新たな、道

「カケル、体力は順調についているみたいだな」

「マウリさんが稽古を見てくれているからです、ありがとうございます」

「なに固いこと言ってるんだ、俺とカケルの仲じゃないか。そうだ、今日は気分転換に村の中を散策してみないか?」

「いいですね」


マウリがカケルにそう提案したのは、カケルがウッドゴーレムにナイトという名前を付けた翌日である。日を跨いだことにより、カケルの手札は上限いっぱいの7枚になっており、その日の内に手札が溢れるのだが、カケルはマウリとの時間を優先することに決めたようだ。そのカケルの応えにマウリは満足そうに頷く。因みに引いたカードは☆2のカードである。


〇サソリの毒[アイテム] コスト2 ☆2

効果・モンスター1体に【毒】を与える。もしくはモンスター1体の【毒】を取り除く

ー毒は薬、薬は毒ー


余談ではあるがサソリの毒はコスト2でありながら、2つのうち好きな効果を選べる使い勝手の良いカードだ。そしてこのカードを引いたことでカケルの生存確率は格段に上昇した。一応ユタの村には医者もいるし毒消しも売っているのだが、如何せんどちらも今のカケルにとっては中々手が出せないのである。そしてカードである以上、手札上限こそあるものの嵩張ることもないので、村の外で毒にかかっても安心できるのだ。


「それでは今からユタの村の観光案内をさせていただきます。案内係はこのマウリです。ご客人、どうぞよろしく」

「・・・よろしくお願いします」


いきなりマウリが片膝をつき恭しく頭を下げると、思わずカケルは苦笑する。マウリが茶目っ気たっぷりにウィンクをしていたのも大きかった。もうカケルは客人扱いではない、という事の裏返しだからである。


「まずここ、俺らがよく知る日の出亭。主人は商売人気質で、抜け目がない。守銭奴だ」

「うわぁ・・・この案内人ずばずば言うな」


マウリはそんなことを言うが、カケルはマウリの茶番に付き合う事を決めたようだ。辺鄙な村ならではの、空気感というものをカケルは感じ取れるようになってきていた。そして2人の茶番は止まることを知らず進んでいく。戦いの中にその身を置いてこその冒険者であるが、戦い続けではいつか心が壊れる。厳しい訓練の合間の茶番劇も、リラックスのみならずカケルがこの村に馴染めるようにとマウリが考えたもの。それならばカケルも無下に出来る筈もない。


「次はここ、長老のルゥダの家。偉い人だけど、鼻にかかるようなことは言わない人。優しいね!」

「この案内人能天気だなぁー」


そんな感じで仄々と、流れるようにサクサクと解説がなされていく。マウリは本気で解説する気など微塵もなかった、習うより慣れろの精神だから。それに、マウリの口から説明を受けるよりもカケルが自分の目でこのユタの村を見た方が良いとマウリは信じていたから。そしてそれは事実、カケルをこのユタの村に繋ぎ留めておくためには効果的であった。カケルは好き好んでこの世界に来たわけではなく、正義感や使命感の一つも持ち合わせていなかったが、ただこの村の雰囲気がカケルの心を揺らすのだ。


「ここは婆さんが一人でやってる魔道具屋。噂じゃあ婆さんは魔女だって説もあるみたい」

「こらマウリ、誰が魔女じゃ」

「やべっ、聞こえてた」


古びた魔道具屋の奥から初老の女性が出てくる。そしていかにも演技のようなしわがれ声を出してマウリを威嚇する。それに対してマウリもマウリで大袈裟にやってしまった感を出している。カケルはその光景に思わず笑ってしまう。


「何ですか2人して。即興漫才ですか」

「おいおい、即興じゃないぞ。この婆さんが30ぐらいの時から練習をしていた漫才だ」

「女性の年齢をずけずけと言うんじゃあないよ!」


2人の漫才は続く。それはこのユタの村の時間の流れの穏やかさに似て、ゆったりと流れていく感覚がカケルにはする。思わずカケルはニコリと微笑む。カケルにとって当初、この世界は厳しい世界であった。命が当たり前のように消えていく弱肉強食の世界で、それでも強く生きる生き物達に憧れすら抱いた。そして守られているばかりではないと気付いたのだ。何気ない漫才に、カケルはこのユタの村が自分自身を歓迎してくれているのだという確かな感覚を得る。


「あ、今は婆さんと無駄話をしている暇はないんだった。婆さん、ずばりカケルの事をみてくれよ」

「何だい、そっちから振っておいてその態度は。まあいいさ、みてやるよ」

「みる?何をみるんですか?」

「アンタの魔力の色と量を見るのさ。生物の中には生まれつき魔力を持っている個体がいてね、生まれた時の魔力の色と量で扱える魔法が変わるのさ。魔力の色には緑、赤、青の3種類があってね、それぞれ回復、攻撃、補助と分けることが出来るんだよ。偶に複数色持っている個体もいるし、中には3色全て合わさった白色の魔力の波長をもって生まれてくる個体もいるんだ。あと大事なのは魔力量。例えば同じ赤の魔力でも、魔力量が少ない個体はファイアースピアを使えて、魔力量の多い個体はファイアートルネードを使えるのさ」


老婆の言葉はディープワールド・カードゲームにおいて基本的なスペルの使い方である。要するにコスト赤・青・緑のスペルなどはスペル赤・青・緑を保持していないと使えないし、コスト赤・赤・赤のスペルはスペル赤・赤・赤を保持していないと使えない。因みに老婆が口に出したファイアートルネードという魔法は非常に強力なものだ。


〇ファイアートルネード[スペル] コスト赤・赤・赤 ☆3

効果・1つの陣地を選択する。その陣地に4ダメージを与えて、そこにいるすべてのモンスターに4ダメージを与える。

ーすべての命は平等に燃え尽きるー


今カケルは赤の地に働き蟻を置いている、つまり保持している扱いなのでコスト赤のスペルを使うことが出来る。それ以外にもカケルは自分自身の能力を把握していない。唯一分かっているのは生命ポーションの効果で最大体力が11だということ。それ以外は何も分からない。自分自身の攻撃力がどれほどあるのか、特殊な力を持っているのか、魔力はあるのか、全て分からない。これは元々ディープワールド・カードゲームの世界ではプレイヤーはあくまでプレイヤーであったので、戦いに参戦することは無かったからだ。だが老婆に魔力を見て貰えるのだと言うのならば、カケルにとっても渡りに船である。


「是非見てください」

「言われなくても見るさ、マウリの友達なんだろ?自分の魔力を知っておくのは大事なことさ。マウリを悲しませるんじゃないよ」


そう言って老婆がカケルの目をのぞき込む。それと同時にカケルは言いようのない嫌悪感に襲われる。心の深いところまで見られている、そんな感覚に陥る。カケルが強張ったのを見てマウリが後ろで頷く。


「分かるよ、嫌な感じするよな。だがこれは冒険者としてやっていくには必要なことなんだ。体力だけあれば何とかなるって世界じゃない。自分に出来ることと出来ないことを知っておくだけで、生存率は段違いだ」

「みえたよ、アンタは弱い緑の魔力を持っている。簡単な緑の魔法程度なら練習さえすれば使えるよ。それにアンタは・・・いや、何でもない」

「良かったじゃないか、魔力を持っていない生き物の方がはるかに多い状況で緑の魔力を持ってるなんてツイてるぞ」


マウリがカケルの緑の魔力を純粋に祝福する。老婆が何かを言いかけていたのはスルーして、何事もなかったかのように取り繕う。この狭い村では何でもない隠し事が、まるで災いかのように人々の目には映る。老婆が何かを見たとしても、口に出さない方がいいこともあるのだろう。それにカケルが魔力を持っているという知らせは吉報である。事実、カケルが召喚したモンスターは今のところ魔力持ちはいない。魔力持ちというのは珍しいのだ。実際にはカケルは赤の地の効果も合わさって赤と緑が合わさった黄色の魔力の波長を纏っているのだが、どうやらディープワールド・カードゲームのシステムはカケルにしか作用していないようだ。


「でも魔力があると分かっても俺は魔法の使い方なんて分かりませんよ。前にルフを仕留めた時に使ったのも使いきりのスクロールみたいなものです」


そう言ってカケルは店に並べられている魔法陣が描かれている紙きれを見る。紙きれとは言うが中には魔法が込められており、例え魔力の波長が合わなくとも1回だけなら紙に込められた魔法が発動するスクロール。カケルのスペルカードと使い方は同じである。店にはほかにも魔導書も置いてあり、魔力があるカケルなら魔導書を読めさえすればその魔導書に載っている魔法を使えるはずなのだが、いかんせんカケルはこの世界にやってきて日が浅い。当然地球では魔法の習得の練習などしたこともなかったので、今カケルは狼狽している。だが老婆はいたって冷静に魔法の極意を教える。


「いいかい、魔法ってのはアタシ達がこの星の力を少しだけ借りる事なんだよ。魔法は万能じゃないし、生まれ持って魔力を持っていない生物も多くいる。それは完全に運なんだけど、魔力を持っている人達は元々感情豊かだと言われているんだ。その感情が漏れ出てこの星がそれに応えてくれるんだとさ。例えば回復の力である緑の魔力を持ったアンタは、他の命の痛みに共感できるんだろうさね。アタシは青の魔力を持ってるよ。まぁ、それでこんな仕事に就いたのかもしれないね」

「成程・・・」

「因みにマウリは魔力は持ってないよ。マウリは昔から頭が固いから仕方ないさね」

「婆さん、カケルに何を吹き込んでるのかな?」


カカカッと笑う老婆にマウリが額に青筋を立てながら抗議の声を上げる。だがその漫才の最中でありながらカケルは不思議な気持ちになる。魔力があって嬉しいという気持ちよりも、この力を使うことで自分に何が出来るかを今のカケルは考えている。それが酷く不思議である。地球にいたころのカケルは所謂引き籠りで、間違っても誰かのために自分が頑張るなどという選択肢は選ばなかった。選んでこなかったからこそ孤立したともいうが、とにかく彼の居場所はインターネットの世界しかなかったのだ。それが別の星に飛ばされてからは彼の目にはすべてが新鮮に映った。大自然の優雅さと弱肉強食の無常さ。そしてそれでも親は子に、老人は若者に、そしてプレイヤーは召喚したモンスターに・・・何かを託すのだ。今のカケルにはまだその具体的な答えは見つかっていない。だが不思議と緑の魔力を持っていると言われた時に、カケルはそれをすんなりと受け止めた。緑の魔力を持っている、そんな気がしていたのだろう。


(俺はウッドゴーレムにナイトという名前を付けた。それで終わりじゃない、互いに守り守られていく存在になるんだ。俺だけの力、この緑の魔力で俺がナイトを支えていく)


新たな道は開かれた。それはただ時が来て自動的に開いたものでもなければ、周りに流されて開かれたものでもない。何でもない日本人が今確かにカケルとなって、自分自身の手で切り開いた道なのだ。

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