。魔法の習得がこれほどまでに難しいなんて思いもしなかったですよ」

「まぁな、一朝一夕で魔法を習得できるはずがない。魔法の訓練も肉体の訓練も、結局は一緒さ。焦ることは無い。時間はいくらでもあるさ。そう、いくらでもな・・・。「地喰い」は襲ってこないだろう。問題はこの村の住民の忍耐力がどれほどあるかという話だが、いくらとち狂っても災厄に手を出す愚か者はいないだろうな」


そう言ってマウリがあっけらかんと言い放つ。マウリは随分とこの村を信じているようだ。その目は希望に満ち溢れている。カケルの目から見てもマウリは自由奔放という言葉が似合う人間だと感じている。「地喰い」が間近にいるというのにこの落ち着きようは、恐ろしいとさえ思える。マウリは、いやマウリだけでなくこの村の多くの人間が「地喰い」について何の情報も持っていないというのに、長老の言葉を信じて堂々と振舞っている。この村は狂言状態に追い込まれて、閉鎖空間独特の狂気の様相を呈している気がする。


(この村がバラバラになる、そんな気がする。だが俺にはどうすればいいか分からない。一体どうすればいいんだ?)

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