本編 7年後の非日常の話

#1

 その日は突然に訪れた。

 唐突に訪れた。



 交通事故に遭ってから、1ヶ月くらい経った頃、僕の身体もすっかりと回復し、完治し、退院日が明日に決まった僕は、この街を離れることも同時に決まっていた。

 どうやら、家族を亡くし、明らかに1人の力では生きられない僕は、ここから遠く離れた彩里いろりという田舎の地に住む、祖父母のところへ預けられる手筈になったいるようだった。

 この街を離れるということは、当然、お姉さんとも………。

「そっか。今日で君とはお別れなんだね」

「僕、寂しいよ……」

「そうね、私も寂しい。じゃあ、いい物をあげる。手を出して?」

「?」

 僕はお姉さんに向けて、手のひらを見せるように差し出した。

 その上に乗せられる七色の御守り??

「これは何?」

「御守りよ。私の手作りなんだけど、どうかな?」

「嬉しいよ! ありがとう!!」

 好きな人から始めてもらったプレゼント。御守りはきっと、この先ずっと大切に、大事にすることだろう。

「喜んでもらえてよかった。うふふ」

 嬉しい。とても嬉しい。

 でも、それ以上に辛く、悲しい。

 もうお姉さんに会えないと思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。

「そんなに悲しまないで」

「ぐすっ、……でも………」

「これが今生の別じゃないのだから、また会えるわよ」

「ホント………?」

「うん、本当よ。プリンセスの物語あるでしょう? あれと同じ。いつか君が大きくなったら、私を迎えに来て? 王子様みたいに」

 お姉さんは今までにないほど可愛らしく、今までの大人だった雰囲気とは全く違った笑顔を見せてくれた。

「うん! 絶対! ぜっっったい! 迎えに来るから!! だから、お姉さんも待っててね! 約束だよ!!!」

「うん! 約束」

 お姉さんと指切りを交わした。

 そして僕は天原まがはらという街を出ていくことになった。

 電車に揺られ、駅のお弁当を食べている時に思ったことだが、僕はお姉さん以外に、この天原という街にそこまでの思い出も、未練もないのだということを。

 それでも涙が流れたのは、きっとどんな思い出よりも、お姉さんとの思い出が僕にとってとても大きいものだったからに他ならなかった。





 それから7年後---

 僕は明日から高校生になる。

「お婆ちゃん、ありがとうね」

「本当に行くのかい? 寂しくなるねぇ」

 お婆ちゃんはとても名残惜しそうにそう言う。

「うん、どうしても天原に帰りたいんだ。あそこは僕の生まれ育った街だから」

「そうだけれど、辛くはないかい? あそこはヨウちゃんの親を亡くしたところでもあるだろうに」

「そうだね、それは辛いけど、でも、それ以上にあそこには行きたい理由があるんだ」

「そうなのかい?」

 すると、僕とお婆ちゃんの会話にお爺ちゃんも混ざってくる。

「婆さんは察しが悪いのお。ヨウちゃんは女のために天原に帰るに決まっとろうが」

 一度もお姉さんのことは話したことがないのに、察しのいいジジイである。口が悪くなってしまった。お爺ちゃんである。

「あら、そうなのかい?」

 お婆ちゃんは年甲斐もなく、まるで女子校生のように可愛らしく反応して見せる。

「そうじゃとも、だから、ヨウちゃんは帰りたいんじゃ。ヨウちゃんがそこまで想う女の子は余程良い女の子なのじゃろうな。はっはっは! なら、待たせとってはいかん! 早よ帰ってモノにしてこんか。もう行け」

 お婆ちゃんとの名残惜しい、湿っぽい雰囲気から一転して、お爺ちゃんに急かされるようにして、7年間お世話になったこの家を出ることになった。

「それじゃあ、いってきます!」

「元気でね。なんかあったら、いつでも帰ってきていいんだからね?」

「達者でやれよ」

「うん! ありがとう!」





 もうすぐお姉さんに会える。

 あともう何時間かの電車旅を我慢すれば、あの木造建築の本屋で店長をしている、綺麗で美人な、お姉さん会える。

 そう思うと足取りは自然と軽く、軽快になった。

『天原ー、天原ー』

 アナウンスが流れると、僕は我先にと言わんばかりに駅へと降り立った。

 7年ぶりの天原の地に立った。

 天原という街---

 都会に扮した都会風の田舎。街はしっかりと街で、高層ビルや高層マンションも多く建設された街。

 しかし、だがしかし、街を少し離れると森や田んぼにも、こんにちはすることができる。

 故に僕はこの街を都会に扮した田舎だと思っている。要するに何でもある街なのかもしれない。

 でも、僕はそんな風景や彩里いろりとの空気の違い、なんぞに触れているほど、触れていられるほど、暇ではない。

 そう、僕の進行方向は既に決められている。特急電車のように、目的地へと向かってまっしぐらである。

 見向きもしないし、寄り道もしない。

 本屋だ。あの本屋に行く。そしてお姉さんを迎えに行くんだ。7年待ってようやく、この日が来た。






 懐かしいあの場所、木造建築の本屋はなかった。

 そこにあるのは同じく木造建築の本屋だった。

「あれ? 道を間違えた? おかしいな」

 僕はおかしなこと言っただろうか?

 そうだな、訂正するとしよう。

 そこにあったのは、かつての木造建築の本屋ではなく、似た雰囲気を醸し出しているだけの、全く別物の本屋だった。

 道を確認しても、辺り周辺を歩き回っても、スマートフォンの地図アプリで検索しても、本屋はここにしかない。というよりも本屋はないことになっている。

「? どういうことだ? 本屋はあるのに本屋は地図アプリに映らないのか? それだけマイナーなお店ってこと?」

 もうわけがわからない。

 色々な思考が頭の中でグルグルと走り抜けていく。それによって頭に熱がこもる。熱を持った電子機器のようであった。誰が僕の名前を逆から呼んだら機械だよ。

「新装開店したってこと? ちょっとリホームしたってこと? 入ってみるか」

 全体的に別物となっていた本屋に恐る恐る入店する。扉を開けると、カランカランと鈴音が鳴る。ここは同じ。

「いらっしゃいませ」

 違う声。

 7年前のお姉さんではない声。

 違う女の声。

 誰だ?

 誰なんだ?

 店の奥から僕の知らない紫の髪の同い年くらいに見えるお姉さんにどことなく似ている顔立ちの、女の子が現れた。

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