#2
「いらっしゃい」
「えっと、ここで働いていたお姉さんって………逆にいらっしゃらないですか??」
「うーん、知らないけど、誰それ?」
タメ口なの??
仮にも一応、お客様という
「あ、あれー、おかしいなー、お前はここで働いていたはずなんだけどなー」
僕もどこか白々しいような、大根役者のような、よくわからない言葉遣いになってしまっている。
「それでその人を私は知らないんだけれど。これであなたの用事は終わり?」
「お、」
終わった。色んな意味で終わった。
では、ではでは、お姉さんは一体全体何体、どこへいってしまったというのだろうか?
「まさか……7年という年月は長過ぎたってことなのか………!?」
「あの、、君、大丈夫??」
「大丈夫じゃ……ないです……」
想定しいなかった展開なだけに、お姉さんが僕に何も言わずに姿を消したという展開なだけに、僕はもうメンタルが、心が、精神が、崩壊寸前であった。
「なんだか知らないけれど、いま紅茶を淹れたから、飲んでいく?」
「すいません……」
「あ、飲んでいくのね」
紫の髪の少女は玄関で、オープンの看板をクローズにすると、本屋の2階に僕を招き入れてくれた。
「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます」
紅茶をひと啜り。
温かくて、美味しくて、懐かしい味がした。
「それで君が探してた、誰だっけ?」
「お姉さん」
「うーん、よくわからないわね。その人がどうかしたの?」
「えっと実は昔、約束してて、大きくなったらまた会おうって。それで高校進学を機にここに戻ってきたので、顔を見せに来たら、いなくなってたみたいな? 君になってたみたいな?」
「ふーん、私の前任がどうとかは知らないのだけれど、それ完全に愛想尽かされてるってことじゃないかしら?」
それだけはわかっていても、口に出してほしくなかった。明確にしてほしくはなかった。
「………」
「………ま、まぁ恋なんてそんなものじゃないかしら? 男の子なんていっぱい恋をする獣のような生き物なんだし、別の恋を探したら??」
「………それちょっと……」
裏切られたからと言って、裏切るというのはそれ違う気がする。それに嫌われたからとか、フラれたからとか、そんな理由で僕は相手のことを嫌いになれるような器用な生き方はできない。
だって、ここまで好きで生きてきたんだから。どうしてフラれたくらいで、裏切られたくらいで、嫌いになれるものかと。
僕はそんなことで、そんなことくらいでは、人を嫌いになれないよ。
「不器用な人なんだね」
「すいません……」
それからしばらくの時間が経過した頃---
「君はこの本屋を昔から知っていたの?」
「うん、もう僕の知っている姿形ではないみたいだけど」
「そう。君は非日常を生きている人?」
非日常………なんて言葉、随分と久しぶりに耳にした気がする。
非日常という言葉を最後に聞いたのは、それこそ7年前のお姉さんとの会話以来のことだ。
「僕は非日常とは無縁のただの一般人だよ」
そう、あの病院での約束から、破壊と死滅の力は一度たりとも使ったことはなかった。
「そうなんだね、なら、君はここにあまり長居しない方がいいわ」
「そう、なのか?」
「うん、ここの本屋はちょっと特別だから」
"ここの本屋は特別"という言葉がすんなりと受け入れられた。それはお姉さんを見ていたからだろう。お姉さんはおそらく特別な存在だったに違いない。かつてのあの本屋がどうなってしまったのかはわからないが、わかり得ないが、この場所に建造されている本屋が特別であることは、なんとなくでわかった気がした。
お姉さんがいなくなってしまったのなら、僕がこの本屋に来ることも、もうないのだろう。
そう思いながら、少女に背を向け、本屋を立ち去ろうとした僕の背中に、少女は---
「ねえ、君、本は好き?」
その問いに対して、僕は迷った。
小学生だった頃の自分の本に対する考えが蘇るからだ。
『本はそれの付録。付属。アナタに会うための口実。アナタに会いたいがための嘘。物語風に例えるならばフィクション』
僕にとっての本とはお姉さんに会うための手段にしか過ぎなかったからだ。
そして今もなお、本を鞄に入れているのは、お姉さんに会うための理由を作るためだった。
でも、もう必要のないことだ。
つく必要のない嘘だ。
なら、迷わずにハッキリと言えばいい。
あまり好きではなかったけれど、好きな人のために背伸びをしていたと。
そう言えばいい。
「うん、好きだよ」
理由のない嘘をついた。
僕はつく必要のない嘘を嘘で塗り固めた。
「なら、また来て。私、退屈してたんだ。この本屋でさ」
「わかった、また来るよ」
お姉さんにフラれた僕は乗り換えが早過ぎるだろうか?
いや、これは乗り換えなんかじゃない。ただ、ただただ、この街で友達を作った。それだけのことじゃないか。何も後ろめたいことなんてないじゃないか。
「君、名前は?」
「僕は
「私はルキア・クリスティアーデ。よろしくね」
少女はとても可愛らしく、お姉さんとはまた違った魅力を僕に見せてくれた。
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