冒険者らしさ

時間というのは緩やかに流れながら、時に残酷に経過していく。昨日に戻りたいと願ってみてもそれは叶わぬのならば、ウッドゴーレムにもいつか終わりが訪れる。だが、その時に心の底から泣き叫びたい、喪失感に苛まれて、それを糧に生きる希望としたい。それがカケルの考えとなった。ただの☆2のモンスターカードでもなければ、主人のためにせっせと働く駒でもない。今はまだカケルの方が弱いし守られてばかりだが、いつか一人前の冒険者になるのだとカケルは誓った。


「はぁ、はぁっ!」

「ラスト20周!」

「ぜんっぜん!ラストじゃ、ない!」


カケルは汗だくになりながら懸命に足を動かす。それを遠くからマウリとウッドゴーレムが眺めている。カケルはマウリの休憩時間に、彼の監視の元、特別に稽古をつけてもらっている。と言ってもまだ体力作りから抜け出せていないが、それでも体力がついているのは誰が見ても明らかだ。カケルの名がユタの村に広がる間に、カケルは4枚程カードを引いたが、それでもなおカケルは訓練を投げ出すようなことはしていない。手札には余裕があるにもかかわらず訓練をやめないカケルは、およそ地球にいたころでは想像もできない程である。今カケルの手札は6枚である。ディープワールドカードゲームの世界では手札の上限は7枚であり、手札を減らさないと明後日には手札が溢れるのだが、今のカケルはそれよりももっと大事なことがあるのだ。因みにカケルの今の手札は既に持っていた兵隊蟻と自然の治癒に合わせて、新たに引いたカードを足して下記の様になっている。


〇兵隊蟻[モンスター] コスト2 2/2 ☆1

効果・死亡時相手プレイヤーに2ダメージ

ー兵隊蟻はルークー


〇自然の治癒[スペル] コスト緑 ☆1

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つのHPを2回復する

ー淡い光があなたを包み込むー


〇働き蟻[モンスター] コスト1 1/1 ☆1

効果・死亡時プレイヤーのHPを1回復する

ー働き蟻はポーンー


〇森狼[モンスター] コスト1 2/1 ☆1

ーその身は森の写し鏡ー


〇水の流れ[スペル] コスト青 ☆1

効果・手札を1枚引く

ー止まることなく流れ続けるー


〇マイコニド[モンスター] コスト2 2/3 ☆2

効果・召喚時、同じ場所にマイコニドを1体召喚する

ー菌は増殖するー


働き蟻と森狼はカケルもよく知るカードであった。どちらも小回りが利いて使いやすいカードだ。水の流れに関してはコスト青なので、今のカケルにとっては意味のないカードである。スペルコストには赤・青・緑のほかに白も存在する。白は赤・青・緑をすべて揃えるかもしくはスペル白を持っているカードがないと使用できないが、その分強力である。それぞれの特徴として、赤は攻撃系、青はドロー系、緑は回復系であり、白は上記全ての特性を併せ持っている。マイコニドに関しては実質的にはコスト4の4/6モンスターであり、それだけ見ればルフの方が優秀であるが、2体召喚という強みがある。ディープワールドカードゲームの世界では強力なモンスター1体がいたところで、攻撃できるのはモンスター1体か陣地1カ所となるので、逆にカウンターで大打撃を食らうという事もしばしばあった。それならばモンスターを無視して陣地を攻撃すればいいと考えるだろうが、【守護】という効果を持っていたり、または【守護】を与えるカードがディープワールドカードゲームの世界には大量に存在した。【守護】持ちを倒さないと陣地に攻撃を加えることは出来ないという仕組みで、数日前のカケルなどは喉から手が出るほど欲しいカードであった。また、大型モンスターはスペル1枚で簡単に倒されることもあり、いかにモンスターを展開するかが非常に重要であった。勿論この世界では並み居るモンスター全てを倒さないとモンスター使いであるカケルに攻撃を加えることは出来ない、というような事はない。しかしながら、2体召喚カードは壁になってくれるモンスターが増えるという事もあり、今のカケルにとってはありがたいカードであった。


だが、そんなカケルの生存の可能性を高めるようなカードであっても、カケルは召喚に踏み切らなかった。それは己の迷いを断ち切るため、マイコニドを召喚すれば、カケルはマイコニドに頼ってしまい、訓練を続ける必要性を失ってしまうから。故にカケルは引いたカードを1枚も使わずに、今日も訓練を続けているのだ。


「おぉ、やっとるなあ。頑張れよ、若造!」

「無茶はし過ぎないようにしてくださいね。まぁ無駄でしょうけど。一体いつまで野宿をするつもりなんですかね」


ギルドの解体作業員が豪快に笑い飛ばし、受付が眼鏡をあげながらカケルに忠告する。この世界は地球の世界ほど技術は発展していないが、眼鏡はあるようだ。カケルがプレイしていたディープワールド・カードゲームの世界観も、古めかしい設定ではあるが眼鏡はあったり衛生管理はしっかりしているなど、ちぐはぐな部分があった。それはVRだから、プレイヤーに不快感を与えないための設定なのだが、この世界には色々な種族の生き物がおり、特に物づくり等はファンタジーの定番であるドワーフ達が得意であった。そのおかげで、カケルは洞窟暮らしという点を除けば、生活面において不自由なく暮らすことが出来ている。尚、ギルドの受付が忠告したようにカケルは節約のためにまだ洞窟生活を続けており、そのせいか快適な過ごしは出来ておらず体力も未だに9のままである。数日前に森狼につけられた傷はもう少しで治りそうではあるし、今のところ戦闘系のクエストは発生していないのでカケルはそのことは気にしていなかった。


「よしカケル、昼飯にしよう」

「はい」


マウリとも仲良くなったようで、前の様な君という2人称ではなく、カケルは名前で呼ばれている。昼飯はどうやら日の出亭でとるようだ。宿屋と言うのは基本的には食事処と兼業であり、夜になるとそこは酒処に変貌する。先ほど言ったように衛生管理は行き届いているので、幸いカケルはまだ食あたりにあたったことはない。カケルとしても日の出亭に泊まりたいのだが、何にしてもルピーが足りないのだ。一応モンスター使いとして、村の護衛のために村長であるルゥダから少しばかりのルピーが出されている。しかしそれは全てウッドゴーレムの手柄であり、カケルが稼いだとはとてもではないが言えないのである。


「ウッドゴーレム、いつか恩返しするから」

「おいおい兄ちゃん、まだ名前を付けていないのか?いい加減つけてやったらどうだ」


日の出亭の主人が茶々を入れてくる。それに対してカケルは少し戸惑った後に、こう答える。


「名前は決めたんですけどね、受け入れてもらえないんです」

「ほぉ、試しに言ってみろ」

「朴念仁と木偶の坊。2つ考えたのに、どっちも首を横にふるんです」

「・・・」


カケルのその言葉に日の出亭の主人は絶句する。カケルの横で昼飯を食べていたマウリも思わずカケルを見るが、当のカケルは何がいけないのか分からない、といった表情を浮かべている。マウリが恐る恐るウッドゴーレムを見やると、そこには表情を押し殺したウッドゴーレムが殺気を込めた視線をカケルに向けていた。うわぁ、と思わずマウリが小声でウッドゴーレムの心境を察したのは無理もない事であろう。マウリが日の出亭の主人に目をやると、丁度日の出亭の主人もマウリの事を見ていた。そこで2人は互いに目配せして、この状況を打破する道を探る。


「兄ちゃん、いいネーミングセンスだな。どれ、俺も名前を考えていいか?」

「あっ、それだったら俺も名前を一緒に考えますよ。カケル、どうだ?」

「一緒に考えてくれるなら有難いです。あ、でも、ウッドゴーレムはそれで不満はないかな?」


カケルがウッドゴーレムを見ると、ウッドゴーレムは凄まじい早さで首を縦に振っていた。それでウッドゴーレムも異論はないという事で、3人、いや日の出亭の主人とマウリは名前を考え始める。そして一つの結論が出る。


「無難にナイトでいいんじゃないか」

「ナイト、ですか?」

「あぁ、兄ちゃんを守りながら、兄ちゃんもナイトを守る。ピッタリだろ」

「そう、ですね。ナイトにします。ナイト、これからもよろしく。頑張ってナイトの力に頼りきらずに、特訓を重ねるから。それまでは俺の事を守って欲しい」


カケルのその言葉にウッドゴーレム、いやナイトは何回目とも知れぬ胸を叩くポーズをとる。それが嬉しかったのか、カケルは任せろと言わんばかりのナイトに、少しばかり心を預けることにした。頼りきることはしない、ただ頼りにしているという事を隠すことなく伝えられるカケルとナイトの関係性は、最早パートナーと言って差し支えないであろう。日の出亭の主人とマウリがやれやれと言った感じで息を吐いている。


「兄ちゃん、また金が入ったらウチを御贔屓に。どうぞよろしく」

「ちゃっかりしてやがる」


日の出亭の主人が商売人の顔になってニコニコと笑顔をはりつけてカケルに迫り、それをマウリが咎める。カケルは確かにこの村に馴染んでいるのだ、野宿しているので少しばかり変人の様な扱いを受けてはいるが、カケルにとっては地球の様な息苦しさや忙しなさを感じないユタの村は、とても居心地の良い場所であった。そしてそのゆったりとした空気は、カケルの心境にも変化を与えていた。モンスター使いでありながら、長老の忠告を受けてモンスターに頼り切らない事を誓ったカケルは、誰かに頼り切らないという処世術を学んだのだ。故に、前に長老からこの村の護衛役を頼まれた時も、二つ返事で承諾をしなかったのだ。


(訓練は厳しいけど、それもナイトと長くいるためだ)


冒険者らしさとは、見た目や格好に表れるものではない。気の持ちよう、心の変化こそが一番冒険者になるにあたって必要な要素だ。カケルはその点でいえば、もう浮かれたような気持ちもなければ、モンスターに丸投げして自分は楽に生きるようなこともない。戦いの中にその身を置いてこそ、冒険者と言えるのだ。厳しい道のりでも、パートナーがいれば可能性は無限大であり、そのパートナー認定のきっかけこそが名付けなのである。長老のルゥダの言葉はカケルの心に変化を与えるには十分であった。

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