第279話 死の島へ


 ユピスパークがある死の島へと向かう準備を進めること丸三日……最悪の場合をいくつも想定した結果三日も準備に時間を要してしまったが、今回ばかりは本当に命の危険があるからな。準備は念入りにしておいて損はなかった。


 死の島は会場にぽつんと浮かぶ孤島。もちろんそこへと向かう船なんて出ていない。それどころかその付近の海は危険すぎてベテランの漁師ですらも近づけないという。


 さすがに今回自分で船を操縦して向かうのは危険が高すぎるということで、俺はナインに死の島へと空間を繋いでもらうことにした。


「マスター、準備はよろしいですか?」


「ん、バッチリだ。」


「それでは確認させていただきます。撤収の合図はマスターの呼び声とともに……万が一マスターの心拍に異変が起きた場合ナインたちは命令を無視してすぐに駆けつける。これでよろしいですね?」


「あぁ、頼む。」


 今回ばかりは一人で行くのをナインたちには渋られた。彼女たちが言うにはユノメルと会敵してしまった場合の生存確率はほぼ0%らしいのだ。だから着いて行くと言ってきかなかったのだが、彼女たちもユノメルの水銀の攻撃に対処できるわけではないらしく、体を動かしている動力に支障が生じる危険性もあると言っていた。今回危険を冒すのは俺だけでいい。最悪ナインたちに一瞬で回収してもらえば命は繋ぎ止められそうだし、ユノメルはどれだけの数が相手でも関係ない範囲攻撃を仕掛けてくる。ならば多数で挑んでも危険が増えるだけだ。


 そして俺の目の前でナインは空間を切り裂き、目的地である死の島へとつなぐ。


「マスターこの先はもう死の島になります。」


「あぁ、だから着いてこなくていい。一人で行くよ。」


「どうかお気をつけてください。」


「ありがとな。」


 ナインに一言お礼を告げて、彼女が切り裂いた空間に足を踏み入れると、次の瞬間には俺は異様な赤褐色をした海をバックにした砂浜へと降り立っていた。


「うっ……この海は腐ってる?のか?」


 漂ってくるこの嫌な匂いは明らかに腐っているような腐敗臭だった。


 よく目を凝らしてみれば、海面には無数の魚の魔物や凶悪な魔物が白目をむいて浮かんでいる。


「漁師の人達が近づかないわけだ。」


 この海が腐っている原因がユノメルの放つ水銀にあるのであれば、普通の船では近づくことはままならない。それにすでに死んでしまってぷかぷかと浮いているが、あの凶悪な魔物たちも相当強そうだ。何ならダイミョウウオの姿もあるしな。


「ナナシ?」


 そう俺が名を呼ぶと頭の中に声が響いてくる。


『ん?もう着いたのか主。』


「あぁ、着いて早々ヤバそうな雰囲気だよ。見えるかこの海面。」


『見えておる。この色はまぁユノメルの仕業だな。暴発か何かしたのではないか?』


「暴発って、自分の力を自分で制御できないのか?」


『やつはそんなに器用ではない。感情の起伏によって力が暴発することもあれば、まったく力が出せないときもある。』


「なかなかに曲者なんだな。」


『だが、今のこの島から漂う死の香り……数日前にヤツの力が暴発したか、あるいは……。』


 ナナシがそう言っている最中に、俺の気配を感じ取ったのか、砂浜の奥の森林から何匹もの色付きの魔物が姿を現した。どいつもこいつも目が血走っている。


『お?ずいぶん良い歓迎だな。』


「歓迎にはふさわしくはないんじゃないか?」


『くくく、そう言うな主よ。ちょうど体を温めておきたかったのだ。』


 彼女がそう口にすると同時に俺の意識が遠のいていく。


 そして意識を支配したナナシは目を開ける。


「さて、まずはあやつに我が来たことを伝えてやらねばな。」


 くつくつと笑いながらナナシ体をどんどん龍化させていく。


 体を龍化させている今がチャンスと思ったのか、一匹の色付きの魔物が襲い掛かってくるが、それをナナシは手を伸ばして顔面を鷲掴みにした。


「くくく、人が力を解放している時に突っ込んできおって……。主の記憶によれば変身の際には襲い掛からないのが鉄則らしいぞ?」


 そう言ってナナシは魔物からパッと手を離すと、人差し指を魔物へと突き立てて口ずさんだ。


「燃えよ。」


 その言葉と同時にナナシの指先から小さな火の玉が放たれ、それが魔物へと直撃した瞬間……一瞬にして魔物の体が灰塵と化してしまった。


「うむぅ、少し手加減しすぎたか。これではやつには気が付いてもらえんな。何せあやつは鈍感だからな。」


 少し失敗したというような表情を浮かべながらも、ナナシは残っている色付きの魔物へと視線を向けた。


「さて、貴様らごときに力を使うのは少々癪ではあるが……致し方のないことだ。」


ナナシは手を上空へと向かって突き出すとまたしても人差し指をピンと立てた。すると彼女の人差し指に自分の体よりも大きな火の玉が形成されていく。


「さぁ消しとべ屑ども。」


 その火球を放り投げ、魔物たちを一掃した時……死の島の中心で何かがむくりと体を起こしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る