#4

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「それじゃあ、行ってきます」

「うん、いってらっしゃいな」

 朝食を終え、現在時刻は午前7時半過ぎ。このアパートから学校までは、地図アプリで確認するに徒歩30分程度と表示されている。今からのんびりと桜景色さくらげしきを眺めながら歩けば、丁度の良い時間になるだろう。

 そんなわけで、こんなわけで、あんなわけで、どんなわけで、いよいよ学校へ向かう。


 朝御飯を食べ、頭は冴え渡っているはずなのに、午前中を生き抜く体力は出来上がっているはずなのに、何故なのか身体は思うように軽くはない。昨日の電車を降りた時のような弾みはない。

 そんな足取りを引き下げて学校に向かっていたはずが、どうしてなのか、何故なのか、僕は今、本屋の前に立っていた。

「何やってんだよ僕は……」

 お姉さんはもういない。

 それは何度も確認せずとも、昨日、ハッキリとキッパリと、嫌と言うほど認識させられたではないか。

 なのに、それなのに、僕はどうしてこんなところにいるのだろうか。



「あら、どうしたの?」

 ガラガラと昔ながらの引き戸が開き、本屋の少女ルキアが顔を覗かせた。

「あ、いや、なんでもないんだけど」

「また来て欲しいとは言ったけれど、昨日の今日、その早朝なんて、よほど好きなのね。本が」

「あはは、どうだろう」

 僕は頭を掻いた。

 すると、ルキアは僕の服装に焦点を合わせた。

「その学生服、ヨウは学生だったんだね」

「うん、そういうあなたは学生じゃないんだな」

「ええ、私はこう見えても学生じゃないのよ」

 こう見えても、そう見えても、どう見えても、いないのだが……。

 でも、確かにてっきり僕と同い年くらいかと思っていたが、どうやら彼女は歳上の女性のようだ。

「ねえ、学校が終わったらまた来て。ヨウともっとお話がしたいな」

「わかった。何もなければ立ち寄ることにするよ」

「うん、待ってるね」

 このような意味合いのやり取りを、やり繰りを、7年前にもしたような気がするのは気のせいだろうか。

 アパートから本屋までは徒歩10分程度。本屋から学校までは徒歩40分、急がば回れとも言うが、それにしても随分と遠回りをしてしまったものだと、我ながら愚かであった。


 スマートフォンの時計と地図アプリを交互に睨めつけながら、どうにかこうにか、今日から僕が通うことになる雨陽あまび高校に辿り着けた。漕ぎ着けた。

 学校内の至る所に貼り付けられている親切の塊である、入学式会場を指し示す用紙に従いながら、体育館へと向かう。

 体育館に向かう、最中さなか最中もなか

「君、新入生?」と、声をかけられた。

 声は優しさと優しさと優しさを掛け合わせたような、優しい声をしている。

 まさか声をかけられるなんて思ってもいなかったため、僕は驚いたように身体をビクリと反応させてしまった。

 慌てて声のする方へと身体と目と顔を、それぞれ違う方へと向けた。

「あ、はい。そうです……けど、えっと、どちら様………ですか??」

「驚かせてしまってごめんなさい。私は2年生の黒崎くろさきアリスと申します。2年生ということは貴方の先輩にあたりますよね?」

 と、最後の一文が何故か疑問系な先輩は、眼鏡をかけ、いかにも優等生のような見た目をしたそんな女子生徒であった。

「はい、そういうことになりますね」

「そうですよね、間違えたらどうしようと思いましたよ」

 先輩はとても安心したような表情を浮かべた。

「…………」

「ああ、呼び止めてしまってごめんなさい」

「い、いえ、でも、どうして僕に声をかけたんですか? その、僕以外にも新入生は一杯、それこそ山のようにいるというのに、どうして」

「うーん、どうしてですかね? でも、たまたまではないと思います」

「?」

「あはは、ごめんなさい! 先輩に声をかけられて戸惑っていますよね! ささっ! 遠慮しないで体育館へどうぞ」

「は、はい……」

 桜の木の下で、とても不思議な人に出逢った。




 それから、これから、あれから、どれから、入学式は順調に、順当に、執り行われた。

 一体全体何体、どれくらいの生徒が聞いているのだろうかというような長く長ったらしい校長先生や来賓の方々の有難いお話が終わると、教室へと連れて来られ、これから1年間、共に学ぶ学友たちとの顔合わせと、担任教師の紹介が行われた。

 僕たちの担任となった先生は、教育実習を終えて間もないような、僕たちとそこまで年齢が離れていないのではと、思わせるような若々しい女の先生であった。

「皆さん、こんにちは。今日から1年間、皆さんの担任を務めることになった、不破ふわシノブといいます。私も赴任してきたばかりで実は皆と同じようにこの学校のことをよく知らないの。だから、皆と一緒に覚えていきたいな。よろしくねっ」

 不破先生は男を骨抜きにする強力なウインクを挨拶がわり放って見せた。

 そんな先生の姿に思春期真っ盛りの男子たちは何やらゴソゴソと落ち着きがない。

 これでは猿の様であった。

 まだ知り合いでもないというのに、既に男子生徒の中で不破先生ファンクラブなるものが発足したのは言うまでもなかったが、言わなければわからないので、言っておくしよう。

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