#6

 店内はとても静まり返っていて、知る人ぞ知るといった雰囲気を醸し出していた。

「おっ! アリスちゃん、いらっしゃい!」

 とても強面な顔付きに、店内なのにサングラスという、明らかに、あからさまに、非日常を生きていそうな店主が気さくにアリス先輩に話しかけてきた。

「店長さん、こんにちは。いつものやつを2つ」

 と、アリス先輩はピースサインを店主に見せた。

「あいよ! それで隣の奴は…‥男……」

 僕の顔を目がけて、サングラス越しにもわかる、ギロリとした目つきで睨み付ける。

「アリスちゃん、この甲斐性なしの優男がアリスちゃんの彼氏って言うならやめときな」

 甲斐性なしの優男と本人を前にして凄い言われようである。

「あはは、店長さん、やだなー私に彼氏は今のところはいませんよ。彼は学校の後輩です」

「おう、そうかいそうかい、なら、いいんだ」

 店長はどすの利いた声から、さっきまでの、先程までの、優しい声に戻ると、僕のすぐ横まで近付いて、耳打ちをした。

「おい、アリスちゃんが可愛いからって変な気を起こすなよ? アリスちゃんに何かあったら、お前のソレ、切り落とすからな」

「はい………」

 そう言って店長は厨房へと戻っていった。




「あはは、店長さんの言うことは気にしないで」

「は、はい」

 額に滲んだ冷や汗を拭う。

 緊張で渇いた喉を水で潤してから、

「どうして今日会ったばかりの僕にここまでしてくれるんですか?」

「えー? 後輩を可愛がるのは先輩の仕事でしょう? そこに理由は必要ですか?」

「いや、だって、おかしくないですか? 僕たち今日、なんなら数時間前に初めて会ったばかりなんですよ? お互いに貸し借りなんてあるはずもないですし、逆にここまでしてくれる理由がない……ですよね?」

「うーん、そうとも言いますかね。では、こういうのはどうでしょう」

「?」

「無償の優しさ」

 なんてことだろうか。

 そう言った彼女の姿はまるで聖母のようであった。どこか薄暗いこの店のテーブルの一角に凄まじい光が輝いて見えた。

 彼女は、アリス先輩は、神様か何かなのだろうか。

「他には私から械機くんに逆ナンパをしたということでも構いませんが、どれにしますか?」

「じゃ、じゃあ、無償の優しさで……」

 逆ナンパされたなんて立場を獲得してしまっては、僕のソレが、僕のナニが、僕のボクが、あのサングラスのいかつい大将に切り落とされかねないからだ。

「そうですか、それは少し残念な気もしますね」

 アリス先輩は本当に残念そうな表情を浮かべている。この人の考えていることは全くもって読めない。



 そんな会話を、こんな会話を、あんな会話を、どんな会話を、している僕たちのテーブルに全長40センチはあるだろうかというどんぶりが2つ、運び込まれた。

「先輩、これは………?」

「これがこの定食屋の名物なんです。その名もスキダ丼だそうです」

「スキダ丼?」

 なんとも形容し難い名前をした丼には、トンカツ、海老フライ、海老天、麻婆豆腐、回鍋肉、カレー、かき揚げ、焼き肉、唐揚げ、出汁がしっかりと染み込んでいそうなスクランブルエッグ、ウインナー、その他諸々、まさにありとあらゆる丼の"好き"がこれでもかと集約された丼は、好きな食べ物を一気に食べたいという夢が敷き詰められていた。詰め込まれていた。注ぎ込まれていた。

 ただこんなにも野球で言うところのエースしかいないチームで、全員ピッチャーで勝ち上がって来ましたみたいな選手ばかりを集めたチームで、本当に美味しいのだろうか。

 単体でも、単騎でも、日頃から十二分な活躍を見せているスーパースターたちは喧嘩することなく、互いを尊重し、引き立たせ合うことができるというのだろうか?

「それじゃあ、食べましょうか」

「は、はい」

「「いただきます」」

 アリス先輩はフォークとスプーンが合体したような、どちらかというとフォーク寄りなスプーンで豪快に食べ始めた。

 僕はとりあえず、とんかつを一口。

「うまっ」

 続け様に、焼き肉、唐揚げと口に運ぶ。

「美味しい………」

 これはあくまでも僕の勝手な想像なのだが、こういう詰め合わせ丼というのは、一つ一つで見ると、それなりの出来で、まとめて潰し合わないように作っていると思っていた。

 しかし、だがしかし、これは違う。

 一つ一つのメニューがちゃんと美味しいのである。

「でしょう? 私これが大好物なんです!」

 僕の反応を見たアリス先輩はとても嬉しそうな表情でそう言って、ウインナーを頬張った。

 ただ、ただただ、気になることがある。

 アリス先輩はこのお店の常連客なのだろうか?

 仮にそうなのだとしたら、よくこんなカロリーの化け物、カロリーの怪物、カロリーの化身、カロリーの悪魔、カロリーの暴力、旨味あぶらしかないこの食べ物をよく食べて、ここまでスラッとした、可愛らしい体型を維持できているというものであった。

「アリス先輩はここにはよく来るんですか?」

「ええ、週二では必ず来ています。お恥ずかしいながら、このスキダ丼を食べないと力が出なくて……」

「な、なるほど………」

 彼女は好きな物を食べるために、体型維持のための努力をしているということなのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る