第280話 ユノメルとナナシ
ナナシの放った巨大な炎の球によって、海岸線が一瞬にして焦土と化してしまう。もちろん先ほど襲い掛かってきた魔物はもはや影も形も残っていない。
黒く焦げている砂浜にぽつんと立ち尽くしているナナシは、グ~っと背を伸ばすと大きなあくびをした。
「くぁぁぁ……脆い脆い。やはり色付きとはいえ、耐えられんか。」
焼け焦げて煙を上げている地面にナナシがふっと息を吹きかけると、バキバキと地面が凍り付いていく。
「さて、多少力を出してみたが、やつは来るか?」
そう言ってしばらく彼女は砂浜に立ち尽くすが……一向に誰も姿を現さない。それにしびれを切らした彼女はボキボキと指を鳴らし、眉間に一本青筋を浮かべながら森の奥を見つめた。
「まだ足りないと申すのか?ユノメルめ……引きこもっているのなら我が出向いて引きずり出してやる。」
凍った大地を足で砕きながらナナシは森の中に入って行く。それと同時にチラチラと上空から雪が舞い始める。
次第にその雪は激しさを増して、吹雪へと変わっていく。それによってナナシの機嫌がより一層悪くなっていく。
「…………。」
ムスッとした表情で上空を眺めるナナシ。すると何を思ったのか、彼女は空へと向かって手を掲げた。
「目障りだ。晴れろ。」
そして彼女の掲げた手から放たれた一本の光はスッと黒い雲の中へと射し込まれると、次の瞬間死の島の上空にかかっていた黒い雲を一瞬で消し飛ばし、一瞬にして青空へと変えてしまった。
「ふん、これでスッキリだ。」
掲げていた手を下げて、大きなため息を吐くと彼女は周りに視線を向けた。彼女の視線の先には何やら腐食したような跡がある。
「腐食の跡……。」
腐食している箇所は赤く錆びていて、いまだに腐食が続いている。
「とんでもない力を持っていても、自由に扱えなければ宝の持ち腐れだな。」
やれやれとまたため息をこぼして彼女は森の奥へと歩みを進めていく。一見無防備にすたすたと進んでいる彼女。そんな彼女を良いカモだと思ったのか、次々に茂みから魔物が襲い掛かるが、彼女が体の周りに纏わせていた見えない壁に触れると、触れたそばから魔物たちが焼け、炭へと変わっていく。
そして、何事もなかったかのように道を突き進み、目的の場所へと彼女は辿り着いた。
「さすがにこの場所が近くなればただの魔物たちは寄り付いて来んな。」
そう言った彼女の眼前には翡翠色の神秘的な泉が広がっていた。その泉の真ん中にナナシが来るのを待っていた者がいた。それとナナシは目を合わせると、ナナシは笑った。
「久しぶりだな
「何百年という月日を久しぶりの一言で片づけるその大雑把な物言い……依然感じたことのある大きな力の波動を感じ、目を覚ましましたが、やはりあなたでしたか。えっと、最後にあった時は何と名乗っていましたっけ?
「昔名乗っていたななんぞ忘れた。今はこの主の体でナナシと名乗っている。お前もそう呼ぶと言い。」
「ナナシですか。確か以前にも同じような名を名乗っていませんでしたか?」
「案外この名がしっくり来ていてな。昔にも名乗ったやもしれん。」
そんな何気ない会話をしていると、泉の真ん中の小島に寝そべっていたユノメルはナナシに向かって問いかける。
「それで、ここに何の用でいらっしゃったんです?」
「なぁに、お前の隠している。ユピスパークを分けてほしくてな。主の使えている今代の魔王の成長に必要なのだ。」
「なるほど、その体のもとの主は魔王に仕えている従者でしたか。ですが……渡せと言われて簡単に渡せるものではないことは、よくご存じですよね?」
「無論だ。」
「では……。」
ナナシが一つ頷くのを確認すると、ユノメルは神秘的な魔物の姿から人間に近い姿へと姿を変え、水面を滑るようにナナシの方へと近づいていく。
「始めましょうか?」
「うむ、いつでも来い。」
今にも戦いが始まりそうな雰囲気の二人だったが、次の瞬間二人はどっかりと地面に座ると酒盛りを始めたのだ。
「んっ……くはっ、やはり強い。いい刺激……そして酒精の強さだ昔よりも強くなったか?」
「当然です。あなたと違って私はずっとここにいますからね。昔よりも良いものを造れるようになるのは必然。」
二人はあっという間にお互いに注がれた酒を飲み干す。そして少し顔を赤くしながら互いにまた酒を注いだ。
「我とお前が正面から戦えば、世界が滅んでもおかしくはないからな。こうして酒を飲んでぶっ倒れたほうが負けというルールを作ったんだったな。」
「えぇ、まぁあなた以外なら軽くひねって追い返してやるところです。」
「くくく、だが魔王が何代も誕生しているところを見るにお前の休眠を狙われているな?」
「それは仕方のないことですので……休眠期間は気配も感じれなくなりますし。ですがここしばらく休眠はしていませんので、お望みのものは溜まっていますよ。」
「そいつをここに出してくれても良いのだぞ?」
「あなたと私で飲んでしまったらあっという間になくなってしまうでしょう。ですからこちらで我慢してください。」
「まぁ仕方ないか。しかし酒の肴がないのもつまらないものだな。……そうだ、メルお前また恋路で何かあっただろう?それを話せ。」
「ギクッ……な、なんでわかるんですか?」
「これだけ島が腐食した跡がある。お前は気分に応じて力が暴走するからすぐにわかるぞ。さぁ、話せ。」
「はぁ、逃げられそうにはありませんね。」
そしてナナシとユノメルはユノメルの色恋話を肴に酒を飲み進めるのだった。
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