#3
本屋を後にした僕は、失意の中、今日からお世話になるアパートへと向かう。
駅から本屋に向かった時の足取りと比べると、明らかに、あからさまに、重く苦しい。
まるで重りでも付いているのかと思えるくらいに重たい。
「まさか、お姉さんがいなくなっているなんて、想像もしてなかったよ………」
想像していなかったし、いなくなるなんて疑う余地もなかった。
何故なら会いに来て欲しいと言ったのは、お姉さんからだったからだ。
確かに僕が勝手に何も言っていない、お姉さんに会いに来たのなら、そういうこともあるだろう。
しかしだ、だがしかしだ、僕の青春を、僕の思春期を、僕の恋心を、煽り立てたのはお姉さんなのではないだろうか?
そう思った時、ある言葉が頭によぎった。
《建前………》
もしかしてお姉さんは寂しがっている僕を慰めるためにそんな言葉を言っただけで、本当は………。
「いやいやいや、僕がお姉さんを疑ってどうするんだよ………」
そうだ、僕がお姉さんを信じないでどうするというのだ。
でも、それでも、一度落ちた影と、疑念は、どれだけ頭の隅に追いやっても、拭い去ることはできなかった。
午後6時---
とても暗いというわけでもないが、春と言えどまだ冬が明けて間もない今は、やはりまだ暗さを感じる。
大家さんにアパートの鍵を貰う。
「アンタかい、今日からうちに入居するっていう子は」
大家さんは、よくオバチャンと称される典型的なそれであった。
空気感を良い意味でも、悪い意味でも、無視していく話し方、声のトーン、エトセトラ。
ただ見た目はとてもすらっとしていて、昔は美人だったのだろうと思わせてくれるような、夢を見させてくれるような、そんな見た目をしている。
それでも纏っているオーラや雰囲気は完全にオバチャンである。
「よろしくね、届いた荷物はもう中に入れといたからね」
「あ、ありがとうございます」
仕事が早い。
「どうしたんだい? なんか元気ないねえ」
「あ、いや、そんなことはないですよ?」
「そうかい? それならいいんだけど、明日から学校なんでしょうから、しっかりと休みなよ?」
「はい、ありがとうございます」
こうして鍵を受け取ったことで、今日から晴れて僕は一人暮らしをすることになったわけだが、初日にしてその意味を見失いつつある。
既に運び込まれているベッドに飛び込む。
ベッドはフカフカで、フワフワだった。
目を閉じると、7年前のあの日のことが、つい昨日のことのように思い出される。再生される。
---
「あれ? 寝ちゃってたのか………」
スマートフォンの時計に目を向けると、目をやると、時刻は21時を示していた。
外はさっきとは、先程とは、18時の時とはまた違った混じり気のない闇になっているのが、すぐにわかった。
しかし、だがしかし、何もすることなく眠ってしまったとは言えど、ここから何かをする気にもならない。
無気力というやつだろう。
そしてどうして無気力なのかも、容易に見当がついた。
失恋………ではない。
失恋ではない!
僕はまだこの恋を失ってはいない。
この恋を失ったつもりはない。
だから、なので、これは失恋による無気力ではない。
決してない。
「んじゃ…‥なんだってんだよ………」
自分でそんなことを考えながら、否定して、また肯定して、せっかく肯定したことを、また否定して。
僕は何がしたいのだろう。
これではまるで、恋に悩む乙女のようではないか。
《注意!
ポケットから肌身離さず、持ち歩いている御守りを手に取る。
「はあー………」
御守りを眺めてもため息しか出てこない。
そっとポケットに戻した。
結局、失った、失せてしまった、やる気と元気を取り戻すことは叶わず、そのままベッドで眠ることにした。
次に目が覚めた時には、闇は薄闇と朝闇と、弱い光が混ざり合い、融け合ったような、幻想的でありながら、当たり前のような、朝方になっていた。
スマートフォンの時計は4時半を示している。
本屋から帰宅してというもの、何もせず、何もすることなく、就寝したため、通常よりも早い目覚めとなった。
「今日は入学式だって言うのに……」
気持ちがスッキリとしない。
真新しい制服を取り出し、袖を通す。足を通す。
「着替えたは良いけど………」
現在時刻は午前5時。
登校するには早過ぎる時間帯である。
今のうちから登校して学校で待ち構えていては、どれだけ高校が楽しみだったんだ、や、入学式から張り切り過ぎでは? と思われかねない。
さて、さてさて、どうしたものか。
朝の身の振り方を考えること、数分、
ピイーンポオーン
と、部屋の呼び出し音が鳴らされる。
こんな朝早くから誰だろうか?
僕にはまだ家に遊びて来てくれるような友人をこの街で作った覚えはない。
その後で昼下がりに出逢った本屋の少女を思い出すが、家を訪ねる間柄でもなければ、家を教えていない以上、遊びに来ることも不可能であろう。
故に彼女が来ることはない。
恐る恐る扉穴から確認すると、大家さんであった。
大家さんであることが判明すると、慌てて扉を開ける。
「ど、どうしましたか?」
「昨日はぐっすり眠れたの?」
「ええ、おかげさまで」
「それならよかった。よかったら、朝御飯食べて行かない?」
「え、いいんですか……?」
「本当は昨日も夕方に一度声をかけに来たんだけど、反応がなかったから寝てたみたいだったし、元気出すためにも、食べない?」
「いただきます」
こうして僕は1階にある大家さんの家で朝食を取ることになった。
正直お腹も空いていたし、時間も持て余していたので、これはとても嬉しい。
「ほらほら、遠慮しないで食べなさいな」
テーブルに焼き鮭、サラダ、豆腐に味噌汁、白ご飯ととても美味しそうな献立が湯気を立ち上らせては並んでいる。
「いただきます」
両の手を合わせて、お箸を持つ。
味噌汁をひと啜りして、サラダ、豆腐、焼き鮭と、順々に口へ運んでいく。
「美味しいです」
「それはよかった、白ご飯と味噌汁はおかわりあるから言ってね」
「はい、ありがとうございます」
僕は年上の女の人を好きになりやすいのだろうか??
ふと、不意に、そんなことを思っていた。
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