貧すれば鈍する

「ルピーだ。何をするにしてもルピーがたりない」


深刻な顔で男は目下の課題に気付く。デッキ切れになれば男は死ぬ。カードショップでカードを買わなければいけないが、最低でも500ルピー、ユタの村で安全な宿に泊まるには700ルピー、ユタの村から抜け出して王都に行くには1200ルピー。男はサブクエストで得た500ルピー硬貨1枚を眺めて覚悟を決める。


「今日も野宿、だよなぁ・・・。洞窟は寒いけど死ぬほどじゃあない。それに王都までの値段なんて聞いてバカみたいだ、ルフを狩るのにウッドゴーレムとスペルカードに頼ってる状態で王都なんていけない」


男は理解している。今の男には力もなければ覚悟も足りない。結局森狼にしろルフにしろとどめを刺したのはウッドゴーレムであり、今の男はせいぜい囮程度にしか役立っていない。男とて地球ではディープワールド・カードゲームをやりこんだ身なので、ゲームのシナリオというのは大体把握している。


(確か12章あたりくらいで王都に魔王軍が押し寄せる筈だ・・・。12章ってこの世界だといつだ?もう魔王軍に王都は攻められたのか、それともこれからなのか?分からないが今のままで王都に近付くのは自殺行為だ)


男はディープワールド・カードゲームを遊んでいた時の記憶をたどる。ユタの村という単語も男の記憶の片隅に引っ掛かる。思い出した、と男は口にする。


(確かユタの村はチュートリアル用の場所だ)


毎ターンジャイアントラットを召喚するジャイアントラットの巣の破壊はターンの概念を覚えるためと、相手の陣地の破壊を覚えるため。当然チュートリアルはこれでは終わらない。男は再度記憶をたどる。


(確かこの後アイテムの説明とスペルの説明が続いたはずだ。だが中身までは思い出せない)


男は髪をかきむしる。考えねばならない事が多すぎて考えがまとまらないのだ。だがすぐに投影装置の存在を思い出し、気にする必要はないかと考え直す。はたして男の思惑通りに、暫くすると男の投影装置が振動を始める。前回と同じ、サブクエストの発生を知らせるものだ。男があれこれ悩まずとも、ゲームのシステムを汲んでいるのなら、ユタの村にいる限りはチュートリアルが順番に進められていくはずなのだ。男は自分の考えが合っていたことに安堵しながらサブクエストの内容を読む。


サブクエスト:アイテムとスペルについて

内容:アイテムとスペルの使い方をマスターする。手札に無骨な長剣と自然の治癒を追加するので、それらを使うこと。

報酬:500ルピー


「やった、追加カードだ!」


男は思わず喜びを声にするが、慌てて周りを確認する。幸いにも誰にも聞かれていないようで、安心して男は投影装置を確認すると、手札は3枚に増えていた。


〇無骨な直剣[アイテム] コスト1 ☆1

効果・モンスター1体の攻撃力を2上げる

ーどこにでもある基本的の剣ー


〇自然の治癒[スペル] コスト緑 ☆1

効果・プレイヤー、陣地、モンスターいずれか1つのHPを2回復する

ー淡い光があなたを包み込むー


(どちらも有難いカードだが、剣はウッドゴーレムが使えるのか分からない。それに自然の治癒はそもそもプレイが出来ない。困った・・・)


男は思い悩むが、とりあえず無骨な剣をプレイすることを決めたようだ。周りに誰もいない事を確認すると無骨な剣をプレイする。すると男の目の前に剣が具現化される。これで使ったアイテムの総コストは3、今の男の体力は9なので、後6コストまではアイテムが使えることになる。そして男は無骨な剣をウッドゴーレムに差し出すが、なんとウッドゴーレムは首を横に振る。


「えっ、ちょっと、剣使えないの?」


男は焦る。それもそのはず、ウッドゴーレムが剣を使えないとなると残るモンスターカードはどう見ても剣など使えないであろう蟻しかいないのだから。男は必死にウッドゴーレムに剣を押し付けるが、2Mを超えるウッドゴーレムにとって長剣などは玩具の様なもので、ウッドゴーレムは殴ったほうがはやいのだ。途方に暮れている男の元に交代したのだろうか、見慣れた衛兵が通りかかる。


「おや、君はモンスター使いの・・・。剣なんて持ってどうするんだ?もしかして君本人が使うのか?」

「え?えぇ、実はそのつもりで。ウッドゴーレムにまかせっきりは危なっかしいので」


チラチラとウッドゴーレムの方を見ながら男が答える。どうやら先ほどの剣使用拒否が効いたようだ。ウッドゴーレムが抗議のために軽く男を殴るが、男は素知らぬ風といった様子だ。その男の言葉に衛兵はまた感心する。


「ほぉ、スペルだけでなく武術まで!君は本当にすごいな、普通モンスター使いはモンスター任せなんだよ。別にそれは悪い事じゃないけど、本人が強くなるに越したことはない。君は強くなるぞ!」


咄嗟に放った男のウッドゴーレムへの嫌がらせの様な答えに対して、衛兵はいたく感心する。そしてこんなことを言い放ったのだ。


「どうだろう、今から俺と一緒に詰所で剣の練習をしないか?」

「い、いいですよ?」


引き際を見失った男がその言葉を承諾したのは必然であろう。呆れた顔をウッドゴーレムが男に投げ掛けている。そして暫くして、男は軽はずみな言動を後悔することになる。


「体力がたりていないから剣に振り回されるんだ!基礎的な力をつけないとどんな剣を握っても意味がないぞ!ほら、あと10周!」

「し、しぬ・・・」


元々地球では運動的が得意ではなかった男は、剣の練習をしても剣に振り回されてばかりであった。そして今、男は衛兵に言われて詰所の敷地である運動場を走り回っているのだ。汗だくになりながら、それでも懸命に走っている。この世界に連れてこられた時に強制的に着けさせられていたこの世界の標準的な服は、お世辞ではないが運動に適しているとは言えない。見れば男の服は汗を吸い、体に纏わりついている。だが今の男に替えの服を買わないといけない、などという別の事を考える余裕はなかった。男は死にそうになりながら残りのノルマをこなす。


「ぜぇ、はぁ、はぁ・・・う、うっぷ」

「おー、よく乗り切ったなぁ。君、根性あるよ。そういえば名前を聞いてなかったな。俺はマウリって言うんだ、よろしくな」

「あ、俺はカケル、です・・・」


まだ運動のダメージを引きずっているカケルは何とか声を絞り出す。すると最後にマウリが爆弾発言をカケルに言い渡す。


「カケル、また明日もやろう。続ける事が強さの秘訣だ」

「・・・はい」


ニコリと笑うマウリの圧に押され、思わず承諾してしまう男、もといカケル。だが、いくら苦しいといえども強さには代えられぬことは、当のカケルとて百も承知である。ルフ1匹狩るのにファイアースピアとウッドゴーレムを使い、それでも無傷とは言えずなけなしの生命ポーションさえ使ったという体たらく。冒険者としてルピーを稼ぐには強くならねばならないのだ。


(強くなってやる)


貧すれば鈍するとは言うが、カケルをとりまくこの状況は窮鼠猫を噛むという諺の方が相応しいのかもしれない。見境なしで、ただただカケルは必死なのだ。地球では感じられなかった明日への不安と先行きの見えぬ恐怖。そしてそれに抗うための藻掻き方。カケルは弱肉強食の世界に自ら飛び込む覚悟を決めたのだ。


(そうだ、もう解体は終わったのだろうか)


運動に夢中だったせいで、気付けば日が傾きだしている。カケルは思い出したように、重い足を引きずりギルドを目指す。カケルがギルドに到着すると、そこには先客がいた。ユタの村にいながら、身なりはそこいらの村人より少し豪華な初老の老人。ギルドの受付役の腰が低いので、おそらくこの村での身分は高いのだろう。


「お主か、このルフを狩ったのは」

「あっ、そうです。私とこのウッドゴーレムが狩りました」

「はは、なに、そんなに固くなる必要はない。儂はこの村の長老のルゥダと言うのだが、お主、名は何という?」

「えっと、カケルです」

「カケルか、モンスター使いは久しぶりに見るな、お供はそのウッドゴーレム1匹なのか?」

「今のところはそうですね。ただ、衛兵のマウリに稽古もつけてもらっています」

「ほぉ」


カケルのその言葉にルゥダの目が細くなる。ルゥダの横にいるギルドの受付と解体作業員も一瞬驚いた顔をした後、ニヤリと笑っている。


「誰が呼んだかモンスター使い、だがその実、人間がモンスターを支配していると言うのは自惚れなのだよ。もうウッドゴーレムには名前を付けたのか?」

「いえ、それはまだ・・・」

「はやいうちに名前を付けなさい。モンスターは主人を守るが、主人もまたモンスターを守っているのだよ。そのウッドゴーレムはお主がいなくなれば、居場所を失うのだ。カケル、お主がモンスターの居場所になれるようなモンスター使いになる事を祈っているぞ」

「!」


ルゥダの忠告はカケルの心に深く突き刺さった。周りにいるギルドの受付と解体作業員も、ルゥダの忠告にしきりに頷いている。その忠告を受けて、カケルは感無量といった体で、何も言えずに押し黙る。


(何が閉鎖空間だ、狭いコミュニティーだ。初めて出会った人にここまで言葉をかけられるなんて、日本では無かったぞ)


カケルは震える。そしてルゥダの忠告の本質を理解する。カケルはこの世界に来て日は浅いにも関わらず、密度の濃い生活を送ったのだ。それゆえに分かるのだ、ルゥダの忠告にこの世界の掟である弱肉強食という概念が確りと入っていることを。ディープワールド・カードゲームの世界ではゲームコンセプトでありながら、最後の最後まで経験できなかったモンスターと共に成長するという事。出会いがあれば別れもある、だがその別れの時に心の底からモンスターへ感謝の念を捧げられること。そのためにも共に歩むモンスターに名前を付ける事が、最初の一歩となる事。


「ルゥダさん、ご忠告ありがとうございました」

「年寄りの戯言だ、気負う事はない。あぁ、そうだ。ルフの羽は儂が買い取るぞ、服屋に持ち込んで装飾品を作ってもらうからな。これで日の出亭に泊まれるのではないか?お主が強くなるのなら村の護衛を依頼する代わりに、宿代も補填するぞ?」


至れり尽くせりだ、これは辺鄙な村に現れた珍しい冒険者への待遇なのか、ただ年寄りが若者にお節介を焼いているだけなのか、それともモンスター使いでありながらルゥダが好きなモンスター任せにしないスタイルだからなのか。カケルは答えを知る由もないが、厚意に甘えてばかりもいられない。厚意に身を任せると、カケルの成長はそこで止まってしまうから。


「すいません、ご厚意は有難いのですが、まだまだ俺は人間的にも未熟なので、この村の護衛を任されるほどの力もなければ覚悟も足りていないです。暫くは野宿をしながら鍛錬を重ねて、自分自身に納得がいくようにします」


カケルのその心意気にルゥダの目は今日一番細くなる。ルゥダはカケルの心意気を尊重する様で、カケルにルフの羽の分の代金を払うと、最後に言葉を残す。


「儂はあそこの周りより少し高い家に住んでいる。もし何かあれば、また尋ねなさい」


そう言い残し、ルゥダはこの場を去る。残されたギルドの受付と解体作業員が、労いの言葉と共にカケルの背中を叩く。カケルの今日の収入はルフの肉と羽の売り上げから解体料を引いて、それでも4000ルピーが入ってきた。だが大金を得たというのに、今のカケルにとってはそれよりもユタの村の住民がカケルの事を受け入れてくれていることの方が嬉しい。カケルはユタの村に徐々に染まりつつあった。

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